第26話「潮騒」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
「エレティナが、どうして、ここに……!」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ! ちょっと待ってて!」
と言ったエレティナが刺客たちの方に向き直ると、斧槍を持つその手に力が込められた。
「ぅぉぉおおらああああ!!」
エレティナはその身体に不釣り合いなほど巨大な斧槍をぶん回した。
それと同時に水術を利用することで急加速した斧槍は、刺客たちを影か本体かを気にすることなく、いとも簡単に吹き飛ばす。
今の状況ではそうするしかなかったとはいえ、エレティナの豪快なやり方にミナリエは驚愕させられた。
「おい、いつの間にこんな戦い方を――」
ミナリエは疑問を口にしようとするが、エレティナがすぐさま振り返って遮った。
「ミナってば、質問ばっかしすぎっ!」
ミナリエは親に怒られてしまった子どものように黙り込んだ。
エレティナはミナリエに続けてルドラを回収すると、刺客たちに追いつかれないように泳ぎ始めた。
「ビビビ! って急に嫌な感じがしてさ、それで様子見に来てみたらその予感が的中してるんだもん! あたしもさすがにびっくりしちゃった……!」
びっくりどころでは済まないと思うが、今のミナリエにツッコむ気力はなかった。
エレティナが駆けつけていなければ、今頃自分の命はなかったのだから、感謝以外の言葉を伝えるのは違う気がしたのだ。
「でも、おかげで九死に一生を得た……。ありがとう」
「どういたしまして! 話したいことは他にもたくさんあるんだけど、それよりもまずはあの人たちをどうにかしないとね!」
振り返れば、また刺客たちが追って来ている。
正直言って、しつこすぎる。
ミナリエかルドラか、もしくは二人の死を確認するまで諦めることはないとでも言われているかのようだ。
ミナリエたちに残された道は刺客たちの命をすべて奪うか、捕らえるかのどちらかだろう。
「今はあたしの邪魔、しないでほしいなぁ~」
少し苛立ち始めている様子のエレティナが水術を使って後方に海流を作り出した。
「っ!? なぜ近づけない!?」
「流れが速すぎるっ!!」
それは刺客たちにとって逆流となり、容易に近づくことができないだろう。
水術の操作だけであれば、ミナリエよりもエレティナのほうが長けている。
ミナリエにとって、ここまで頼もしい味方は他にいなかった。
「同時に別々の水術を使うなら、ちょびっと集中しないとね……」
いつになく真剣な表情になったエレティナがミナリエの腹部に手をかざした。
腹部を中心にしてその温もりが身体中に広がっていく。
「温かい……」
それはエレティナが得意としている対象の治癒力を高めるものだ。
どうやら水術の応用でできるとのことらしいのだが、ミナリエはその理屈を解することができなかった。
エレティナ曰く、人体に対する理解度が高くなければいけないそうだ。
ミナリエも時間をかけて学べばできるようになるのだろうが、当時はそれよりも古代文字の解読のほうが優先度が高かった。
治癒力を高めるその力にミナリエが感動しているうちに、身体の芯から温まっていくのを感じる。
気づくと、少しずつ力が入るようになってきていた。
自身の拳を握ると、力が戻ってきていることを確かに実感できる。
「いける……!」
本当のことを言えば、治癒力が高まったとは言っても完全に体力が回復したわけではないのだが、ミナリエの精神状態はまだ戦えるというところまで持ち直していた。
それだけエレティナの存在自体がミナリエにとって大きなものだったのだ。
ルドラとはまた異なり、他には類を見ないほどの安心感。
それはエレティナでなければならない。
幼少期から共に過ごしてきた彼女だからこそ許せる二人だけの世界だった。
「嘘はつかずに言ってほしいんだけど、あたしとミナの二人であの人たちに勝てると思う?」
「いや……」
と否定してから、ミナリエは改めて考えた。
ルドラと二人で苦戦した相手に対して、エレティナと一緒に勝てるのか。
ミナリエも今は力が湧いているとはいえ、かなり疲労が蓄積している状況だ。
そこで偽るなと言われても、わからないとしか答えようがなかった。
だが、ミナリエは首を横に振ることにした。
「勝てる。エレティナと一緒なら。……違うな。エレティナとじゃなければ、勝てないと思う」
「うんうん、そうだよね~。出会ったばっかの男になんか負けちゃったら、どうしようかと思っちゃった♪ あたしとミナなら何でもできるってこと、あいつらに思い知らせてあげようよ!」
と言いながら、エレティナは水術を止めた。
逆流がなくなったことで、刺客たちがこちらに向かって近づいているのがわかる。
「ミナ! 1分だけ時間ちょうだい!」
「バカ! それは先に言っておけ!」
つい悪態をつきつつも、ミナリエの顔からは自然と笑みがこぼれていた。
エレティナは言うよりも先に身体が動いてしまうことを知っているからこそ、ミナリエも対応することができるのだ。
そもそもとして、エレティナが来るまでどれだけ長い時間戦い続けていたかはわからない。
その時間に比べたら、1分くらい持ちこたえることくらいミナリエにできないわけがない。
ミナリエの四叉槍が刺客の剣を弾く。
そして、流れるように振るわれた四叉槍が刺客の身体を貫いた。
確かな感触がなかったということは、本体には届いていなかったということだろう。
だが、今はそれでも問題はない。
無理に追い打ちをする必要もない。
