第17話「菫の碑石」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
三人はレグニが予約を済ませてくれていた宿に一泊して、疲れを取ることにした。
昼間とはかなり気温差を感じる涼しげな気候に困惑しつつも、ミナリエは一人部屋で静かな夜を過ごした。
とはいえ、隣の部屋からこちらを監視するような気配をずっと感じていたため、不用心な行動をするわけにもいかなかったわけだが。
そして、翌日。
少しだけ眠たそうにしている二人と合流し、央都の南西にある旧市街にやって来た。
ここにレグニが場所を突き止めてくれた碑石があるという。
「あまり眠れなかったのか?」
「レグニのいびきがうるさくてな」
「オレのせいにすんじゃねえ! 元はと言えば、ルドラのせいだかんな!」
「お前も同意しただろ」
「オレは心配だっただけだ! ルドラと違って疑ってるわけじゃねえし!」
「はあ……」
疑っているという言葉はつまり、ミナリエのことを監視していたと言っているのと同じなのだが、レグには気づいていないようだ。
実害があったわけではないので、二人の喧嘩にミナリエは無関係である。
旧市街を歩いていると、今もここに住んでいるらしい人々の姿がちらほらと見受けられる。
中心街は移ってしまったが、かつては旧市街が中心地だった時代もあるそうだ。
確かにアクティムでも、蒼の碑石があった場所は都市区画から完全に独立していた。
そこに人々が住んでいたこともあるのだろうが、街が増設されたり、皇宮を中心とした街づくりがおこなわれた結果として、今の形になっているのだと教えられた。
「なんだかドキドキするっすね」
碑石とは直接の関係もないのに、レグニは無性にそわそわしている。
「なんでお前が緊張する必要がある?」
「別にいいだろ! オレが緊張したら悪いのかよ!」
「目立つから、騒ぐのはやめてくれ」
「あ、すんません……」
呆れた様子でミナリエが注意すると、レグニは急に大人しくなる。
叱られてしょんぼりしているのを見ると、こちらも怒ったつもりではなかったので、なんだか申し訳なさを感じる。
そうこうしているうちに、レグニはいつもの元気を取り戻していて、三人は碑石の前に到着していた。
央都の碑石は高々と聳え立っており、上部には幾何学的な紋様が刻まれている。
蒼の碑石とは似ても似つかなかった。
レグニが台座部分に刻まれている古代文字を覗き込む。
「何書いてあんのか、さっぱりわかんないっすね」
「当たり前だろ。お前に理解されるような文字を作るほど、ご先祖さまだってバカじゃない」
「そんなこと言って、ルドラもわかんないくせしてさあ! 偉そうにすんな!」
「ああ、もはや暗号にしか見えない。そもそも、読ませる気があるのかすら疑わしいな」
ルドラでもお手上げらしい。
ミナリエがコツさえ教えれば、ルドラなら読めそうな気もするが。
「吹きさらしだからかもしれないが、少し文字が読み取りにくい。時間がかかるかもしれない」
「俺たちのことは気にしなくていい」
「問題ないっす!」
「そう言ってもらえると、助かる」
とミナリエが古代文字を指でなぞりながら、解き明かすことに集中し始める。
「碑石の、中、仔細、残す」
ミナリエが読み上げると、レグニとルドラが「お!」と反応を示した。
「蒼、菫、その手を、かざせ。さすれば、扉、開かれん」
「手をかざせ?」
「どういうことっすかね?」
何かに手をかざすということなのだろうが、それが何かわからない。
三人は目ぼしいものがないか、台座の付近を探すことにした。
「まさか、これのことっすか?」
レグニが台座の左右にある半球体を指し示した。
「これしか、なさそうだな……」
レグニとミナリエが二人で手をかざしてみるが、何も起きない。
「代われ」
とルドラがレグニに代わって手をかざすと、ゴゴゴゴと地響きが鳴り響いた。
「なんでオレじゃダメなんだよ!」
「お前、琥獣の民との混合人種だろ……」
「ああ! そういえばそうだった!」
レグニはポンッと手を叩いて納得している。
琥獣の民の血が混ざっていたことで反応しなかったということだろう。
思い返してみれば、レグニが軽々と両刃剣を振るうことができるのも、琥獣の民の血が入っていると考えれば合点がいく。
古代文字が刻まれた台座の後方に回ると、そこには先ほどまでなかったはずの扉が出現していた。
「マジでここに、入るんすか?」
「怖いなら、ついて来なくてもいいぞ」
「いや、オレも行くって!」
三人は恐る恐る、碑石の内部へと続いている階段を下っていく。
灯りはなかったが、ルドラが光砂を用意してくれていたため、足元を照らしながら歩くことができた。
そこは旧市街の地下空間というべきか、碑石の下にあるとは思えないほどの広い場所だった。
遥か昔の英雄たちと思われるような石像が並び立ち、突然周りに砂が見えなくなったせいか、ヴァリアスにいるとは思えない不思議な気持ちになる。
何の絵かはわからないほど崩れてしまっているが、側壁には何かの絵が描かれていたらしい。
