第2話「皇妃」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ミナリエは従者に案内されながら、皇妃の部屋へと向かっていた。
「皇妃さまの呼び出し……。いったい、どのような要件だろうか……」
考え込むミナリエの目の前で、小魚たちがのんきに泳いでいる。
大きな魚に狙われることのない皇宮の内部は、小魚たちにとって安全地帯だ。
彼らの群れを微笑ましく眺めながら、ミナリエは長き回廊を進んだ。
頭の中では、なぜ皇妃が自分を呼んだのか、という疑問だけでいっぱいだった。
すれ違う兵士や侍女たちが頭を下げると、ミナリエも軽く頭を下げて応じていく。
「保証人になってくれたのは助かったが……」
皇妃が何か企んでいるような気がしてならない。
パトラ・オール・アクトルージュ皇妃――パトラ皇妃は、まるで女狐のような人物であり、ミナリエが戦姫だからという理由だけで保証人になるような方ではなかったと記憶している。
いったいどのような無茶ぶりをされることになるのか、ミナリエが頭を抱えて悩んでいるうちに、皇妃の待つ後宮に到着してしまった。
入り口では、色とりどりの珊瑚が出迎えてくれている。
個人的にはもう少し地味なほうが好みではあるが、皇妃が鮮やかな色合いの装飾を好むのだろう。
これだけを見れば、かわいらしい皇妃なのだろうが、警戒しておくに越したことはない。
一度深呼吸をして気持ちを整理した後、足を踏み入れることにした。
「……失礼いたします。ご機嫌麗しゅう、パトラ皇后陛下」
「ミナさま、堅苦しい挨拶はいりませんから、早くお入りください」
ちょいちょいと笑顔で手招きしている皇妃を見て、ミナリエは苦笑いしながらその前に進み出た。
まるでこっそりと友達を呼んだことをバレるわけにはいかないとでも言うように、彼女が急かしてくる。
「早くそちらにお座りになって!」
「はい……。何か重要な案件がおありということでしょうか?」
皇妃に促されて、ミナリエは渋々向かい側の椅子に腰を下ろすことにした。
「ごほん! その前に一つ聞かせてください。マティカヤに行くというのは、嘘ですよね?」
「え……?」
一瞬ミナリエの頭は真っ白になってしまったが、急いで訂正しようと口を開く。
「いえ、断じて嘘というわけでは――」
「言葉遊びはやめましょう。マティカヤに行くのが目的なのではなく、その先にある真の目的のためにマティカヤへ行くつもりなのでしょう?」
しかし、ミナリエが訂正する前に遮られてしまい、皇妃が自信満々に見つめてくる。
捕らえた獲物を逃がすまいという鋭い目つきだった。
「……そう、です」
渋々ミナリエは認めることにした。
まだ向かう場所がバレたわけではないのだから。
「やっぱり! 目的地はヴァリアスですか?」
ミナリエの目が見開く。
図星を突かれてしまい、言葉が出てこなかった。
「それはよかったです! わざわざ東方のシャンに行くために大森林を経由する必要はありませんから、それくらいしか思いつかなったんですよ。さらに北方へ向かおうとするなら、西海を経由したらいいわけですしね」
ミナリエは黙り込むことしかできない。
だが、否定をしないということは肯定と捉えられてしまっても仕方がなかった。
「二人の想いが通じたわけですから、単刀直入に言いますね……! ミナさまには、ヴァリアスへの潜入をお願いしようと思っていたんです」
「……は?」
想定外の言葉すぎて、ミナリエの思考は止まってしまった。
一方の皇妃は、終始変わらず笑顔のままである。
菫砂の民が暮らすヴァリアス公国は、蒼海の民が暮らす深海に侵攻してくる唯一の国。
その菫砂の民はというと、かつて地上に出て行った蒼海の民の末裔と言われている。
だからこそ、彼らも海中で生活することが可能らしい。
そもそも陸上に進出しておいて、戻って来ようと考えるのはどうかと思うが。
ゲオルキア大陸においては、自然の獣が突然変異し、人々に危害を加えるようになったビスティアという化物が現れることが常識となっている。
しかし、この深海はその例外であり、ビスティアが存在することはない。
その理由はよくわかっていないが、大気か海のどちらかが関係していると言われている。
そこで安息の地を求めて、菫砂の民が侵攻してくるのだと子どもの頃から教えられる。
皇妃はミナリエに対して、その敵国に潜入して来いと言っているのだ。
