第23話「再会」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
帝都の至る所では、アクティム軍が負けるとは思っていないだろうが、その万が一に備えて避難する人々の姿が見受けられた。
歴史上、帝都が攻め込まれたことはないものの、北部の街区に住んでいる人々は気が気でないだろう。
ミナリエとルドラは彼らの移動に紛れながら、第14地区がある南方を目指していた。
同じように南部の街区に向かっていた親子の会話がふと聞こえてくる。
「パパ、帰ってくるよね……」
「うん、大丈夫よ。アクティム軍が負けることはないもの」
「そうだよね! 戦姫のお姉ちゃんもいるの忘れてたぁ!」
その子どもはミナリエが軍を退いたことを知らなかったのだろう。
残念ながら、その期待に応えることはできない。
ミナリエが申し訳なさそうにしていると、母親のほうと目が合ってしまった。
彼女はミナリエが近くいることに気づいていたらしい。
お互いに気まずそうに会釈を交わしてから、距離を取ることにした。
子どもにミナリエが戦争に出ていないことを知らせるわけにはいかない。
「ミナは子どもたちのヒーローだったんだな」
「そんな誇れるようなものじゃない。私は数え切れないほど、ルドラの同胞たちを殺してきたんだ……」
「戦いは命の奪い合いなんだから仕方ないだろ。命を奪われるかもしれないのは、ミナも同じなんだ」
「……ああ」
ルドラはミナリエの行いを肯定してくれているが、自分がしてきたことが正しいと胸を張ることはできない。
少なくとも、父と母は喜んでくれないだろう。
ミナリエがこのように育つとは考えていなかったはずだ。
先の子どものように無邪気な姿しか見せたことがなかったのだから。
ミナリエが父母への想いを馳せているうちに、目的の第14地区の奥地、海樹の森までやって来た。
「ついさっきまで明るい街があったのに、いい場所だな。なんだか心が穏やかになるというか、嫌なことも忘れられそうな感じがする……」
「私の一番好きな場所だ」
「来たばかりのくせに、俺も好きになったよ」
「……」
ミナリエはルドラから視線を外した。
好きという言葉をルドラの口から聞くと、勘違いしてしまいそうになる。
ミナリエが冷静になるためには、目を逸らすしか方法がなかったのだ。
とはいえ、その視線の先に蒼の碑石が見えてきたので、ミナリエはすぐに自分を取り戻すことができた。
碑石の前にある無数の石像は規則正しく並んでいるように見える。
だが、端の方にある幾つかは破損していた。
それはミナリエがアクティムを出る前は壊れていなかったと記憶している。
つまり、石像は時間の経過で壊れる可能性があるということだ。
ミナリエは目的の石像を見つけると、ルドラに示すように指差した。
その男の像はルドラが持っているものと似た腕輪をしている。
「ルドラ、どうだ?」
「ああ……。間違いない、あの頃の父さんのままだ……」
ルドラは父であることを確かめるように腕輪を見て、納得しているようだ。
そして、石像のあちこちを触った後、そっと抱き締めた。
「冷たいんだな……。これで本当に生きているのか」
「それは碑石の記述を信じるしかない」
積もる想いもあるだろうし、ミナリエはルドラを一人にすることにした。
本来なら、お互いの民が戦っている最中にこんなことをしているべきではないのかもしれないが、ミナリエも野暮なことはしたくなかった。
それからミナリエは、父と母の石像を見つめた。
アクティムから帰って来ても、その姿は変わらずそこにあった。
他の石像のようにいつ壊れてしまうのかは全くわからない。
石像から戻すためには、厄災を滅ぼさなければいけないのだが……。
二人の姿を見つめていると、ミナリエはいつもあの日のことを思い出す。
それは父と母が帰って来なかった日の記憶だ。
* * *
「じゃ、ミナ! また明日ね!」
「うん! またね、エレティナ」
それは8歳の誕生日を迎えて少し経った頃だ。
ミナリエはいつものように幼馴染のエレティナの家で遊んでから、自身の家に帰った。
「ただいまー。あれ? お母さん、いない……」
買い物にでも出かけているのだろうと思ったが、ミナリエがしばらく待っても、母どころか父も帰って来なかった。
「なんでお父さんも帰ってこないの? お腹すいたよ、お母さん……」
一人でいることを寂しく思い、我慢できなくなったミナリエはエレティナの家に向かうことにした。
「ミナ? どうしたの?」
「お母さんとお父さん、帰って来ない……」
「お父さん! ミナの分も追加でよろしく!」
エレティナは明るい声で父のダガンに告げる。
ダガンの好意で、ミナリエもご飯を食べさせてもらうことになった。
「ミナちゃん、何があったか教えてくれるかい?」
食事を済ませた後、ダガンがミナリエに問いかけた。
「わかんない。お母さんいないし、お父さんも帰って来ないの……」
「帰って来ない……? いや、まさか石像に……?」
翌日、不審に思ったダガンに連れられて、ミナリエは蒼の碑石を訪れることになった。
「やはり、そうだったか……」
「お母さんとお父さん、ここで何してるの?」
そこには石に変わり果てた父と母の姿があった。
「ミナちゃん、聞いてほしい。これからはエレティナと一緒に暮らさないかい?」
「え、なんでエレティナと? お母さんもお父さんも、ここにいるのに?」
すると、ダガンの巨体がミナリエの小さな身体を包み込んだ。
「おじ、さん……?」
「ミリオとアンナはいつか必ず帰ってくるから。それまで、一緒にいるだけだよ」
「エレティナと遊びすぎても、怒らない?」
