第24話「刺客」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
行方不明になっていた父が蒼の碑石にいたことがわかり、ルドラもさぞ安堵したことだろう。
ミナリエにはどれだけの想いをルドラが抱えていたのか、推し量ることはできない。
唯一できることは、彼の決心が固まるのを待つことだけだった。
今も二つの民が戦い続けているだろう帝都の北側とは異なり、帝都のちょうど真南に位置する海樹の森はしんと静まり返っていた。
耳を澄ませば、海獣たちがさらに遠くの海域まで避難するかの相談をしていたり、危機感の薄い小魚たちが暢気に泳いでいたりとさまざまではあったが、普段の海樹の森からはしないはずの緊張感がそこにはあった。
無用な争いに巻き込まれたくないという想いは、人も海の生き物も同じなのだ。
それからしばらくして、ようやくルドラも気が済んだらしく、ミナリエの方に向かって来た。
ルドラが石像となった父親と何を話していたのかは、ミナリエにはわからない。
それでも、ルドラの毅然とした顔つきを見れば、何かしらの覚悟を決めて吹っ切れた様子であることは十分に伝わってきた。
「ずいぶん待たせてしまったようだな」
「いや、そんなことはない。長いこと離れていた父親との再会なのだから、必要な時間だったと私は思う」
ミナリエは首を横に振って、ルドラが父の石像と過ごした時間を肯定した。
両親が石化した同様の境遇を持つミナリエだからこそ、ルドラのことを理解してあげられるのだと思っている。
「そうか、ありがとう」
面と向かって感謝を伝えられると気恥ずかしさが込み上げてくるが、ルドラは真剣な表情のまま続ける。
「……俺は、なんとかして父さんを救い出したいと思っている。だが、それを成し遂げるためには、厄災と呼ばれて昔から恐れられている存在を滅ぼさなければいけないんだよな……」
「ああ、そういうことだ。私たちの目的は同じで、厄災を滅ぼして石化を解くこと……」
ミナリエは一度石像群の方に視線を移した後、再びルドラを見た。
「この蒼の碑石の中にそのヒントが記されていることを祈ろう」
ミナリエの言葉にルドラが頷き、二人は碑石の左右に分かれた。
やはり蒼の碑石にも半球体が存在していた。
二人がそれに手をかざすと、菫の碑石でもそうだったように地鳴りが辺りに響き渡る。
すると、碑石の正面に今まで隠されていた遺跡内部への道が明らかになった。
この中にミナリエが追い続けた答えがあるのかもしれない。
ミナリエが内部に入るために水を蹴ろうとしたその時、後方に悪寒を感じ取り振り返った。
「ルドラ……!」
ミナリエは隣のルドラに小声で伝えた。
「ああ、かなりの数がいるな」
どうやらルドラもその存在に気づいていたらしい。
それは隠すこともせず、剥き出しの敵意だった。
ミナリエとルドラは各々の武器を手に取り、周囲を警戒する。
見えないところに潜んでいる可能性もあるだろう。
碑石の中に入る前に彼らを何とかしなければならなくなってしまった。
むしろ碑石の中に入れるわけにはいかないとでも言うかのようだ。
そのただならぬ異変に対して、ミナリエは即座に四叉槍を解放することにした。
こんなところで油断して、足元をすくわれるわけにはいかない。
向こうも二人が気づいたことを察知したのか、姿を隠すことをやめたらしい。
目視だけでも、十人以上の姿を確認することができた。
それぞれが武器を構えながら、距離を徐々に詰めてくる。
二人は完全に包囲され、逃がさないとでも言われているかのようだ。
海の中でもそれだけの余裕を持っていることが、ミナリエには不思議でしかなかった。
今目の前にいる彼らは、菫砂の民でも蒼海の民でもないのだ。
ましてや翠杜の民でも琥獣の民でもない。
少なくともミナリエが知る種族でないことは間違いなかった。
「ルドラは彼らが何者か、知っているか?」
「俺も見るのは初めてだが、おそらく……。今、僅かに銀色の肌が見えたんだ」
「銀色の肌だと……?」
そのような者たちがいるという話をミナリエは聞いたことがなかった。
ミナリエが他の種族に興味を持たなかっただけなのかもしれないが、世界は広いのだと思い知らされる。
「それは大森林よりも東の地で暮らす皙氷や黎火の特徴とも違う。彼らの特徴である青白い肌と赤黒い肌とは合致しないからだ。……いつだったか、父さんが教えてくれたことのある色とりどりの翼を持つという碧空の民でもない」
「それなら、いったい彼らは……」
現在あげられた種族は七つだ。
世界にそこまで多数の種族があったことすら驚きだというのに……。
「ミナは知らないだろうが、大森林の遥か北の地に住む種族が幾つかあったはずだ。確か……朱雷、金煌、そして銀影の民だったか」
それを聞いたミナリエは、刺客たちの容姿を見つめ直す。
まるで影のような黒服を纏い、時々見えるその肌はヒカリコンブの淡い光を鏡のように反射していた。
「特徴的には、銀影の民ということか?」
「まだ断定はできない……」
ルドラもそう思っているだろうが、いつになく慎重な気がする。
