第10話「緑を抜けた先で」
本職もあるため、更新遅めです……。
ご了承くださいませ<(_ _)>
二人が連れて来られた村の中央広場のような場所にはすでに人だかりができていた。
そこで立ったまま待っていると、腰の曲がった老婆が二人の前に歩み出てきた。
「お主ら、この村に何用じゃ?」
不審な人物かどうかを確かめようとする老婆の視線が二人に鋭く突き刺さった。
しかし、ミナリエは臆することなく口を開いた。
「私はミナ。ゲオルキアを旅をしていて、今はヴァリアス公国を目指しています。森で道に迷っていたところ、偶然ポポルと出会って案内を買って出てくれたのです」
「蒼海の民が菫砂の民の国であるヴァリアスに行こうというのか?」
「……!」
自分の身元がバレていたことにミナリエは絶句した。
老婆の周りの者たちはあまり気づいていないようだったが、蒼海の民を実際に見たことがあるということだろう。
「ミナはポポルの命を救ってくれたの! だから恩返しをしてるだけ! 蒼海とか菫砂とか、そんなの関係ないよっ!」
すると、ポポルがミナリエの前に飛び出し、擁護してくれる。
「じゃが、南の巫女殿。ワシらも余計な荒事は避けておきたいんじゃ。この女人が悪しきことを考えている者だったらどうするつもりなんじゃ?」
南の巫女というのは初耳だが、確かにポポルのことを見ながら言っていた。
「ポポル、南の巫女っていうのは――」
「ミナは悪人なんかじゃない! このポポルが保証するもん!」
かなり興奮ぎみのポポルの形相にミナリエは思わず一歩引いてしまった。
この場で自分が前に出るのも違うようが気がして、ポポルに任せようと思った。
「おばあちゃん! 何してるの!」
すると、ミナリエと同い年くらいの女性が老婆の傍にやって来た。
「あ、イシュチェ!」
笑顔でポポルに手を振っている彼女はどうやら知り合いだったらしい。
ポポルもカラクリュムの村に来るのは初めてのはずだが、どういう関係なのだろうか。
「おばあちゃん、ポポルを困らせないで。あたしからもお願い! ちょっと目つきはきついけど、悪そうなことを企んでる人には見えないでしょ」
「悪人であればあるほど、そうやって善人に擬態しているんじゃよ」
「だから、ミナは違うって言ってるでしょ!」
「もう、おばあちゃん!」
そうやってしばらく見つめ合う二人だが、老婆のほうが先にため息をついた。
「……一泊だけじゃ。信用するわけではないが、あくまで南と西の両巫女に免じてじゃからな! 少しでも怪しい動きを見せれば、即刻追い出してやるぞ!」
「ありがとうございます……!」
ミナリエは踵を返して歩いていく老婆に向かって深々と頭を下げた。
「ごめんね。ウチのばあちゃん、村を守るのは長の自分だと思ってるから、けっこう頑固者でさ」
「いえ、本当に助かりました」
「イシュチェのおかげだね~。ありがとー」
彼女に頭を撫でられて嬉しそうにしているポポルは彼女に懐いているように見える。
「巫女さまというのは、そんなに偉いんですか?」
「さま付けするのはやめて。あたしたちは、一年の豊作を願ったり、健康に過ごせるようにと神さまに感謝したり、そういう儀式を取り仕切ってるだけだから」
彼女は謙遜しているようだが、翠杜の民にとってはかなり重要な存在ではないだろうか。
「イシュチェはねー、巫女仲間でとっても仲良しなんだ~」
巫女同士で会う機会が過去にあったということだろう。
それにしても、ポポルも巫女だったことには驚かされた。
「あ……。そういえば、まだ作業の途中だったの忘れてた! 諸々片づけたらまた来るから!」
ポポルと彼女が並ぶと、まるで嵐のようだった。
ようやく一息つくことができる。
二人は村人があまり使っていない小屋があると言われ、そこで寝泊まりさせてもらうことになった。
一泊させてもらう恩返しに最適なものは何だろうかと考えたミナリエは、一度村の敷地から出ることにした。
そしてポポルと一緒に木を登り、辺りを見渡して目的のものを探す。
「いた……」
ミナリエが見つけたのはフェルスだ(猪のような獣)。
かなり大きく育っており、三十咫(おおよそ3mくらい)ほどあるだろう。
このくらい成長した獣は、いつビスティアになってもおかしくない。
ビスティアになってしまえば、カラクリュムの村に被害が出る可能性も十分に考えられる。
ミナリエは木の幹を思いっきり蹴り上げ、対象まで一直線に飛び込んだ。
水術を使ってさらに加速させ、ミナリエはその手に持った四叉槍でフェルスの脳天を一突きする。
何が起こったのか理解する隙もなく、フェルスはその場に沈んだことだろう。
「一撃で仕留めちゃうなんて、さすがミナ!」
「かなりデカいな……。村まで運ぶのを手伝ってくれるか?」
ポポルの草術で簡単な木製の荷台を作り、フェルスを運ぶことにした。
二人が村に戻って来ると、フェルスを狩ってきたことで村人たちは歓迎してくれた。
未来起こりかねない危険を取り除き、食料を分け与えたことでミナリエを怪しんでいた視線も少しは和らいだように感じる。
「フェルスのお肉と木の実を交換してくれてよかったねー」
「ああ。さすがに二人で食べきれる量ではないし、肉以外にも食べられるに越したことはない」
「安心したよ。村のみんなも感謝してた」
そこに作業も終えてきたというイシュチェも合流し、三人でしばしの休息を楽しむことになった。