奥に進むと、二つの石像が守るように長方形の碑石が祀られていた。
「これみたいっすね」
「読み上げるぞ」
「心の準備はできてるっす! オレは何言われても驚かないっすよ!」
ルドラもミナリエの方を見て、頷き返す。
「我々は、ここに、真実を、記す」
二人はゴクリと固唾を呑んで見守っている。
「我々、海底、蒼の、碑石、厄災、封ず」
「厄災!? 厄災っていったい何のことだよ!」
「うるさい。いちいち驚くな」
ルドラがレグニの頭を叩き、静かにさせる。
ミナリエはやれやれと碑石に視線を戻して、続きを読み上げる。
「これ、我々の、失態。厄災、葬る、叶わず、羞恥。厄災、復活、禁ず、碑石の、石像、流れ着かん」
「つまり、先祖さま方は厄災を封じることしかできなかったのを恥じているということか。その封印を保つために石像が海底の碑石まで運ばれていく仕組みになっているという感じだな」
「……? でも、封印してくれてるんなら、感謝すべきなんじゃないすか?」
「ミナ、まだ続きがあるんだな?」
ミナリエは頷いてから、さらに続ける。
「蒼海より、生出、厄災、海の、都市、全滅、大地に、破壊、齎す。いずれ、封印、解かれん」
「おいおいおい、これってヤバくないっすか……」
「厄災というのが、どういうものかはわからないが、いつか復活してしまうというのは聞き捨てならないな」
ルドラが俯きながら、思考を巡らせている。
「そいつは海の都市を滅ぼしたんですよね? 姉さん、どうするつもりなんですか?」
「どうするも何も、いつ復活するかわからないものを私にどうしろと……」
ミナリエは項垂れることしかできない。
都市を破壊するほどの人知を超えた存在をいったいどうしろと言うのか。
「だが、かつての英雄たちだって封印することはできたはずだ。それはつまり、何か打つ手があるってことじゃないのか? それにまだ少し未解読の文字が残ってるぞ」
ミナリエはルドラに促されて、残りの文をすべて読み上げる。
「我々、事実、記す、碑石、残さん。願う、厄災、完全、滅す、資格者、結集」
「厄災を滅するために資格があるってことっすか? 資格ってどんな? それに何人集めなきゃいけないんすか?」
「何かの比喩なのか、本当にそれを示す資格があるのか……」
「この碑石だけじゃ、何のことを示しているのかわからないな。それに、他にも碑石がありそうな書き方をしているのも気になる……」
他の碑石に刻まれた文字を解き明かせば、何かわかるのだろうか。
そもそも、一つの碑石にすべての情報を残してくれなかったのはなぜだろうか。
「封印しただけで、他の情報は全然書いてくれてないし、ご先祖さまは何してくれてるんすか……」
「何かワケがあったのかもしれない。幾つかの碑石に情報を散らさなければいけない、何かが……」
「何かって、何すか?」
「その理由は気になるところだが、他の碑石も見に行かなければならないということだな」
ミナリエは首肯して同意を示す。
その後、碑石の内部を調査し終えた三人は地下空間を出ることにした。
「善は急げって言いますからね、準備ができたら、すぐに出発しましょうか!」
「お前が仕切るな。肝心のミナはどうしたいかだろ?」
とルドラがミナリエの方を見る。
「……西都には行っておきたい。南都はアクティムに一番近いから、行こうと思えばそこまで大変ではないはずだ。だから、先に行くなら西都のほうが適していると思う」
「じゃあ、決まりっすね!」
三人は央都を出立する準備をまとめた後、西都に通じているという地下道の階段を降りていく。
その時、ミナリエはふと疑問に思った。
なぜ今では、ミナリエ以外解き明かさない古代文字になってしまったのだろうか。
厄災に関する重要なことが書かれているというのに、研究者の一人もいないというのはおかしな話ではないのか。
この碑石がかなり古いものであり、文字も理解しにくいという理由で文字が新しくなったということは考えられるだろう。
まさかとは思うが、碑石の文字を読むことができないよう、意図的に文字が変えられたなんてことは……。
それは厄災の復活を望む者がいるということになってしまうではないか。
つまり、界蝕者が関わっているとしか考えられないが、今はその影を探ることはできない。
そんな不吉な可能性に思い至りながらも、ミナリエはそれ以上考えないようにした。
今は何よりも西都への旅路を急ぎ、残りの碑石を見に行くべきだろう。
そして、海底にある蒼の碑石もこの碑石と同様にルドラを連れて行けば、碑石の中に入れるのかもしれない。
碑石の内容を信じるなら、石像があるうちは厄災がすぐに復活するということはあり得ないだろうが、蒼の碑石の内部がどうなっているのかも気になる。
「何だよ、アンタら」
突然レグニが怒り気味の声を上げたため、ミナリエも前方を見やった。
隣のルドラはすでに剣を構えている。
ミナリエも同様に槍を手に取った。
そこにいたのは、顔が見えないように目以外を布で覆い隠している怪しさ全開の者たちだった――。
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