もし仮に銀影の民だったとして、それが遠い地の者たちとはいっても、種族間の争いを助長するようなことになるのは避けたいのだろうか。
「だが、なぜ私たちを襲う必要がある? 彼らの狙いは何なんだ?」
「さすがにそこまではわからない……。碑石の内部に入ろうとする俺たちを狙う理由は、彼らに直接聞くしかないだろう」
その時、刺客の一人がルドラに襲いかかってきた。
ルドラはその剣で巧みにさばいているが、水中の動きに長けている菫砂の民と同じくらい自由に動いているように見えた。
その動きを見ただけでも、刺客として相当な訓練を積んでいる者たちだと理解できた。
さらに厄介なことに、別の刺客がすぐさまルドラの前に現れた。
代わる代わる攻撃を仕掛けることで二人が的を絞ることができないような動きを見せてきたのだ。
そうやってミナリエが刺客たちの動きを観察していると、また他の刺客がミナリエに襲いかかってくる。
「貴様らは何者だ! 何が狙いだ!」
ミナリエは四叉槍で刺客の短剣を受け止めながら問いかけた。
「……」
しかし、返事は返ってこなかった。
ミナリエはただ無言で見つめられるだけ。
そこには憎しみのような強い感情が込められているわけでもなかった。
感情がわからなければ、彼らの狙いを推測することはできない。
とはいえ、ミナリエも簡単に狙いを教えてもらえるとは思っていなかった。
碑石内部への道が開けたこのタイミングでミナリエを狙っているのか、ルドラを狙っているのか、彼らの真の狙いは全くわからなったが、界蝕者たちが絡んでいる可能性が非常に高いということだけはわかった。
何が何でも蒼の碑石の中に行かせるわけにはいかないという強い意志。
彼らにとって都合の悪いものが残されているのかもしれず、むしろ彼らが現れてくれたことで、この先に希望が待ち受けているのではないかと思うことができた。
ミナリエは四叉槍を横に振るい、刺客と距離を取った。
「だが、さすがに数が多すぎる……!」
ミナリエはちょうど敵を一人斬りつけたルドラと合流することにした。
「どうするミナ?」
二人は今も、刺客たちに囲まれたままだった。
自然と背中合わせになりつつ、彼らの動きを見極めようとする。
「まずは一人ずつ無力化していくしか、ないだろうな!」
そう言ったミナリエは、ルドラ目がけて接近してきた刺客を串刺しにした。
「グハッ!」
ミナリエが槍を引き抜くと、赤色が蒼海を汚していく。
決して褒められたものではないだろうが、人を殺すことには慣れている。
ただ、このお気に入りの場所が彼らの血で汚れてしまうのだけは気分が悪かった。
ミナリエの背後では、ルドラも剣で刺客を斬り捨てている。
しかし、敵の全体像がいまだに見えてこないことだけが不可解だった。
取り囲んでいる刺客の数が減ったような感覚がしないのだ。
「まさか、彼らに指揮官がいるとでもいうのか……?」
ミナリエはこの刺客たちを裏から指揮している者がいる可能性に考えが及んだ。
戦略的にミナリエとルドラを狙っている場合、目の前にいる刺客を退けただけでは、この戦いは終わらないかもしれない。
「その可能性が高いだろうな。俺が先陣を切るから、ミナはサポートを頼めるか?」
ルドラは自分が囮になっている間、ミナリエに敵の司令塔を見つけ出せと言いたいのだろう。
「引き受けたと言いたいところだが、その余裕はないらしい……」
だが、こちらに隙は与えないとでも言うように、刺客たちが二人に向かって一斉に襲いかかってくる。
「ぐぅぅぅっ……!」
無数に迫る剣撃をミナリエは四叉槍で受け止め続けた。
水術を利用しつつ、槍術も組み合わせなければ、これだけの数をさばき切るのは困難だ。
何度も金属のぶつかり合う鈍い音が響き、槍を持つミナリエの手には重い衝撃だけがひたすら伝わってきた。
「……しつこいぞっ!」
防戦一方の状態に痺れを切らしたミナリエは四叉槍を薙ぎ払い、刺客たちと再び距離を取った。
しかし、向こうも練度が高く、致命傷になり得る攻撃はすかさず避ける。
「『撥海山』」
ルドラが砂術によって海中に巨山を創り出した。
刺客たちとの間に、水に溶けることのない砂の山が築かれていた。
水を吸うことでより強度を増すという菫砂の民ならではの技があるとルドラが教えてくれたことがあった。
おそらく、その技を披露したのだろう。
しかし、守るだけでは今の状況が変わることはない。
結局はすぐに二人の後方に回り込まれてしまった。
それは僅かな時間稼ぎにしかならなかったのだ。
黒服の刺客たちの俊敏な動きと巧みな連携は二人をかなり追い詰めていた。
数による不利な状況を幾度となく潜り抜けてきたミナリエでさえも、打開する術が見つからなかった。
とはいえ、ミナリエは海中での戦いにおいて負けるつもりは毛頭ない。
たとえ義父のダガンが相手であっても、その自信は揺るがないだろう。
そのために水術を極め、あらゆる槍術を習得したのだ。
おそらく、ルドラもこのまま終わることを考えてはいないだろう。
確実に刺客を一人ずつ減らすことで、必ず一筋の光が見えてくることをミナリエは信じて、その槍を振るい続けるのだった――。
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