第22話「開戦」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ヴァリアス公国の南都アシャンの軍本部では、各都から動員されたヴァリアス連合軍が出撃の号令を今か今かと待っていた。
東公であるリーザが眺める海は、まるでこれから戦いが起きることを知っているかのように、波を大きくうねらせている。
「やはり、北公は間に合わなかったか……」
リーザは苦虫を嚙み潰したような顔で、東都軍の控え場を見やる。
そこでは自らと共に南都まで進軍してきた兵士たちが、緊張の面持ちで待機していた。
「ですが、すでに央都は過ぎたとの報告が入っています」
リーザの後ろに控えていたジルランが答える。
ジルランの手元ではヴァリアス全土が描かれた地図が広げられており、ちょうど央都と南都の中間辺りに印がつけられていた。
「こればかりは到着を待つしかないだろうね……。だけど、央公はそれを待ってくれるほどの堪え性はないってさ」
ちょうど開戦を伝える角笛の音が聞こえてくる。
それを聞いたリーザたち東都軍は、連合軍の左翼側に陣取った。
本軍を率いているのは、央公その人である。
央公は鷹揚自若を体現したような人物だと記憶しているのだが、ヴァリアス公国内の全軍を招集するほど怒り狂っていると聞いた時は、何かの間違いではないかと驚いた。
突然このような愚行に走る人物には思えず、央公の裏で扇動している者がいる可能性も考えなければいけないだろう。
東都軍は本軍の援護をするために左翼に配置され、同じ左翼には南公シナンの姿もあった。
シナンはアクティムに最も近い都の公王を務めるだけあって、かなり好戦的な性格であり、この戦争を反対するつもりはないとその意思は確認済みである。
南公自身、蒼海の民に対して相当な恨みを持っているらしく、異常すぎる執念ゆえにむしろ自ら戦地に近い公の座を志願したのだとか。
そして反対側の右翼には、西都軍が陣を構えていた。
そこに後から援軍として、北公が駆けつける手はずになっている。
西公バシムはいつか央公の座を狙っているという話があったので、今回の出征をあまりよくは思ってなさそうだが、味方に引き入れるためにはこの布陣は厳しいものがある。
どうにかしてリーザが右翼側に回ることができたらとは思いつつも、戦闘中にそんなことはできるはずがなかった。
「どれだけの偶然が重なれば、この戦を止められるのだろうか……」
「私はどこまでもお供いたします。皆もそのつもりでしょう」
東都軍とジルランはリーザに忠誠を誓ってくれているものの、戦争を止めるための道筋がいまだに見えない。
頼みの綱となるのは北公ではあるが、それ以外にも必要な条件が多すぎるのだ。
ヴァリアス側だけでなく、アクティム側にも戦争を止めたいと思う者がいることを期待するしかないのだろうか。
そんなリーザの心配をよそに、央公は開戦の号令をかける。
その合図を待ち望んでいた連合軍は、咆哮をあげて進撃を開始した。
地上ではたちまち砂塵が舞い上がり、そこら中で巻き起こった砂煙が視界を悪くする。
それはみるみる大きくなっていき、国境代わりとなっていた関所は、生き物のように蠢く砂の波に飲み込まれていくのだった。
* * *
その頃、南都に向かったはずのレグニはまだリーザのもとに辿り着けていなかった。
ルドラの不安は的中し、ビスティアから逃げ回っていたせいで、南都への道を妨害されていたのだ。
今はビスティアがあまり出現することのない海辺でポツンと立っていた。
寂しくなっても、レグニの話し相手になってくれるのはエクーズしかいない。
物思いにふけってさざ波を眺めていたレグニだったが、顔を上げると東の方角で砂煙が上がり始めたところだった。
それはもう戦争が始まってしまったということだろう。
その時、レグニはふとあることに気がついた。
「今さらかもしれないけど、海から向かったほうが早いんじゃね……!?」
冷静になるのが遅すぎた。
だが今は、まだ遅くはないと祈ることしかできない。
レグニはエクーズの背中を優しく撫でながら、話しかけた。
「お前に罪はないのにごめんな……。どうか無事に街まで行ってくれ……!」
エクーズが彷徨っていたら、ビスティアに襲われてしまう可能性もある。
しかし、今はそれ以外に選択肢はなかった。
レグニはエクーズの積み荷を降ろして軽くしてやり、砂漠にエクーズを放った。
エクーズはまるでレグニの無事を願うように嘶いてから、砂地を駆けていく。
「琥獣の民の血が混じっていて、よかったかもな」
レグニはエクーズが見えなくなるまで見送った後、海の中に飛び込んだ。
* * *
一方、アクティム軍が控える海の中では、ヴァリアス軍の進軍を確認したところだった。
幾つもの砂嵐が海にぶつかってもその勢いを殺すことなく、まるで海すらも喰らおうとするかのように突き進んでいく。
砂によって、透き通っていた海に淀みが生まれていく。
それを苦々しく見つめていたアクティム軍は、その中から現れたヴァリアスの兵士たちの姿を見つける。
「ミナリエの情報どおり、やはり攻めてきたか……」
アクティムの将軍ダガンはどうか真実ではないようにと願っていたが、その想いは通じなかったらしい。
