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第20話「戦の香り」

本職もあるため、更新遅めです……。

ご了承くださいませ<(_ _)>

「すみません、これは何の騒ぎなんでしょうか?」

 ミナリエは人だかりの後方にいる中年の男に話しかけた。

 男は振り返ると、暢気(のんき)に教えてくれる。


「あの商人が言うには、昨日、央都で爆発があったんだとさ。しかも、それが蒼海(そうかい)の民の仕業らしいってんだよ、都会は怖いねえ……」

 それを聞いて、ミナリエは思わず目を見開いた。


「こりゃあ、戦争になっちまうだろうなあ」

 すると、別の真面目そうな男がミナリエに向かって言った。


「……蒼海の民がやったという証拠は何かあるんですか? 彼らが央都に潜入したということですか?」

「ああん? 証拠なんてもんはあってもなくても関係ないだろ? 菫砂の民(俺たち)の命を狙うようなことすんのは、蒼海の民(あいつら)くらいしかいないんだからさ」


 男はそれが当たり前のことだと言わんばかりに平然としている。

 ミナリエはそれが信じられなかった。


「ミナ、ここから離れるぞ」

 少し慌てた様子で、ルドラがミナリエの手を取って駆けだした。

 ここに長居するのはマズいと判断したのだろう。

 レグニが人気の少ない浜辺を探し出し、三人はそこで静かに話し始めた。


「まさかとは思うが、()()()が爆発したってことじゃないか?」

「いや、そんなこと、あるわけが……」

 ない――とミナリエは言い切ることができなかった。


 小包が鳥の姿になったことすら現実的ではない以上、その鳥が爆発することがあってもおかしくはないだろう。

 だが、本当にあの鳥が爆発したと考えると、ミナリエは小包を預けた皇妃のことを疑わなければいけなくなってしまう。


 実は央都を出てすぐに捕らえた不審者たちに仲間がいて、彼らが何かをしたという可能性も考えられなくはないが、そんなことを言ってしまえば、きりがない。

 すでに事件は起きてしまったわけで、央都にいない以上、何が原因かを探ろうとするには無理があるだろう。


「それはついて行ったルドラが悪いってことで済む話なんすけど、姉さんの正体がバレてなかったのは、不幸中の幸いっすね」

「どちらにせよ確証はないからな。犯人がわからない以上は、とりあえず蒼海の民に罪を着せておこうということか……」


 ルドラの言うとおりだとすると、蒼海の民への不満がかなり高まっているに違いない。

 央都の民衆が蒼海の民を許すなと抗議している姿が容易に想像できてしまう。


「それだけの理由で、戦争なんて……」

「オレだって、やるせないっすよ……」


 レグニの言葉にルドラも同感らしく、無言で(うつむ)いている。

 ミナリエは戦姫として散々菫砂の民と戦ってきたわけだが、戦場となる海を汚してしまう戦争などこりごりだった。


「なんで大人たちは、いつもそうなんだよ! 過去の恨みばっか気にして、全っ然、今を見ないでさ。誰かと争うことしか考えてない……。オレたちみたいにはなれないってのかよ……」

