第12話「売られた喧嘩」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
ミナリエは宣戦布告してきたレグニを前に視線だけを動かして、自分の槍を探した。
幸いなことに、それは少し体を動かせば届きそうな距離にある。
ミナリエはそこまでひとっ飛びして、すかさず手に取った。
そして、ミナリエは槍が立て掛けてあった壁を蹴り、その勢いを利用して、レグニのもとに戻った。
レグニの首元を掴むと、ミナリエは家の外を目指して一気に飛び出した。
どうやらリーザの家の中庭らしく、中からはわからなかったが、かなり広い敷地を有していたようだ。
空もよく晴れており、陽が強く差し込んでいた。
「何すんだよ!」
雑に扱われたことが癇に障ったのか、レグニが地団太を踏んでいる。
「成敗すると言っただろう? 戦いたいなら、外に出るべきじゃないのか?」
挑発してきたのはレグニのほうが先だったため、ミナリエもその挑発に乗ってやることにした。
「ミナちゃん、大丈夫かい?」
「レグニ! お前も落ち着けって!」
リーザとルドラの二人も追いかけて来ていたのだが、なぜかリーザはラドレのことを押さえていた。
「いや、少し面白そうじゃないか?」
「ああ、もう……。そういうところですよ、リーザさん」
ルドラは諦めるようにため息をついてから、脱力した。
「まあ、ヤバそうな時はアタイが止めるからさ、二人とも好きにやっちゃいな!」
本来止めるべきであろう大人のリーザが一番乗り気だった。
それよりも、二人とは違ってレグニという男が信用できるかはわからない。
口を塞いでおくためには、力を示すのが手っ取り早いと思ったのだ。
「だってよ! オレは東都で開かれた武術大会で1位、にはなれなかったけど、そこのルドラに負けただけだから、東都でも2番目の実力を持ってると言っても過言ではない!」
「はあ……」
この男は何を言っているのだろうか。
自分が1位になれたわけでもないのに、何を自慢したいのかさっぱりわからない。
「オレは男だからな、先手を譲ってやるよ。感謝するんだな!」
そして、持っていた剣を投げ捨てて、早く来いとばかりに挑発している。
本当にミナリエに先手を譲ってくれるらしいが、こちらから攻めてしまっていいのだろうか。
自分から手を出すということをほとんどしてこなかったミナリエは、躊躇ってしまった。
「何してんだよ! 早く攻めてこいって言ってんだろ!」
向こうはミナリエが攻めてくるまで、動く気はないらしい。
それなら、あまり待たせすぎるのも失礼だろう。
ミナリエは深呼吸して集中力を高めてから、地面を蹴り上げた。
「……では、後悔するなよ」
ミナリエは勢いよく槍を振りかぶった。
これだけ力を込めていれば、おそらく避けるだろう。
実力者だと自慢するからには、これくらい当たるわけがない。
その後は剣を持ったレグニとのせめぎ合いが始まるはずだ。
とミナリエは考えていたのだが……。
ミナリエの槍の口金(柄の先につける金具の部分)がレグニの脳天に直撃していた。
「あ……」
なぜこの男は避けなかったのだろうか。
せめて防ごうとしてくれれば、頭には直撃していなかったというのに。
もしかして、ただのバカなのか?
ミナリエが必死に思考を巡らせている中、レグニは白目を剥いて倒れてしまった。
「レグニぃぃいいいい!」
叫び声を上げながら、ルドラが駆け寄った。
さすがに致命傷にはなっていないとは思うが、不安になったミナリエも覗き込んだ。
「さっさと起きろ! バカ! 何寝てんだ! 寝たら死ぬぞ!」
ルドラが何度もレグニの頬を叩きつけて起こそうとしている。
本人の自業自得とはいえ、怪我人に対して少しやりすぎではないだろうか。
そして幾度叩いたのか、数えるのもバカバカしくなってきた時、ようやくレグニの目が開いた。
「いっつうう……。あれ? オレはこんなとこで何してるんだ?」
「ふぅぅ……。蘇生、完了」
今のやり取りが蘇生をするためにおこなわれていたことだとは信じたくない。
それとも、この二人はそれくらいお互いを信頼している関係ということだろうか。
満足そうな顔をしているルドラ越しに、ミナリエの姿を見つけたレグニが立ち上がった。
「ってお前! 俺と勝負する約束だったじゃないか!」
ルドラはミナリエを指差している。
自分が倒されたことは覚えていないようだが、そのことは覚えているということか。
気絶する直前の記憶だけが、都合よく消えているのかもしれない。
「お前、今さっき負けたのは忘れたのか?」
ミナリエは言わなかったというのに、ルドラがレグニに現実を突きつけた。
「……え? 冗談だよな?」
「それも見事な一撃だったねえ」
離れて見ていたリーザも頷いている。
「いいや、そんなはずはない……! 勝手にオレの記憶を改竄すんじゃねえ!」
「えええ……」
さすがにエレティナに振り回されて慣れているミナリエと言えど、引いてしまった。
「正々堂々、オレと勝負しろ!」
「……別にいいが、今度は油断するなよ?」
「油断だと!? ふざけんじゃねえ! 俺がお前なんかに負けるかよ!」
