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第25話「界蝕者」

本職もあるため、更新遅めです……。

ご了承くださいませ<(_ _)>

 槍を振るいすぎて手が痛いと思うのは、いつ振りだろうか。

 ダガンとの約束でアクティム軍に入ったばかりの頃、早く強くなりたいと一人で特訓し続けた幼き日々以来かもしれない。


 ミナリエは歯を食いしばり、槍を握る手に力を込めた。

 手が痛いというだけの理由で諦めるわけにはいかない。

 それに、ミナリエの背中側ではルドラも剣を振り続けているのだ。


「敵は、無限にいるのか……?」

 ルドラが口を開いた。


「そんなはずはない。きっと何か仕掛けがあると思うのだが……」

 ミナリエは一帯を見渡すが、指揮官らしき人物と刺客たちに囲まれている状況が変わることはなかった。


 何人かは確かに致命傷を与えているはずだ。

 それはルドラも同じだろう。


「この違和感は何なんだ……?」

 ルドラが眉をひそめて、険しい顔をしている。


「違和感?」

 ミナリエも刺客の数がいっこうに減らないのはおかしいとは思いつつも、ルドラの言う違和感が何を示しているのかわからなかった。


「どう説明したらいいのか……。実体がそこにあるはずなのに、幻影と戦っているような気がするんだ」

「それは銀影の民の霊術ということか?」


 ルドラは首を縦に振る。

 しかし、その表情を見る限り自信があるわけではなさそうだ。


「おそらくだが……。ミナリエも攻撃時の()()()注意してほしい」

「わかった」


 と返事をしたミナリエは、最も近くにあった海樹の傍まで泳いでいく。

 ミナリエが動きを見せたことで刺客の一人がついて来ている。

 そして、ミナリエは海樹を強く蹴り上げて、急反転した。


「っ……!」

 予想外の動きをしたことで不意を突けたのか、刺客が驚いている。

 ミナリエはその懐に一気に入り込むと、その身を貫いた。

 確かに貫いたという感触はあったが、それは自身の目が捉えているものと誤差があったのだ。


「……! そういうことか!」

 ミナリエはルドラのもとに戻る。


「ミナ! 何がわかったんだ!?」

「自分の目を信じるな! 本当に敵がいるのはもう少し先! ヤツらはこちらに幻を見せて、本体は攻撃を()けていたんだ!」

 

