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第1話「除隊」

本職もあるため、更新遅めです……。

ご了承くださいませ<(_ _)>

 (あお)い海の中、音の響かない静かな世界。

 暗い海の底には似つかわしい色鮮やかな光景がそこに広がっている。


 蒼海(そうかい)の民が海中に築いた国はアクティムと呼ばれ、この深い海は彼らだけが暮らすことのできる領域だった。

 ――ただ、ある種族を除いて。

 これは長き戦いの始まりの物語である。


 *   *   *


「本日をもって、アクティム軍を除隊させていただきます」

 ミナリエは目の前の上官に臆することなく、淡々と告げた。

「すまぬ。この俺としたことが、聞き間違えてしまったらしい。麗しの戦姫よ、もう一度言ってくれないだろうか?」


「はあ……。だから、私は除隊させていただくと――」

「なぜだ! 戦姫と言われ、その実力を認められた君が! この先輝かしい未来が待っているはずの君が! なぜアクティム軍を辞めるなどと言うのだ!」


義父(ちち)との約束ですので」

 あっけらかんとミナリエは言う。

 それ以上、上官に伝えるべき言葉が思い浮かばなかった。


「馬鹿な……。ダガン将軍が?」

 絶望的な顔つきの上官を冷めた目で見やり、ミナリエはその場を後にする。

 もう関わることはないのだから、上官の心中を気にしたところで意味はない。


 ミナリエが軍の敷地を出て、とある目的地を目指してゆっくりと泳ぎ始めると、その紺色の長髪がなびいた。

 ミナリエの周りでは、小魚たちが共に泳ぎ、優しく付き添ってくれている。

 感情が(たかぶ)っている際は離れていることが多いものの、こうして落ち着いている時は、彼らにとって利点が無いにも関わらず、傍にいてくれるのだ。


 幾つかの街区を通り過ぎ、ミナリエが向かっていた場所は、帝都アクロレムスの郊外にある海樹(かいじゅ)の森だった。

 ここは帝都の付近では最も緑が多く、いつの時代から存在するかもわからないほど劣化した遺跡地帯になっている。


「やはり、ここが一番落ち着く……」

 ミナリエはようやく安堵の息を漏らした。

 この辺りは帝都を明るく照らすヒカリコンブの光が届きにくく、少し薄暗くはあるが、それでも帝都の喧騒(けんそう)から離れたこの穏やかな空間は、すべての気苦労から解放してくれるような不思議な魅力を持っていた。