「レグニ……」


 レグニの気持ちはミナリエにも痛いほどわかる。

 とはいえ、大人たちが抱える感情もわかってしまう。

 恨みは巡り巡っていつまでも残り続け、それはどちらかが向き合おうとしない限り、消えることはないのだ。


「今はまだ、お互いの距離が遠すぎるんだ……」

 顔を上げたルドラがレグニの肩に手を置いて、語りかける。


「いつかはミナと俺たちみたいに、距離を縮めて近づくこともできると思ってる。今はまだ遠くてもさ、俺たちがその一番槍になればいいんじゃないか?」

 そう言ったルドラは、ミナリエの方を見やり、穏やかに微笑(ほほえ)みかけてきた。


「私も、その未来を望んでいる」

 ミナリエ自身、この二人と仲良くなることができたのだから、他の民たちとも同じようにできるのではないかと思っていた。

 突然の別れになってしまったが、翠杜の民のポポルとだって仲良くなれたのだ。

 始めはすべての菫砂の民を警戒していた頃が懐かしいとさえ思える。


「あ、オレ、わかったっす」

「ん?」

 ルドラとミナリエの二人がレグニの方を見て首を(かし)げた。


「どうせルドラは、姉さんとアクティムに行くつもりなんだろ? それならオレは、バババッとリーザさんのとこ戻ってさ、戦争になんないようになんとか掛け合ってみるわ」


 普段のお調子者のような雰囲気は、今のレグニからは感じられなかった。

 正直なことを言ってしまえば、東公という身分でそれができるのかはわからないが、レグニの意志を信じることしかできない。


「……いいのか?」

「ったり前だ! 戦争になってムダな血が流れちまったら、それこそ民同士の和解は遠ざかっちまうだろ。それはオレたちの本望じゃないからな!」

 レグニがキッとルドラを見やった。


「これからヴァリアス軍の招集が始まったら、リーザさんもきっと南都に来ることになるから、チャンスがあるとしたら、そこしかないだろ?」

 最も怒りを覚えているのは、央公と央都の民衆たちだ。

 彼らをどう説得するつもりなのかはわからないが、それができるとすれば東公であるリーザだと思っているのだろう。


 ヴァリアスで起きたことは、義父であるダガン将軍にも伝えておいたほうがいい。

 もしかすると、双方の掛け合いで戦争を事前に止めることができるかもしれないのだから。


「レグニがまともなことを言ったことに俺は驚きが隠せない……」

「オレがまともで悪いかよ!」

「悪くない。嬉しいんだ、頼りないと思ってた弟が急に大人になったみたいでさ……」

 ルドラは目を細めて、どこか遠くをしみじみと眺めている。


「オレはお前の弟じゃねえし! 勝手に兄貴面すんじゃねえし! とっくにオレはお前より先に大人になってたから! だからまあ、姉さんのことはルドラに頼んだかんな……!」

「ミナは俺が守らなければいけないほど弱くはないが。……ありがとう、レグニ」


「ルドラが素直に礼を言うのは、なんか気持ち悪いぞ」

 しかしその時、レグニの頭がポカっと叩かれた。


「何すんだよ! 痛いだろ!」

 レグニはルドラに反論しているが、ミナリエですら今のはさすがにレグニのほうが悪いと思うのだった。


 そう言えば、南都にも碑石があるかもしれないという話もあったが、ヴァリアス軍が南都に集まる可能性を考えれば、それは事が落ち着いてから忍び込んだほうがいいだろう。


 それよりも今はお互いにすべきことがある。

 また必ず再会することを誓ってお互いに握手を交わした三人は、二手に分かれて西都を後にすることにした。


  *  *  *


 同じ頃、央都クシオンでは央公ファハドが軍を招集していたところだった。

 緊急事態に限り、央公の単独権限によって、ヴァリアス軍の指揮を執ることができる。

 本来は五公の承認が必要な段取りを央公だけは省くことが可能なのだ。


「我が娘の命を狙った蒼海の愚民どもを、許しておくわけにはいかぬ……! 今こそ、我らの募りし怒りを思い知らせるべきだ! 逆鱗(げきりん)に触れてしまったこと、後悔させてやろうではないか!」