「幻だと!?」

 ルドラも真実を確かめるべく、目の前の刺客を斬り裂く。

 しかし、一撃目は幻だったらしく、もう一度振り抜いて次は本体を捉えたようだ。


「勝機が見えてきたな」

 ミナリエとルドラはお互いの拳をぶつけ合った。

 目に見えている敵の数はちょうど十人だ。

 二人が仕組みを理解したことで、敵の攻勢は明らかに弱まっていた。


 それからは二人のペースに変わった。

 海の中の戦闘において、ミナリエとルドラが苦戦することはそもそもとしてあり得ない。


 ルドラが網状に砂を放出して刺客を捕縛すれば、すかさずミナリエの四叉槍がとどめを刺す。

 ミナリエが水術によって発生させた水流で敵の動きを混乱させると、近づいて来た敵に対してルドラが剣を突き刺した。


 そうやって徐々に一人、また一人と敵を(ほふ)っていく。

 すると、みるみるうちに刺客の数は減っていった。

 二人が気づいた時には、指揮官らしき人物を守る者はなく、がら空きになっていた。


「今が好機だ!」

 そう判断したルドラがその男に向かって、一直線に突き進む。

 男もこの状況に動揺しているのか、迎え撃つ気配はなかった。

 ミナリエもルドラの背中を押して、この戦いに終止符を打ってほしいと願った。


「いや、何かがおかしい……」

 だが、明らかにこちらが優勢な状況に、ミナリエの脳内でふと疑問が浮かび上がった。

 なぜ指揮官ともあろう人物が武器すら持っていないのか。

 あまりにも大袈裟(おおげさ)に動揺した素振りを見せ、ルドラに対応しようとしないのか。


 ルドラはもう男の目前に迫っていた。

 それにも関わらず、逃げようともしないで、その場に居続けることが不思議で仕方なかった。

 そして、ルドラが剣を振りかぶろうとしたその時、男は突然破顔した。


「なにっ!?」

 ルドラの剣は難なく止められていた。

 男の身体の前にあったのは、二つの剣。

 二人分の力を前にルドラは押し切ることができないでいた。


 さらには、どこかに身を潜めていたのか、新たな刺客たちが続々とその姿を現した。

 それはルドラの背後も例外ではない。


 完全に無防備となっていたルドラの背中側を無数の剣が斬りつけた。

 いち早く気づいたルドラも全力で回避しようとしたが、幾つか()けきれずその身に受けてしまった。


 ルドラの周りに鮮血が漂っている。

 その傷は決して浅くはないだろう。


「ルドラぁっ!!」

 ミナリエは急いでルドラのもとに向かった。


 指揮官が一人だけに見えたのは、罠だったということだ。

 彼の周りにいる刺客たちに向かって、ミナリエは無我夢中で槍を振るった。


「邪魔だぁあああっ‼」

 鬼の形相で取り巻きたちを追い払うと、ルドラにとどめを刺そうとしている刺客の姿が明らかになる。

 ミナリエは一瞬も迷うことなくその刺客を貫くと、ルドラの身体をグイッと引き寄せた。


「『真双怪流(しんそうかいりゅう)』」

 そして、ミナリエは自らの動きと相反する巨大な流れを二つ生み出して、刺客たちに向けて放った。

 刺客たちが水術の流れに翻弄されている間にミナリエは距離を取る。


「おい! 大丈夫なのか!?」

 ミナリエの呼びかけに対して、ルドラの返事はない。

 その身体からは完全に力が抜けており、呼吸はひどく荒れている。

 刺客たちはしつこく迫ってくるが、ミナリエは海流を生み出し続けて牽制(けんせい)し続けた。


 僅かにできる隙を利用して、ミナリエはルドラの外傷を確かめる。

 その背中は深々と斬りつけられており、できるだけ早く止血をしなければマズいだろう。


 かすり傷ならどうとでもなるだろうが、自然と血が止まる頃には死んでいる可能性が高い。

 止血用の塗り薬は常に持ち歩いているものの、敵がそのためにわざわざ時間を与えてくれるはずもなかった。


 今が絶好の機会と捉えた刺客たちが攻め手を緩めるようなことをするはずがない。

 すぐさま刺客たちが迫ってきた。

 新たに現れた刺客は五人だった。


 敵の数がこれ以上増えないことを祈るしかない。

 ミナリエはルドラを守りながら猛攻を防ぐだけで精一杯だった。


「ルドラ、少し我慢してくれ……」

 ミナリエの顔に苦渋の表情が浮かぶ。

 槍を持つ手の感覚はすでになくなっている。

 いつ槍を手放してしまってもおかしくはない。


 意を決したミナリエは、一度ルドラの身体を放すことにした。

 四叉槍を両手で持ち、奥義の構えを取る。


「『イヴレア流槍術 参舞(さんぶ) 威沙那岐(いさなぎ)』!」


 ミナリエは迫りくる刺客たちを一斉に薙ぎ払った。

 さすがに優秀な刺客たちと言っても、ミナリエの槍術を受け流すのは難しかったらしい。

 今回できた隙は大きかった。


 その隙を利用して、ルドラの背中に止血薬を塗布することができたのだ。