彼女にも菫砂の民になりすますための方法がないか尋ねたり、夜は空一面に輝く星々を眺めたり、自分の目的を忘れて過ごした。
海の外ならではの煌びやかな光景は、ミナリエにとってただひたすらに眩しいものだった。
翌日、イシュチェとポポルによるミナリエの菫砂の民風変装を終えた後、二人はカラクリュムの村を出発することにした。
そういえば、菫砂の民のように肌の色を濃くしてもらっている最中、村長がやって来て、村の者を代表してフェルスの件の感謝を伝えてきた。
恩を着せようと思ってしたことでななかったが、また村を訪れるくらいは許してやってもいいそうだ。
ヴァリアスからアクティムに戻る際に同じ道を使うかはわからないが、ミナリエにとってはとてもありがたいことだった。
村長曰く、ヴァリアスとの国境はここから近いため、今日中には辿り着けるらしい。
それを聞いたミナリエは、やり残したことが一つあったことを思い出す。
ポポルに槍術を教えなければ、ヴァリアスに行くのは認めないと言われたことだ。
のんきに隣を歩いている彼女はもう忘れているかもしれないが、それでも約束した以上はミナリエも彼女に何か生きる術を伝えたいという想いもあった。
「ところで、ポポルに槍術を教えなければ、ヴァリアスには行けないんだったな」
「ああ! ポポル忘れてたー」
やはり忘れていたのか。
言ってしまった以上、もう手遅れだが。
「私も考えてはいたんだが、ポポルの小さな手で槍を使えるようになるのは難しいと思うんだ」
「えー、やだー。ポポルもミナみたいに使いたい!」
「それはわかっている。だから、草術を使ってみたらどうだ?」
「草術を、使う?」
「ポポルには槍を振るう力がない。それは一朝一夕で身につくものではないし、槍に集中するあまり、足元がおろそかになるクセも致命的な問題だ」
ポポルは不満げな様子でミナリエを見続けている。
「だから、草術で操って槍を振るうんだ。そうすれば、槍を一本持つよりも手数で押すこともできる。ポポルも自分の体を動かすより、自然の力を借りる草術のほうが得意そうに見えたからな」
ミナリエのアドバイスを聞いたポポルは試しに草術を使って、ツタで木製の槍を持ってみる。
ポポルの代わりにツタが振るった槍は、対面の大木に深々と突き刺さった。
「わぁ……。本当だ! ポポルの思ったとおりに槍が動いた! すごい! ミナ、すごいよ!」
「よかったな」
さすがにビスティアに通じるかは不明だが、それでもかなりの防衛手段になることは間違いないだろう。
ポポルは力を持っているにも関わらず、それをあまり理解していないのだろうと思った。
* * *
そして、数刻もしないうちに大森林の先に砂地が見え始めてきた。
そこはもうヴァリアスということだ。
ヴァリアスまでの案内という約束だったため、ポポルとはこれでお別れになる。
「ポポル、ありがとう。お前には命も救われたし、危険なこの森の案内をしてくれて、とても感謝している」
「え? それはお互いさまでしょ! ポポルのほうこそミナには感謝してるんだから! 本当はもっとミナと一緒にいたいって思うけど、それはできないんだよね……」
ポポルと一緒にヴァリアスに行くということだろうか。
その可能性は全く考えていなかった。
「それに、ポポルね。ミナとはまたどこかで会える気がするんだ。だから絶対にっ‼ また会おうね!」
ポポルの目には涙が浮かんでいるが、決壊しないよう必死にこらえている。
「ああ、また会おう」
この感情はいったい何だろうか。
寂しさと言えばいいのか、悲しさと言えばいいのか。
実はポポルと過ごした時間に楽しさを感じていたのかもしれない。
この気持ちを何と説明すればいいのか自分でもわからないのだが、ミナリエの胸にも込み上げてくるものがあった。
ミナリエは振り返って、砂漠に足を踏み入れた。
森の道よりも歩きにくい砂の上を歩いていると、まだポポルがこちらを見ている視線を感じる。
おそらくミナリエの姿が見えなくなるまで、ポポルが帰ることはないだろう。
だからミナリエはできる限り、急いで歩みを進めた。
ポポルが早くアグテカの村に帰れるようにするために。
砂の丘に差し掛かったとき、突然の地響きが地中深くから聞こえてきた。
「これは、何の音だ!」
動揺して辺りを見回すミナリエだが、異変は突然起こった。
砂地が振動するように微かな動きを見せていたと思うと、突如ミナリエの足が砂の中に沈んだ。
「なんだ、これは……! 身動きが、取れないっ!」
ミナリエは抵抗しようと足を動かすものの、足が抜けることはなく、今度は足元の砂が前方に動き出した。
ミナリエはそのまま身を任せることしかできない。
「ミナっ!」
ミナリエの異変を感じ取ったポポルは、名前を叫びながら砂地を走り出した。
しかしその時、ポポルの行方を遮る者がいた。
「誰!?」
それは一人の男だった。
男の髪は金色で、褐色の肌。
ポポルにも菫砂の民であることがわかった。
「大砂波は翠杜の民には危険すぎる! お前は大人しく森に帰れ!」
金髪の青年がポポルの方を振り返って言った。
呆気に取られるポポルには構わず、その青年は砂地をまるで滑るように進み、ミナリエの後を追って消えていくのだった――。
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