ダガンは蒼海の民を憎む菫砂の民の感情が決して小さくないことを知っている。
散々戦争でぶつけ合ってきた妬み、恨み、嫉み。
それが簡単に消えることはない。
だが、アクティム軍としても彼らの暴挙を許すわけにはいかなかった。
「我々の海を穢させるな! 迎え撃てっ!」
ダガンの号令を合図に、アクティム軍の兵士も進軍を開始する。
数はアクティム軍のほうがやや劣っているだろうか。
さすがにこの広大な蒼海中の全軍を徴収することはできなかったのだ。
それでも、海中の戦いに慣れている蒼海の民に対して、ヴァリアス軍のほうが優勢だと言い切ることはできないだろう。
そして、ついに海流と砂流が二つが衝突した。
「蒼海は残らず殺してやる!」
「憎ましい! 菫砂は親の仇なんだ!」
「ヤツらを滅ぼせ!」
「潰してやる!」
「たとえ俺が死んでも!」
「俺たちの苦しみを!」
「消えろ! 目障りだ!」
「すべてを奪い取れ!」
小競り合いの時とは比べ物にはならないほど、それは激しさを増し、蒼海と菫砂の民同士で抑え切れなくなった感情をぶつけ合う。
本当に戦争が始まってしまったのだ。
この後戦いが止まるようなことがあれば、それはおそらく決着がついた時だろう。
その様子を帝都近海から眺める男女の姿があった。
蒼の碑石がある第14地区に向かおうとしていたミナリエとルドラだ。
「全部私のせいだ……」
目の前で起こっている出来事の責任を感じ、ミナリエは自責の念に駆られていた。
自分が皇妃の依頼を受けていなければ。
自分が央都の豪邸に近づいていなければ。
あの時、小包が鳥に変わったことをちゃんと怪しんでいれば……。
少しでも何か自分の行動が変わっていれば、この戦争は起きていなかったのではないだろうか。
「ミナのせいなんかじゃない。どれだけ自分を責めようとも、この戦争が終わることはないぞ」
ルドラは否定してくれるが、納得できるわけがなかった。
自分のせいだと思わずに怒りの矛先をぶつける先がないのだ。
勢いあまって、ミナリエはルドラの胸元に掴みかかった。
「じゃあ、誰が悪いと言うんだ!? 誰のせいで戦争になっている!? そもそも私がヴァリアスに行こうとしなければ、こうはなっていなかったんだぞ!?」
「いや、ミナがヴァリアスに来てなくても、戦争にはなっていた。二つの民はそれだけ鬱憤を溜めていたんだ」
「違う! 私のせいだ!」
「そうじゃない! ヴァリアス軍が動いたのは止められなかった俺のせいでもある。レグニやリーザさんのせいかもしれない。それに、アクティム軍が動いたのは俺たちと全く関係ないと将軍が言っていただろう。あれは俺たち菫砂側の責任だ!」
初めて見るルドラの見幕に、ミナリエもそれ以上は踏み込めなかった。
すると、ルドラの両手がミナリエの手を包み込む。
「な、何を……!」
「ミナは目の前で起きているこの戦争が、明らかに異常なことだと思わないか? お互いの民が同時に攻め込もうとするなんて、そんな偶然があってたまるか!」
ルドラの熱い視線がミナリエに突き刺さった。
なぜだろうか。
ミナリエは自分の手を握られている状況だからか、まるで自分が告白でもされているのではないかという気分になっていた。
ルドラは真剣にミナリエを説得しようとしているだけで、そんなつもりは毛頭ないはずなのに。
こんな状況で自分が恋愛的な思考をしてしまうことも、訳がわからなかった。
「おかしなことが起きる時というのは、必ず界蝕者たちが関わっているのだとリーザさんが教えてくれた。今回も十中八九、ヤツらがコソコソと動き回っているのであって、俺たちはそれに巻き込まれてしまっただけなんだ」
ルドラという男は、ミナリエが欲している言葉をくれる。
自分が間違っていれば、訂正してくれる。
それは義父のダガンに感じる頼もしさとも異なっていて、不思議と安心できる心地よさとそこから生じる好意と言うべきなのかもしれない。
「だからもう、すべてが自分のせいだと思うのはやめるんだ」
気づけば、かなり長いこと手を握られていたような気がする。
ルドラのおかげで、自分を責める気はどこかに消えていた。
正気に戻ったミナリエは慌ててその手を離した。
「もう大丈夫だ。冷静さを欠いていた……」
急に恥ずかしさが込み上げてきた。
海の中だというのに顔が熱くなっているような気がする。
それは戦姫として皆の前で戦う時ですら感じたことのない感情だった。
「いや、いつものミナに戻ったみたいで良かった」
いつもの自分なら、ルドラに対してどういう顔をしていたのだろうか。
あまり気にしたことがなかったため、それすら思い出すことが難しい。
レグニがいた時はこのような心配をすることはなかったというのに……。
ミナリエは今頃になって、レグニも連れてこなかったことを後悔した。
それでも、ミナリエは前を向くことにした。
自分たちにはやらなければいけないことがある。
「行こう、蒼の碑石に……!」
気持を切り換えたミナリエは、ルドラと共に蒼の碑石がある南方に向かうのだった――。
高評価やいいねボタンを押していただけると、作者のモチベーション維持・向上に繋がります! 泣いて喜びます! よろしくお願いいたします!