第18話 というわけで
「というわけで、こちらは皇太子殿下です」
昼前。
ノノとお昼の献立について話し合っていた私たちの元に、ロンドさんがやってきた。一緒に来たドルツさん達が真っ青な顔をしていたので何かと思えば、皇太子が来たらしい。
皇族……つまりブレナバンにおける王族相当の人間が来訪したことに嫌な汗が流れるけれど、まさか帰れと言えるわけもないので笑顔を向ける。
ひ、引きつってないかなぁ……?
「馬鹿が魔物寄せを使ったせいで魔物の大侵攻が起きたと聞いて駆け付けたが、そなたが街を救った『奇蹟の聖女』か?」
「えっ?」
「そうです。私の敬愛する主人にして神の遣わした慈愛の大聖女、マリィ様です」
「ノノ!?」
待って!?
なんか胃もたれしそうな肩書がいっぱいついてたけどナニソレ!?
もう聖女はこりごりだよ……。
「ふむ……まだ幼いが美しいな。あと数年もすれば成人のときにはさぞや美人になっているだろう。どうだ? 俺の第四妃に——」
「御戯れを」
「……早いな。見上げた忠義だが、俺に刃を向ける意味を理解しているのか?」
「お嬢様も私もこの国の人間ではありませんし、如何に相手が皇族だろうとお嬢様の望まぬ未来を叩き潰すためならば、命とて惜しくはありませんね」
「ノノ!?」
「そもそもお嬢様は一四歳ですので今年成人です」
「……ふむ? それも気になるが、話をするならばまずは剣を下ろしてはもらえぬか?」
気づいたらノノは大剣を構えていた。
相手は皇族。当然ながら、そんなことをすれば反逆罪で死刑になってしまうだろう。
「ノノ、お願いやめて」
「申し訳ありませんお嬢様。ここで降ろせば禍根を残しますので、斬るか軽はずみな言動を撤回するかの二択にございます」
「ノノ!」
大剣を構えたまま皇太子を見据えたノノにしかし、当の皇太子は大笑いした。
「ははははっ! 良い気合だな。聖女のついでにお前も娶ってやってもいいぞ」
あ”?
《《ついで》》に?
ノノをついでに娶るってどういうこと……?
「マリィちゃん魔力ー!!!」
「うぉぉぉ逃げたい……!」
室内に私の魔力が吹き荒れてドルツさんとフェミナさんが涙目になってるけど、本当に泣きたいのは私の方だよ?
ノノのことついでって言われたのに、相手が皇族なせいで×××できないんだから。
「ふむ。侍女だけでなく聖女の顰蹙も買ってしまったようだな」
「御戯れもそのくらいでお願いします」
「許せ。二人に対する無礼な言動を詫びる」
ロンドさんが取りなしてくれたし、言い方はアレだけど皇族なのに謝ってくれたので魔力放出を止める。
事態を見守ってたドルツさんとフェミナさんがへたり込んでいたのがちょっと申し訳ない。でもノノのこと馬鹿にしたししょうがないよね。
ちなみに一番後ろにいたユザークさんはノノが大剣を構えた時点で泡を吹いて気絶していた。回復魔法を使うか悩むけど、とりあえず後で良いかな。
「我が帝国民を助けてくれたこと、心より礼を言う」
「いえ、当たり前のことをしただけなので」
「硬いな。俺が嫌い……いや、貴族や皇族とは距離を置きたいのか? ブレナバンでは酷い扱いを受けていたらしいからそれも仕方ないか」
ブレナバン、という言葉に胸が苦しくなった。服の上からぎゅっと押さえて何とか堪える。
ここで倒れたらノノに心配かけちゃうし、そもそも今にも斬りかかりそうなノノを止めないと。
「ノノ、駄目」
「大丈夫です。証拠は残しません」
そういうことじゃないよ!?
っていうかロンドさんたちがいる時点で詰んでると思う。
「怒るな。一応は味方だ」
「でしたらお嬢様のご負担になる言葉は控えていただきたい」
「そういうわけにいかなくてな。……とりあえず聖女よ、俺に対する敬語は不要だ。皇太子ではなく一個人として友誼を結びたい」
これ、断ったらまずい奴だよね……?