「もちろん怒らないさ。だから、飽きるまで一緒に遊んでやってくれ」
「……いいよ。ミナ、おじさんのとこでお母さんたち待つね」
「じゃあ、帰ろう」
ダガンの手がミナリエの前に差し伸べられた。
ミナリエはダガンの大きな手を取って、海樹の森を後にした。
それから、大人への階段を上っていくうちに、石像になってしまった父と母にはもう会えないかもしれない可能性があることを知った。
だからといって、ミナは諦めようとは思わなかった。
古代文字を解読するために何度も何度も蒼の碑石に通い、義父の言うとおり軍に所属するという約束を守り、つらく苦しい戦いの日々を過ごした。
その後も二人は帰らないまま、いつしか自分はこんなにも大きくなってしまった。
でも、もう少しで二人を元に戻す方法がわかるのかもしれない……。
* * *
ルドラは物心ついた頃から、母の顔を知らなかった。
父は東都軍に所属していたが、いざ戦いが始まると、自ら遠征を願い出るほどの勇敢な兵士だ。
東都一の戦士と呼ばれた父がルドラの誇りだった。
父が戦争に出る時は、ルドラは父が行きつけの定食屋をやっているリーザの家にいつも預けられていた。
「父さん、いつ帰って来ると思う……?」
ルドラは近くで退屈そうに足を組んで寝ていたリーザに問いかけた。
「アタイが知るか。アンタみたいなガキの子守りさせられてるだけでもイラつくのに、何回も聞いてくんな!」
「でも、リーザさん何もしてないじゃん。暇してんなら俺に何か教えてよ」
「はあ!? やだ、めんどくさい、寝てろ」
「めんどくさいって何だよ! そうやっていっつもダラダラしてばっかでさ! だから太るんだよ!」
そう言われたリーザはルドラを睨むだけだったが、ふと外が少々賑やかになっていることに気づいたらしく、外の方を指差した。
「ほら、アンタの父親も帰って来たんじゃないか?」
ルドラが耳を澄ませると、兵士たちの野太い声が聞こえてくる。
「え、マジで!?」
ルドラは駆け出した。
そして、東都に戻って来た兵士たちの中から父の姿を探し回った。
いつもなら父が一番目立つところにいるから、ルドラでもすぐに気づく。
だが、今日はいくら探しても父の姿が見当たらなかった。
「父さん……?」
兵士たちの列が途絶えると、ルドラはそこに一人だけ残された。
「なんで父さんは帰って来てないんだよ……」
ルドラは最後列の兵士を追いかけて声をかけた。
「ねえ、父さんはどこ!? 東都一の戦士、シドラヴァは!?」
「あん? シドラさんか? そういえば、見てねえ気がすんな……」
「見てないって、どういうこと?」
「一緒に戦ってたのは覚えてるし、戦死したって報告もなかったんだが、南都に集まった時にはもういなかったんだよ」
信じられなかったルドラは他の兵士にも聞くことにしたが、それ以上の情報を聞き出すことはできなかった。
「どういうことだ……。父さん、どこ行ったんだよ?」
ルドラは自宅に行ってみたが、やはり父がいるわけもなく、そのままリーザの家に帰るしかなかった。
「なんだ? また来たのかい?」
リーザの傍には一人の男がいた。
ジルランという男で、リーザの家に忍び込んだ盗っ人だったが、コテンパンに叩きのめされて、弟子入りすることになったバカだとリーザが言っていた。
ちょうど今はリーザがそのジルランを鍛えているところだった。
「父さん、いなかった……」
「は~ん? ついにあの男も死んじまったわけだ」
「いや、死んだはずないんだよ。戦いが終わるまで生きてたのを見たっていう兵士もいたんだ……。でも、南都では見なかったって……」
「それじゃあ、神隠しにでもあっちまったのかね」
「神隠し?」
「誰が連れ去ったかわからない状況、または本当に原因もわからず行方不明になってしまうことをそういうんですよ」
ジルランがわかりやすく教えてくれた。
「じゃあ、父さんは今どこにいんだよ!」
「それこそ、神のみぞ知るということさ」
「意味わかんねえし!」
ルドラはリーザの家を飛び出した。
本当はリーザが言っていることもわかってはいた。
だが、心がそれを受け入れることができなかった。
唯一の肉親である父親との突然の別れを、そう簡単に受け止めることなどできない。
すべての物事がどうでもいい。
父親が帰って来ない家になんて、もう帰ることもないかもしれない。
リーザに言って、どこか遠くに連れて行ってもらってもいいかもしれない。
「その腕につけてんの、超かっけえじゃん!」
ルドラが半ば自暴自棄になっていた時、後ろから鬱陶しいほど元気な声が聞こえてきた。
そこにいたのは今の自分とは正反対で、活発そうな少年だった。
自分と同い年くらいだろうか。
「……欲しいのか?」
「え? それ、大事なものなんじゃねえの?」
ルドラはその少年を見やった。
無邪気ながらも、どこか真剣な眼差しがルドラを捉えている。
「……大事なものだ。父さんが俺のために作ってくれたものだから……」
「やっぱりな! それなら大切にしなきゃダメじゃんか!」
少年はルドラの両肩を叩いた。
「ああっ!」
「なんだよ、急に大声出すなよ」
「オレ、レグニ! よろしくな」
と言って、レグニは強引にルドラの手を取った。
ルドラに拒否権はなかった。
「俺は、ルドラ、ヴァラーズ……」
ルドラの暗い心は、いつの間にかどこかに行っていた。
レグニと一緒にいる間は、父のことも思い出さないでいられる。
それからというもの、レグニはいつもルドラの隣にいるようになった。
* * *
先に両親との邂逅を済ませたミナリエは、ルドラの気が済むまで立派な海樹の前で待ち続けるのだった。
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