「「はっ!!!!」」


 央公の指示を受けて、ヴァリアス軍が行軍を開始した。

 央都の街中には鎧の(きし)む音が響き渡る。


 民衆たちに見送られながら、彼らは南都に向かう地下道を降りていった。

 それはいったい誰の思惑なのか、ヴァリアスとアクティムの二国間での戦争の香りはますます強くなっていく。


  *   *   *


 その頃、東都を発つ複数の影があった。

 それはジルランの知らせを受け取ったリーザだ。

 彼らは今、砂漠専用のエクーズを走らせて、南都を目指していた。


「央公ならその権限を行使して、アクティムに宣戦布告しちまうじゃないか! なんでもっと早く報告しないんだい!」

「申し訳ございません! これでも全力で東都に駆けつけたのですが……」

「言い訳したって未来は変わらないんだよ! とはいっても、こればっかりはアタイの判断ミスでもあるからね……。この国はいったい、何を目指してんだい……」


「他の公王たちは協力してくれるでしょうか……?」

「さすがにこの緊急事態じゃあ、北公イドゥリスが到着するのは遅くなるだろうね。西公バシム、南公シナンがこっち側じゃなかった時は……」

 マズい状況になる、という言葉を飲み込んでリーザは鞭を打った。


 とにかく、央都から発つであろう軍団よりも早く南都に着かなければいけない。

 ヴァリアス軍を止めなければ、全面戦争に発展してしまう可能性すらあるのだ。


  *   *   *


 レグニは一人、エクーズを駆って南都に向かっていた。

 砂漠の道は、ビスティアの危険もあるのだが、そんな悠長なことは言ってられない。

 たとえビスティアに出会おうとも、レグニは両刃剣を振るって退けることを選んだ。


 危険度の高いビスティアと遭遇することがないようにと必死に祈りながら、レグニは不安を押し殺して道なき道を突き進んでいく。


「カッコつけて、オレ一人になるんじゃなかったーーー!」

 レグニの悲痛な叫びは誰に聞かれることもなく、砂風に()き消されてしまうのだった――。


 その一方で、アクティムを目指すミナリエとラドレの二人は西の海に飛び込んだところだった。

 アクティム近海よりも水の色が濃い気がする。

 そのせいで遠くまで見通すのが難しい。


「ルドラ、大丈夫か?」

 ミナリエは心配そうにルドラを見やった。


「ああ、問題ない」

 ルドラも菫砂の民である以上、蒼海の民と同様に海中での呼吸も可能である。

 初めて海に入るという話を聞いて少し不安だったが、大丈夫だったようだ。


「……こんなに静かな世界だったんだな」

「静か? ルドラには海の音が聞こえないんだな」

「海の音だと?」


「私たちには数多の音が聞こえている。魚たちの会話、海獣の雄叫び、いろいろな生命(いのち)の声が。海流のうねりだって、音楽を奏でているようじゃないか?」

「……俺には、聞こえない」


「そうか……。それじゃあ、こっちだ」

「ミナ? そっちは南じゃな――」

 ミナリエはルドラの指摘を無視してその手を取ると、西に向かって泳ぐことにした。


 しばらくすると、ミナリエが連れていった先には南の海へと向かうための海流が見えてきた。

「この海流に乗れば、アクティムまですぐに着くことができる」

「確かに音が聞こえる……。これがミナには聞こえていたんだな……」


 ルドラが静かにこちらを見ている。

 二人になったからか、不意に見つめられると急に恥ずかしくなる。


「さあ、急ごう。蒼の碑石を目指して」

 ミナリエは羞恥心を誤魔化すべく、視線を海流の方に戻した。

 そして、二人は海流に飛び込んだ。


 海流が背中を押してくれるので、ここからは楽に進めるだろう。

 海流に乗って速度を上げた二人は、アクティムの帝都に向かってひたすら海中を突き進んでいく。


  *   *   *


 アクティムの帝都の軍本部では、将軍ダガンが招集した兵士たちの前で暗い顔をしていた。

「昨夜、菫砂の民の尖兵が帝都に侵入していたことが発覚した……。ヤツらはこの国を内部から壊そうと企んでいたのだ」

 兵士たちも湧き上がる怒りを抑えながら、静かに聞いている。


「我々も、まさかこのような愚行を犯すとは思いもしていなかったが、先に手を出したのはヤツらだ。こちらが不可侵を貫いて大人しくしていたと思えば、帝都を諦めてはいなかったらしい……」


「我らの覚悟はできています!」

「戦いましょう!」

「今こそ、菫砂の者たちに現実を知らしめるべきです!」

 我慢できなくなった兵士たちが次々と声を上げていく。


 だが、バッとダガンが右手を上げると、兵士たちはいっせいに静かになった。

「出兵は明日! アクティム軍は戦争の準備を整え、ヤツらに絶望の二文字を与えてやろう!」

「ぉぉおおおおお!!」


 士気を高めて解散していく兵士たちを遠くから眺める姿があった。

 そこは一般人では決して立ち入ることのできない皇帝にまつわる者たちの領域だ。

 彼らだけが住まうことの許される天上の世界。


「ようやく始まるのですね……。ヴァリアスとの戦争が……」

 その麗しい女性は透き通るような白い歯を(のぞ)かせながら、皇宮の中にゆっくりと戻っていくのだった――。

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