できればお断りして二度と関わりたくないんだけど。
「ちなみに、俺と友達になるとほとんどの貴族からのちょっかいを跳ね退けられるし、聖女や侍女を不敬罪に問わなくて済む」
「強制じゃないですか!」
「敬語不要だ」
「……分かった。これでいい?」
私が溜息を吐くと、皇太子——アーヴァインはくく、と喉を鳴らして笑った。
「それで、アーヴァインは何しにきたの?」
「そのブレナバンに関することと、お前らのこれからについてちょっと話があってな」
確かにブレナバン王国に関する話をするならば、発言しないわけにもいかないだろう。二度と関わる気はないけれど、向こうがどう思っているのか、どう動くのかを知っておかないと困る可能性もある。
「じゃあ、聞くよ」
「その前に、だ。聖女クレープに聖女天丼、美味かったぞ」
どうやらすでに食べたらしい……いや、あの、そのネーミングやめてほしいんですけど。
「まだまだ新しいメニューを隠しているんだろう? 友達に昼飯をご馳走してくれないか?」
うすうす分かっていたけれど、アーヴァインは図々しい人間だった。
「今日はプッタネスカにします」
「ぷったねすか」
「パスタ料理ですね」
いろんな食材が並べられたキッチンを、みんなで覗き込む。
ちなみに唯一覗き込んでいないのはユザークさんだ。「早く食べたい」とわがままをいうアーヴァインのために、全力疾走で麺を買いに行ったせいで今は床に寝転んでゼーハー言っている。
「まずは乾燥ハーブを細かく砕きます」
「乾燥? 生のほうが風味が良いのではないか?」
「この後、パン粉とともに乾煎りするので水分がない方が良いんです」
いくつかのハーブをすり鉢に入れ、すりこぎとともにアーヴァインに差し出すノノ。
……いや、あの、一応は皇太子なんだけど……?
「早く召し上がりたいのならば頑張ってください」
「ふははは! 任せろ!」
アーヴァインがなぜかやる気満々なので良いけどそれこそ不敬罪だよ。
ノノはフライパンにオリーブオイルを敷いてにんにくと唐辛子を炒め始める。お腹が減る匂いが広がったところで取り出したのは瓶詰だ。
「黒オリーブの実とアンチョビです」
オリーブは種を抜いて輪切り。アンチョビは細かく刻んでさらに炒める。
「味の決め手はこれですね」
言いながら取り出したのは小さな緑の粒。つぼみを酢漬けにしたケーパーというハーブらしい。
ケーパーとざく切りトマトを入れると、もうがっつり系のパスタソースにしか見えない。
まだ匂いだけなのに胃腸が全力で動いてる気がする。お腹減った!
「ほら、できたぞ」
「どうも。こちらはパン粉と一緒にきつね色になるまで乾煎りします」
別のフライパンでささっとやって避けておく。
あとは茹で上がったパスタをソースと絡めながら炒めて、お皿に盛ってからハーブパン粉をふぁさっと盛り付ければ完成だ。
アーヴァインとロンドさんの分はあるんだけど、ドルツさん・フェミナさん・ユザークさんの分はない。
恐れ多くて同席は無理、と言われてしまったからだ。
「では、お嬢様」
「わ、私……こほん。いただきます」
「「「いただきます」」」
パン粉でコーティングされたパスタを口に運ぶと、香ばしさとともにハーブの複雑な香りが鼻を抜けた。
さく、と頬張る。
「ふあぁぁ……!」
オリーブの味はしっかりするけど、爽やかなトマトの風味に、たぶんケーパーの酸味が足されていて思ったよりもさっぱりしている。
だというのににんにくの風味にアンチョビのコク、そして唐辛子の辛みが口の中で大暴れしていた。
噛み締めればケーパーやオリーブが弾けてさらに酸味と油分が増えて暴力的なおいしさになる。
——からい! でも止まらない!
「あむっ! お、おいひぃ……! あむっ!」
もう一口、もう一口と食べたくなってしまう。
夢中で食べて、冷たいお水で口の中を洗い流したところでアーヴァインとロンドさんを見れば、なぜか二人そろって真っ赤な顔をしていた。
目とか口とかを自分の手で覆っているけど、そんなに辛かったかなぁ……唐辛子の塊が入っちゃったとか?
「弟の命に続き、ここにも値段のつけられぬものが……」
「くっ……ノノさえいなければ速攻で攫って後宮に閉じ込めていたものを……! いや、正妃も側妃もすべて実家に帰すことを条件にすれば……?」
「お嬢様は清廉な心根の持ち主ですので、配偶者をポイ捨てにする輩はありえませんね。そもそもブレナバンの蛮行のせいで権力者が嫌いです」
「ぐぅっ……! な、ならば俺が皇太子から降りれば……!?」
「尊大でKYな俺様が唯一のとりえである権力まで捨てたらますます勝ち目がなくなりますよ?」
「顔も整っているだろうが! それにノノ、さすがに不敬罪過ぎるぞ?」
「”友達として”無謀な恋路に誠意ある忠告をしたまでです」
「……良い性格してるな」
なんかよく分からないけどノノとアーヴァインが仲良くなったみたいで良かった。でもちょっと顔が近すぎない?
ノノは私の従者なんだからね。ノノ自身が望むならともかく、そうじゃないなら相手が太子だって絶対に譲らないから!