 ミナリエは自分の考えを一度整理したいと思ったとき、この場所で一人になることが多い。

 帝都の人々がこの辺境までわざわざ足を運ぶことは、まずあり得ないからだ。


 遺跡地帯を最奥まで進んでいくと、そこに(ほこら)があり、祠の前には無数の石像が立ち並んでいる。

 そこは、十五年前にミナリエが父と母を失った場所でもあった。


 父の名前はミリオ。母はアンナ。

 広い心を持つ強い父と、いつも隣で寄り添う優しい母の面影を覚えている。

 両親の名前を少しずつもらっていることが、ミナリエの誇りだった。


 アクティムには、突如として石像となる奇病がある。

 二人はその奇病に(かか)って石像になったまま、今もミナリエの前にいた。

「石化の治療法は発見されていない……」


 だからこそ、ミナリエは今もこの祠に通い続けていた。

 誰も解読することができなかった――いや、解読しようとすらしない――祠に刻まれた古代文字。

 これを解読できれば、きっと何かがわかるのだと、それだけを信じて――。


 ミナリエは石碑に刻まれた文字をなぞりながら、それを声に出して読み上げる。

「すな、くに、ひ、せき、あり?」

 ミナリエの努力はいつしか形となり、少しずつ文字が判別できるようになっていた。


 頭の中で浮かび上がった文字を一度整理する。

「砂の国に碑石あり?」


 そこでミナリエはハッとした。

 今まさに新たな発見をしたところだったのだ。


 砂の国というのは、おそらく菫砂(きんさ)の民が暮らす公国ヴァリアスのことを示しているのだろう。

 そして、碑石というのは、ここと同じような祠があるということだろうか。


「つ、続きは……!」

 と祠の文字を見直すミナリエだが、その先の文字はところどころが欠けている。


「しん、じつ、●●●、●●、あお、●●●、ふた、りを、●●●、まえ」

 何かの真実を語ろうとしているのだろうが、言いたいことがさっぱりわからない。

 それでも、ミナリエにとって希望が見えてきたような気がした。

 ヴァリアスに向かえば、その答えが、自分のモヤモヤがわかるのかもしれない。


「だが、ヴァリアスか……」

 菫砂の民が暮らすヴァリアスと蒼海の民が暮らすアクティムは、遥か昔から犬猿の仲であり、争いを繰り広げてきた民の末裔(まつえい)だ。

 ヴァリアスに直接向かうことは禁じられており、大森林側を経由する必要がある。

 それはむしろ些細(ささい)なことであり、ミナリエには別の悩みの種があった。


「そもそも出国管理局が認めてくれるのだろうか?」

 蒼海の民がヴァリアスに向かうことは、つまりアクティムが何かよからぬことを企んでいるのではないかと思われかねない。

 出国を認めてもらうためには、何かそれらしい言い訳を考えておいたほうがよさそうだ。


「大森林へ行く用事……大森林……大森林……」

 とミナリエが思考を巡らせているうちに、皇宮の前にある出国管理局に辿り着いてしまった。

 管理局のの者がミナリエの姿を確認して慌てて飛び出してきた。


「せ、戦姫さま!? 本日は何用でしょうか……?」

「戦姫と呼ぶのは、やめてもらいたい。アクティム軍は先ほど除隊したところなので」

「除隊!? 戦姫さまが!? どうして!?」

 これからこの話をする度に同じような反応が返ってくるかと思うと、憂鬱(ゆううつ)だった。


「ダガン将軍と約束した期限を過ぎたからとしか……」

「期限ですか……?」

 まだ理解の追いついていない管理局員を無視し、ミナリエはわざとらしく咳払いをして話を戻す。


「それで、今日は出国許可を貰いに来たんだ」

「あ、ああ! そうですよね! 出国許可を得るためでなければ、ここに来ることはありませんよね。書類を準備しますので、少々お待ちを!」

 慌ただしく管理局員が記録板を取り出し、そこにミナリエの名を記載する。


「少し聞き取りさせていただきますが、よろしいでしょうか?」

「問題ない」


「ではまず、出国先はどちらでしょうか?」

「大森林の国マティカヤへ行こうかと」

 よし、ここまでは全く疑われることなく、スムーズに話が進んでいる。


「次に、出国理由は何でしょうか?」

「少し外の世界を見てみたいんだ……」


「今まで戦姫として、ひたすら働き詰めでしたもんね……」

「ええ、まあな」


 とミナリエは苦笑いを返す。

 別に(うそ)をついているわけではないが。


「それでは最後に、ミナリエさまの保証人となる方の御名前をお聞かせください」

「保証人……」


 この質問をされることは事前に知っていた。

 本来なら、ミナリエの養父であり、この帝国の将軍でもあるダガンの名を出せば、許可を得て申請は通るだろう。


 とはいえ、ミナリエはそれをしたくはなかった。

 アクティム軍を辞めたとき、戦姫の名を捨てた以上、ダガンに頼ることはしないと決心していたからだ。

 だから、保証人をどうするか、その答えだけは用意することができなかった。


「え、と……」

 とミナリエが言い(よど)んでいると、局員が察して口を開く。


「失礼しました。当然、ダガン将軍の御名前に決まっていますよね……」

 そして、局員が記録板に記そうとその手を伸ばす。


「いや、ちが――」

「お待ちなさい」

 ミナリエが訂正しようとした瞬間、背後から女性の声が聞こえてきたのだ。


「え?」

 ミナリエが後ろを振り返ると、そこには何度も見たことのある女性の姿があった。


「皇妃、さま?」

「ごきげんよう。ミナリエさま」

 皇妃の礼にあわせてミナリエも礼を返す。


「局員のあなた! まだミナリエさまがお返事をしていないのに、勝手に記録しようとは何事ですか!」

「も、申し訳ございません! で、ですが、ミナリエさまと言えば、ダガン将軍を保証人にされるものだとばかり……」


「そうなのですか?」

 と皇妃がミナリエに向かって問いかける。


「いえ、えーっと、それが……」

「歯切れが悪いですね」

 ミナリエからすれば、皇妃の微笑みが怖くて仕方がない。


「実は先ほどからお話を聞かせていただいていたのです。外の世界を見るためにマティカヤへ行かれるのでしょう?」

「はい……。おっしゃるとおりです」


「でしたら、わたくしが保証人になりましょう」

「こ、皇妃さま自らですか!?」

 局員だけでなく、ミナリエもその事実に驚愕させられたが、その申し出には感謝しなければなるまい。


「本当に皇妃さまが私の保証人になっていただけるのでしょうか?」

「もちろんです」

 すると、皇妃はミナリエにだけ聞こえるように耳元に口を近づけた。


「その代わり、後でわたくしの部屋まで来てくださいますか? 実はお願いしたいことがあるのです」

 とだけ伝えて、皇妃は皇宮に戻っていく。

 その足取りは軽く、何やら上機嫌のようにも見える。


「皇妃が私にお願いしたいこと……?」

 一方のミナリエは、皇妃の言葉の真意が理解できず、首を傾げることしかできなかった。


「……これにて、出国許可申請は終了となります。許可証は明日中に帝亀便(ていきびん)でお届けしますので」

「はい、よろしくお願いします」

 と頭を下げて、ミナリエはその場を去ることにした。

 そして皇妃の部屋に向かうため、皇宮へと足を踏み入れるのだった――。

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― 新着の感想 ―
丁寧に細かく、だからといってくどくならない描写が蒼海のアクティムの美しい情景を読者に連想させる作品だと思いました。これから展開していく物語でもきっと美しく居心地が良い世界観がありそうだと思わせてくれ、…
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