ついさっき負けたばかりではあるのだが、それはもう忘れることにしよう。
彼にはその記憶が全くないのだから。
「やめとけレグニ。お前じゃ一生かかっても勝てやしない」
「うるせえ、うるせえ、うるせえっ! これはオレの勝負だ! 手出しは無用!」
ルドラを手で制すと、レグニとミナリエの二人は再び向かい合った。
次は負けないようにと思っているのか、レグニが精神を研ぎ澄ましている。
ルドラとリーザは少し離れて、様子を見ている。
二人が何か話しているようだが、ミナリエには聞こえなかった。
「レグニが勝てると思いますか?」
「無理だろうねえ。ミナちゃんの身のこなしは一朝一夕で身につけたもんじゃないよ。おそらくあの子は、途方もない数の戦いを経験してるんだ。アタイでも、勝てるかどうか……」
「リーザさんでも!? さすがに悪乗りがすぎますよ?」
「アタイがミナちゃんと同じくらいの歳だったらの話だよ」
「な、なるほど……」
ようやく準備ができたようで、レグニの目がカッと開いた。
「今度はオレが先手だからな!」
とレグニが上段に剣を構えながら迫ってくる。
今度はということは、先ほどのことをやはり覚えているのだろう。
ミナリエは首を横に振って、邪念を振り払った。
そして、レグニの剣を避けるために半身になって回避する。
正直に言ってしまうと、目の前には隙だらけのレグニがいるのだが、また一瞬で決着をつけてしまっていいのか迷っていた。
それではまた難癖をつけられてしまわないだろうか。
ミナリエが攻撃を躊躇していると、レグニが怒りの形相でこちらに振り返った。
(私はいったい、どうすればいいのだろうか……)
「『砂纏い』! どりゃああああっ‼」
ミナリエが逡巡していると、レグニは剣の周囲に砂塵を漂わせて、地についた剣で斬り上げてくる。
その勢いは見張るものがあるのだが、あまりに剣筋が単調すぎた。
それからミナリエはレグニの剣閃を避け続けた。
攻撃が全く当たらなければ、そのうち諦めるだろうと思ったのだ。
「避けるな! 卑怯だぞ! それでお前は真剣に戦っているつもりなのか!?」
真剣に戦っている?
確かに正々堂々勝負しろと言われたばかりではないか。
それを思い出して、ミナリエはハッとした。
戦いの中で避けるという行為は、彼にとっては侮辱に値するということだろう。
そこでミナリエはレグニの攻撃を避けることをやめた。
すべて槍で受け止めることにしたのだ。
攻めているはずのレグニの剣をミナリエの槍が弾く。
剣を弾けば弾くほど、槍に込められるミナリエの力が強まっていく。
いつの間にか、押しているのはミナリエのほうになっており、レグニは防戦一方の状況が続いていた。
「その細い体のどこに、こんだけの力があんだよ!?」
「さあ? 私はまだ本気じゃないんだが、これはいつまで続けるつもりなんだ?」
そのミナリエの言葉を聞いた瞬間、レグニの力がスッと抜けてしまった。
レグニはガクンと膝から崩れ落ち、ミナリエの方を見上げている。
「ふざけんなよ? まだ本気じゃないだって?」
「ああ。嘘をついて何の意味がある」
「おいおい、マジかよ……。そんなん無理だって。もう手が痛すぎて、こっちは剣も持てないっての。勝負はオレの負けでいいよ……」
レグニが剣を捨てて、負けを認める。
圧倒的な力の差を見せつけたミナリエの勝利となった。
すると、敗北という事実に落ち込んでいるレグニのもとへ、ルドラが駆けつけて来た。
「だから言っただろ。レグニでは勝てないって」
まさにルドラの言うとおりだった。
戦争で培ってきた対人の戦闘術がミナリエの体には刻まれている以上、簡単に負けるつもりはなかった。
「確かに、こいつが強いのは認めるけど!」
「こいつではない。ミナだ」
「あー、くそっ!」
と頭を掻いたレグニがミナリエの方を見やる。
「別にオレはミナのことを信用したわけじゃないから、それだけは勘違いすんじゃねえぞ!」
「勘違いも何も、私は信用してくれとも、戦ってくれとも言っていないんだがなぁ」
「俺は冷静になれと、ちゃんと言ったからな」
レグニはルドラの顔を悲しそうに見上げる。
その表情は冷たく、レグニの味方は誰一人としていないことを示していた。
「ああ、そうですか! お前ら、オレが悪かったって言いてえんだろ! くそったれが! すべてオレが悪うござんした!」
「それで本当に反省しているつもりなのか?」
言葉からは謝罪の気持ちが伝わってこないのだが、頭は地面につきそうなほど低く下げている。
「すまない。レグニはこういうヤツなんだ……。たまにこうやって、暴走しちまうことがあるんだが、ちゃんと話せばいいヤツだし、許してやってくれると助かる」
「許してくれっ! 頼むよ、姉さん!」
そう言ったレグニは、ミナリエの足元にすり寄って来た。
先ほどまで戦っていた相手に姉さんと呼ばれたことに虫唾が走ったミナリエは、無言でレグニの腹を蹴り飛ばしていたのだった――。
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