たったの1分持ちこたえるだけでいい。
ミナリエは必ずやエレティナが最大の機会をくれると信じているのだ。
だから今は、敵の攻撃を防ぐだけで良かった。
むしろ勝負を決めるその時のために、力を温存しておかなければならないだろう。
刺客たちが一斉に襲いかかってきても、ミナリエはそれをすべて捌き切ることができた。
ルドラを守りながら戦っていた時よりも身体が軽く、今なら何でもできそうな気さえしていた。
刺客がどんな攻撃をしてきても、四叉槍で受け止め、受け流し、時に反撃を与えて、すかさず水術で距離を取った。
そろそろエレティナの言った1分になる頃だろうか。
「準備できたよ! 避けて!」
エレティナが何を準備していたのか、ミナリエには予測がついていた。
ミナリエがあえて刺客たちに近づこうとしなかったのは、そのためでもあったのだ。
ルドラの時にはなかった、これまでに築いてきた信頼が為せる戦い方と言えるだろう。
エレティナはミナリエの後ろで水術を練り上げていた。
始めは小さな渦巻だったものを、エレティナが巨大な渦巻に変貌させていたのだ。
そして、エレティナは刺客たちに対してその大渦巻を解き放った。
それは刺客たちだけでなく、少し離れた位置にいた指揮官さえも巻き込んでいく。
ミナリエは全力でその場から退避することに専念した。
若干渦に足を取られそうになったが、蒼海の民だからこそ抜け出すことができる。
しかし、刺客たちはその渦に抗うことができず、一ヶ所に集められていた。
それは指揮官も例外ではない。
エレティナが準備してくれたこの機会を逃すわけにはいかないだろう。
ミナリエは今持てるすべての力を集中させる。
その四叉槍の形状は、弩と言ったほうが近いだろうか。
「『イヴレア流槍術 伍舞 潮騒の真溟弩』」
ミナリエは水術で創り出した弩から、四叉槍という一矢を放った。
四叉槍は周りの水を巻き込みながら、刺客たちの方に向かって一直線に突き進む。
身動きの取れなくなった彼らが避けることはあり得ないだろう。
一矢は渦の中心に接近すると、轟音と共にその衝撃を一帯に拡散した。
ミナリエとエレティナが様子を見に行くと、刺客たちは余すことなく気絶していた。
二人は気絶した彼らの拘束が解けることがないように入念に確かめた後、帝都方面に向かって流れていく海流に乗せることにした。
きっと帝都の治安隊に見つかり、事情聴取をされることになるはずだろう。
そこで不法入国をしていたことが明らかになれば、咎められることになるに違いない。
たとえ入国自体は許可を取っていたとしても、問題を起こしたことに変わりはない。
治安隊に任せたほうが銀影の民に何があったのか、探ることもできるという判断だった。
その後、ミナリエはエレティナにこれまでの事情を包み隠さず、話すことにした。
その話をうんうんと聞きながら、エレティナはルドラに応急処置を施してくれた。
エレティナが言うには、止血薬のおかげか大事に至ってはいないらしい。
それから、ルドラが意識を取り戻すまで小一時間ほど待ち続け、ようやくルドラの目が開いた。
「……ん」
「ルドラっ!」
ミナリエが慌ててルドラに詰め寄る。
「ミナを不安にさせちゃうのはさー、男としてダメなんじゃないのー?」
エレティナの鋭い視線がルドラに突き刺さった。
「面目ない……。全く油断したつもりはなかったのだが……」
と自身の身体を動かせることを確かめていたルドラがその身体を起こす。
「あればかりは相手のほうが上手だったと思うしかない。私がルドラの立場だったとしても、致命傷は避けられなかったはずだ」
「ミナがそう言うなら、そういうことにしておいてあげるけどさー」
ミナリエがルドラを庇うものの、どうやらエレティナにとってはそれすらも不満らしい。
「……それより、早く碑石に向かうべきだろう」
「碑石に行けなかったのは、いつまでもアンタが寝てたからでしょうが!」
「すまない。もちろん、俺が悪いということは理解しているんだが、少しは手加減というものをだな……」
「するわけないでしょ! アンタを治療してあげたのだって、あたしなんだからね!」
「それは助かった……。感謝する」
理不尽に憤慨するエレティナに対して、ルドラは困惑しつつも礼を告げる。
エレティナの理不尽にはルドラも苦笑いするしかない。
その勢いに負けて狼狽するルドラを見るのも、ミナリエにとっては新鮮だった。
二人が他愛のないやり取りをしている少しの間だけだが、レグニがいた時のような賑やかさが戻ったような気もする。
その後、三人はルドラが提案したとおり、蒼の碑石の中に入ることにした。
ミナリエとルドラが手をかざすことで、やはり道が現れたのだ。
そこには地上の碑石よりもさらに広大な空間が広がっていた。
例えるなら一つの街に匹敵するくらいの大きさであり、そんな空間が碑石の中にあることは想像すらしていなかった。
「っ……!」
その空間の奥で静かに佇んでいたそれを見て、ミナリエは思わず息を呑んだ。
隣にいたエレティナとルドラもまた口を開けたまま、停止してしまった。
ここが海の中であることを忘れてしまいそうなほど、それは未知の化物だった。
「大きすぎるでしょ……」
エレティナがぼそりと呟いた。
それがいる方角からは、ドクン、ドクンとまるで心臓の鼓動のような音が聞こえてくる。
しかしそれは、その目を閉じており、起きているようには見えなかった。
まだ眠っているように見えるそれは、途方もなく極大な――龍だった――。
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