 一瞬ルドラの身体がビクンと跳ねたが、意識が戻ったわけではないらしい。

 かなり雑に塗ってしまったことは許してもらうしかない。


 急場を(しの)いだミナリエではあったが、ルドラの意識が戻る気配はなかった。

 いつまでルドラを庇いながら戦えばいいのだろうか。

 二人ですら苦戦していた相手に対して、突破口が見えてこない。


「せめて、あと一人味方がいれば……」

 ミナリエの脳内には肝心な時に限っていないレグニの顔が思い浮かぶのだった。


  *   *   *


 その頃、レグニは戦場となっているアクティムを目指して、ひたすら泳いでいた。

 すると、レグニの視界に戦場から離れようとする海獣の群れが入ってきた。

 群れから少し外れた辺りに、ひと際不自然な暴れ方をしている海獣に目が留まった。


「ん? どうしたんだ?」

 レグニはその海獣に近づくことにした。

 どうやら何か異物を飲み込んでしまったらしい海獣の意志がレグニに伝わってくる。


「お前はどんだけ変なものを飲み込んじまったんだ……」

 レグニはその何かを吐き出させるために、海獣の背部に回り込んで強打することにした。

 それを五回ほど続けると、海獣が何かを吐き出した。


 すると、つっかえていたものが取れてすっきりしたのか、海獣からレグニに感謝の気持ちが伝わってきた。

 その巨体をレグニに擦りつけるようにして、海獣がじゃれついてくれるのは悪い気はしない。


「おい、やめろって。くすぐったいってば」

 海獣の動きが落ち着いてくると、つい先ほど海獣が吐き出したであろうものが視界の端に入り込んできた。


「なんだ、あれ……?」

 それはまるでプルモドゥサ(クラゲみたいな水生生物)のようにふわふわと力なく漂っているだけで――。


  *   *   *


 リーザは決して芳しいとは言えない戦況を苦々しい思いで眺めていた。

 アクティム軍の切り札たる鬼姫がいないことは不幸中の幸いだった。


「北公はまだ現れないようです……」

 リーザに話しかけたのは、ジルランだ。


 戦が始まってすぐ、リーザはジルランを遣わして西公バシムと接触させた。

 底が知れない男ではあったが、意外にも戦乱を止める協力をしてくれるらしい。

 だがしかし、最後の鍵となるべき北公が戦場に現れていなかった。


「そろそろ北都軍が到着してもいい頃合いじゃないのかい?」

 焦りを募らせるリーザがジルランに悪態をついた。

 戦が長引けば、必ずや犠牲は増えることになるだろう。

 それだけは防がなければいけないというのに、状況が好転する気がしなかった。


「北都軍らしき集団はちらほらと見え始めたのですが……」

「なら、北公が現れないのはなぜだと思う?」

「少々遅れているだけなのではないかと……」

 根拠があるわけではないが、ジルランもそう答えるしかなかった。


 リーザもそれはわかっている。

 とはいえ、ジルランの言葉を鵜呑(うの)みにすることはできない。

 なぜかはわからないが、嫌な予感がするのだ。

 根拠があるわけではなかったが、北公に何かあったのではないかと邪推せずにはいられなかった。


 仮に北公がいないとしても、代わりに兵士を指揮する人物さえいれば、北都軍自体は動ける。

 リーザは沸き立つ不安を押し殺し、東都軍の被害を最低限に抑えるためにもジルランを戦場各地に送りながら、自らも奔走するのだった。


  *   *   *


「ハァッ……。ハァッ……」

 苦しい。

 今はもう槍を持つ手の痛みすらわからない。


 どれだけ時間が経ったのか、ルドラはまだ意識を取り戻していなかった。

 中途半端に諦めることはミナリエの心情には反するが、今は強気になることができなかった。

 ここでミナリエの夢は(つい)えてしまうのだろうか……。


「っ……!」

 そしてついに、ミナリエは刺客の剣を防ぐ衝撃に耐え切れず、四叉槍を手放してしまった。

 必死に手を伸ばすミナリエだが、なかなか届かない。

 それは視界が(かす)んできているせいか、距離感もわからない。


 そんな決定的な好機を刺客たちが逃すわけもなかった。

 ミナリエの身体に迫りくる幾つもの刃。

 どうか外れてくれとあり得ない未来を祈りながら、ミナリエは身体を強張(こわば)らせた。


 だが、ミナリエの身体が痛みを感じることはなかった。

 ミナリエの耳に聞こえてきたのは、金属がぶつかり合う音だ。


 目を開けると、それらを止めていたのは巨大な斧槍(ふそう)だった。

 ミナリエはその斧槍の持ち主に覚えがある。


「ミナっ! あたしが助けに来たよ!」

 そこにいたのは、家族同然の幼馴染であるエレティナだった――。

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