第27話「蒼の碑石」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
その巨大な龍は群青色の体躯をしていた。
目覚めていないながらも、身体のいたるところから禍々しい気が漏れ出ている。
僅かにその体躯が動いているように見えるのは、波の影響だろうか。
背の辺りに一対の翼を持ち、四本の脚にはそれぞれ四本の爪を携えている。
口元にたたえる髭の揺らめきは、それが生きていることを示しているかのようだ。
その圧倒的な存在感に手足の震えが止まらなかった。
「まさか、これが厄災なのか……?」
隣にいるルドラも驚愕し、その存在を凝視していた。
「眠っているはずなのに、重圧が犇々と伝わってくる。蒼の碑石はこいつを封印しておく場所だったということか……」
「つまり、菫の碑石とは役割が異なるわけだ」
封印するだけの場所というわけではないと思うが、それは碑文を解読すればわかることだろう。
「でもよく見たらさ、少し可愛く見えてこない?」
「「それはないな」」
ミナリエとルドラは合わせようとしていないにも関わらず、息ピッタリだった。
それだけエレティナの言葉が衝撃だったとも言える。
ルドラも同意見で良かったとミナリエは心の底から思った。
「えー? それって、二人の目が節穴なだけなんじゃないのー?」
エレティナはまだ認めないつもりらしいが、今回ばかりはエレティナの感性のほうがおかしいと思いたい。
「あれがかつてこの世界を滅ぼしかけたという化物のはずだ。愛玩動物と同じ考え方をするのは間違っている」
ミナリエもルドラに激しく同意するために何度も頷いた。
「そうかなぁ? まあ百歩譲って、妥協してあげてもいいけどさあ……。そんなことより、文字の解読するんでしょ?」
「最初からそのつもりだ」
妥協という言い方も気になりはしつつ、ミナリエはエレティナにそれ以上ツッコむことはせずに、肝心の碑文のほうを探すことにした。
「こっちにあったぞ」
どうやらルドラが先に古代文字の書かれた碑を見つけたらしい。
その碑石の前にエレティナとミナリエも駆けつける。
「ここも菫の碑石と同じ文字のようだな」
「それじゃあ、ちょちょいと解読しちゃってくださいな!」
なぜエレティナはこんなにも元気なのかと疑問に思いながら、ミナリエは古代文字に触れて一文字ずつ解読を始めた。
「厄災、滅す、資格者、数は十、異族なり」
「十の異なる種族……。ということは、つまり大陸中の全種族が集わなければいけないということか」
ミナリエはルドラの言葉に同意するように頷き返した。
「これは、難易度が高くなったな……」
「別にみんなと友達になればいいんじゃないの? 簡単じゃない?」
「簡単に言うな」
ミナリエが言い返すと、エレティナは不満そうに頬を膨らましている。
「蒼海、菫砂、翠杜、琥獣だけならそこまで難しい話ではないと思う。……だが、問題はそれ以外の種族のほうだ」
「でも、残りは6つの種族でしょ。そこで友達になって連れてくるだけだったらそんなに難しい話じゃないって」
そう言えば、エレティナにとって友達を作ることは難しいことではなかったのだ。
ミナリエにはできない自信があるが、エレティナのコミュニケーション能力の高さならできると思えてしまった。
そこで別の可能性に思い至ったらしいルドラが口を開いた。
「もしも、資格者になるための条件が決まっていたらどうするつもりだ?」
「探せばいいだけじゃん?」
あっけらかんとしているエレティナを前にして、ルドラが頭を抱えている。
聞いてしまったことを後悔しているようだ。
「それはさておき、続きを読むぞ……。滅災、鍵、常に、白翼、英雄」
どうやら厄災を滅ぼす鍵となり得るのが、白翼の英雄ということらしい。
「白翼って何……?」
エレティナが疑問を口にしてくれたが、ミナリエもその白翼という者の正体はわからなかった。
「おそらく碧空の民のことだと思う……。だが、彼らは色とりどりの翼を持つ種族ではなかったか? その中から白い翼を持つ者だけを見つけて連れてくることなど、果たして俺たちにできるものなのか……?」
十の種族を集めることに加えて、鍵となるのが白翼を持つ英雄という情報を新たに得たとはいえ、ミナリエたちの意気を消沈させたことに変わりはなかった。
それに資格者を集めた時に何が起こるかもわからないのだから、この情報が希望と思えるのかも判断できなかった。
「非常に難しいだろうな……」
「さっきから難しいしか言ってないよ~。やってみなきゃわかんないでしょ!」
「そもそも、どうやって彼らが住む土地に行くのかという問題のほうが大きいだろうな……」
「だから、行けばいいじゃん!」
エレティナは平然と言ってのけるが、ルドラも負けじと対抗する。
「彼らの住む土地は、上空にあるんだ」
「なんだ! そういうことだったのね! 回りくどい言い方しないで、それを先に言ってよ、もう!」
「お、おう……」
さすがのルドラもエレティナに気後れしている。
慣れているレグニとは違って、性別が違うというのもあるのだろうか。
気づいた時には責任転嫁されているような気分になっていることだろう。
ミナリエはごほんと咳き込んでから、文字の解読に戻った。
「これで最後の行になる。……我、続命、厄災、封ず、作像、続けん」