元々ヴァリアスに行くつもりではあるため、皇妃の狙い次第なのかもしれない。
「……潜入することは私も望むところなのですが、その……。私はいったい、何をすればいいのでしょうか?」
「そうでした、気になりますよね。まずミナさまに白羽の矢が立ったのは、その実力を見込んでのことでもあります。とは言っても、あなたにお願いしたいのはお届け物なんですけど……」
「届け物、ですか……?」
わざわざ皇妃が、誰に何を届けてほしいと言うのだろうか。
「ええ、そうです! 実はヴァリアスにわたくしの友人が住んでいるのですが、どうにかして贈り物をしたくてもあちらはやはり敵国でしょう? それならと秘密裏に届けてくれる方がいないか、探していたところなのです!」
「はあ……」
「それにですね! 女性は化粧によって化けると言いますし、変装もしやすいので! こっそり忍び込んでもらうのに、あなた以外の適任者はいないと思いませんか?」
「……」
確かに皇妃の言うとおり、女性が変装すれば別人になり代わることも容易であり、たとえ危険な目に晒されたとしても、戦姫と呼ばれるほどに実力を認められたミナリエならなんとかできるという判断なのだろう。
「無言ということは、引き受けてくださるということですね!」
と皇妃は勢いよくミナリエの手を取った。
「あ、ですが、菫砂の五公にはご注意くださいまし」
「菫砂の五公……」
菫砂の五公というのは、ヴァリアス公国を分割で統治している五人の支配者たちのことだ。
彼らの過半数の同意が得られることで、公国全体の動きが決まると言われる。
「東西南部、そして中央、それぞれの都を統治する五公たちを警戒するに越したことはありません。誰かに見つかってしまえば、それをきっかけにして戦争に発展してしまう可能性もあります」
「それだけは避けろと……」
「あくまで可能性の話ですが、世界に混沌をもたらそうとする者たちが紛れているのではないかと考えています……。とにかく、あなたの正体がバレず、大きな問題さえ起こさないでいただければ、ヴァリアスでの行動はすべてミナ様にお任せしますね♪」
世界に混沌をもたらそうとする者たち――通称”界蝕者”。
彼らは一般の民に紛れ込み、時には国の中枢にまで入り込んでしまう。
そして、人類に苦難を与えるべく暗躍する者たちのことである。
その姿を捕らえるのは非常に困難で、たとえその正体を見破ったとしても、拘束しようと動き出したときには音もなく消え去っているのだ。
ミナリエにとっては、皇妃の満面の笑みが不気味でしかなかった。
裏で何を考えているのか本当にわかりにくいが、自分が信頼されているからこそ、すべてを任せてくれているのだと思うしかないだろう。
「御意。謹んでお受けいたします」
「あ、ちゃんと役目を果たしていただければ、色恋の一つや二つ、乙女ならあるでしょうし、私は気にしませんよ!」
「いえ、そのような過ちは起こさないかと思います……」
皇妃が何を言っているのか理解できなかった。
なぜか今日一番ご機嫌な様子の皇妃は、冷徹な戦姫に恋愛話を期待しているのだろうが、それには応えられないだろう。
恋愛にうつつを抜かすために、敵国に向かうわけではないのだ。
ミナリエにはやるべきことがある。
アクティムに祠があるように、ヴァリアスのどこかに必ず祠があるはずだ。
そこに刻まれた古代文字を解読することで、石化の真実を明かすこと。
その使命を忘れるわけにはいかない。
ミナリエなら碑石の調査をしながら、皇妃に頼まれた届け物をすることもできるだろう。
ついにそのチャンスが来たという胸の高鳴りを抑え込み、ミナリエは皇宮を後にすることにした。
ミナリエが第9地区にある自宅に帰ろうとしていると、南通りの商店街の辺りで見慣れた後ろ姿を発見した。
「エレティナ。買い物の途中か?」
幼い頃から一緒の幼馴染であるエレティナだ。
訳があって、彼女とは同じ家で暮らしている。
「あ、ミナ! ううん、買い物はもう終わってて、ぼちぼち帰るとこだったの!」
エレティナがミナリエの方を振り返って快活に言う。
「それなら寄り道などせずに、一緒に帰るか」
「うん!」
とエレティナはそのままミナリエの腕に抱き着いてくる。
二人は彼女たちが暮らす家に帰るべく、鯆タクシーを呼ぶのだった――。
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