それを読み上げて、ミナリエは立ち上がった。
「厄災を復活させないために石像を作り続けている者がいる、ということか?」
「それはいつまで作り続けられるんだ? いったいどういう基準で選ばれているというんだ?」
ルドラがエレティナとミナリエの方を見ながら問いかけた。
「厄災を滅ぼすか、厄災が復活するまで、もしくはその者の命が尽きるまで、だろうな……」
「それでは基準は?」
「……わからない」
ミナリエにはそう答えることしかできなかった。
父母が石像として選ばれた理由も、ルドラの父が選ばれた理由も考えが及ばない。
そもそもとして、石像になる者が選ばれていたなんて考えたこともなかった。
「その石像を作っている人って、まだ生きてるの?」
エレティナの問いにミナリエはハッとした。
もしも石像を作っていた人物が死んでいたとしたら、石像がこれ以上増えることはなく、厄災が復活するのを待つだけとなってしまうかもしれない。
「近頃増えた石像があるかどうかだな……」
「少なくとも、ここ半年間は石像が増えたことはなかったと思う」
とミナリエが答えた。
「ていうか、石像作ってる人って誰よ! 隠れてないで出てきなさいよ!」
とエレティナが怒りを露わにしている。
「界蝕者に狙われる可能性がある人物がそう易々と姿を見せるわけにはいかないだろう」
すかさずルドラが訂正した。
確かにルドラの言うとおりだろう。
「そんなこと言っても、好き勝手に石像にされちゃったらさあ、こっちだって心の準備とかあるわけだし! 世界のために石像になれとか言われても困るでしょ?」
エレティナの言うこともわからないではない。
まだその者が生き続けているのかどうか、それも気になるところだ。
「……それもそうだが、まずは碑石に被害を及ぼしかねないこの戦争を止めることを優先したほうが良さそうじゃないか?」
「同意見だ。南都の碑石も気になるとはいえ、戦争が終わってから行くしかないらしい」
ミナリエはルドラの目を見て言った。
「でもさ、ミナ。この戦争を止めることってできるの?」
エレティナが不安そうにミナリエを見やった。
「どうだろうか……。これまで私が戦ってきた小競り合いとは訳が違うと思っている。いつもは隊の頭を倒せば済んでいたが……」
「今回はおそらく五公全員が出撃しているはずだ。それだけヴァリアス軍が本気で怒っているという証拠でもある」
「ってことは、お父さん率いるアクティム軍が苦戦するかもしれないってこと?」
「義父さんなら、私がいない穴を埋める策を考えているとは思うが、それでも容易に戦いを進めているとは言えないだろうな」
それを聞いてエレティナが黙った。
父であるダガン将軍の安否を心配しているのだろう。
そうは言っても、こればかりはかつて百戦錬磨と恐れられたダガンのことを信じるしかあるまい。
「……ううん、お父さんなら大丈夫。あたしには勝てないけど、本当は強いの知ってるから」
「私もそう思う」
父と母をすぐに救い出すことができないとわかってしまったが、それはルドラも同じこと。
いつの日か解放してあげられる時がやって来るかもしれないという希望は見えたような気がした。
その希望は一度胸にしまっておこうと思う。
「今はとにかくこの戦争を止める。その後のことはその時に考えればいい」
「俺たちの手で戦争を止めるんだ。きっとレグニも動いてくれているはずだしな」
「ってか、レグニって誰?」
置いてきぼりになっていたエレティナが一人できょとんとしている。
そう言えば、エレティナにレグニのことを話していなかった。
「レグニはルドラの親友らしい。エレティナみたいに明るいが、抜けているところもあって、意外に面白いやつだ」
「ほぇ~。一人で頑張ってくれてるなら、きっといい人なんだねー!」
「あいつ以上に頼もしいやつを俺は知らない」
ルドラの言葉にミナリエは驚愕した。
「レグニがいないとこでは、ちゃんと褒めるんだな」
「褒めたら調子に乗るからだ」
それはそうだとミナリエも納得する。
とはいえ、たまには褒めてあげてもいいとは思う。
レグニも頑張っているのだから。
すると、ルドラは深呼吸をした後にミナリエを真剣な眼差しで見つめてきた。
突然どうしたというのだろうか。
「?」
「俺はミナなら戦争を止めて、厄災も滅ぼしてくれると信じている」
「急に何を言っているんだ。お前も私と一緒に父親を救い出すのではないのか? 少なくとも、私はそう思っていたのだが……」
「ああ、そうだったな。言い間違ってしまった……」
ルドラはどこか達観しているところがあるからか、たまに何を考えているのかわからない時がある。
今がまさにその時だった。
「ちょっと! 二人の世界を作るのは、あたしが離れてからにしてよね!」
その顔をニヤニヤとさせながらも、エレティナが我先にと碑石の中から出ていく。
「あたしがミナに気を遣う日が来るなんて思わなかったな~」
という声だけが外から聞こえてきて、ミナリエとルドラの顔は赤くなった。
自分たちがそれを望んだわけではなかったのだが。
お互いの顔を見て、二人は苦笑いすることしかできなかった――。
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