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さるのまき その1

 大坂を出てから数日後、モノタローは西へと進み、とある港にたどり着きました。その道中はもはや一人旅ではありません。狗をお供に連れています。

 この狗、というのはあくまでも通称であり、本名ではないのですが――さらにもう狗と呼ばれる理由はどこにもないのですが――特に不都合もないのでそのままです。


「いい日だ。まさに船旅日和だ」


 そんな表現はついぞ聞いたことがありませんが、本人が満足そうなので、突っ込むのも野暮というものでしょう。


「どんな日和だ、それは」


 野暮な男がいました。もちろん狗です。野暮狗です。


「それよりも尋ねたいのだが」

「何だ? 人がいい気分に浸っているってのに」


 モノタローが迷惑そうに顔をしかめても、狗はきっぱりと無視しました。空気が読めないのか、読めても気にしないのか。おそらく狗的にはどうでもいいことなのでしょう。

 彼は従者ではあっても、忠犬ではありません。いや、狗なのですが。

文句を言う、という行為は感情表現が豊かになりつつある証拠で、それ自体は好ましいことなのですが、自分に向けられるとちょっと鬱陶しいな、とモノタローは思いました。


「どうして私の背嚢が、倍に膨らんでいるのか知りたいのだが」


 空気を無視した狗の疑問はしかし、もっともなものでした。

 大坂を出る時はきちんと背中に収まっていたはずのそれは、いつの間にか狗の頭よりも高くボリュームアップされていました。

 対して、モノタローはほぼ手ぶらです。腰に刀と水袋、それから僅かな荷物を背中にくくりつけているだけでした。


「いただいた宝石と金貨をお前の袋に入れたからな。まあそれくらいにはなるだろ」


 しかしこのモノタロー、堂々と言い放ちました。

 金貨や宝石はとてもかさばりますし、重たいものです。確かに持つのは億劫かもしれません。しかし、どちらも重要なもののはずです。それをあっさりと狗に渡すのは、よほどの大物か、馬鹿か、どちらかの証明なのでしょう。

 モノタローがそのどちらに該当するかは、後世の研究で明らかにしてもらうとして、話を続けます。

 狗の抗議を右耳から左耳へと素通りさせて、モノタローは視界に目的のものを収めます。

 それは、周りの船と比べても小さな船でした。客船ではなく、釣り人が海釣りをするときに使うような小舟でした。


「……なぜ、こんなに小さいのだ?」


 ぽつり、と狗が零しますが、モノタローは疑問に思った様子もなく、さっさと小舟に向かって歩き始めます。


「節約だ」


 捨て台詞のように残された言葉に、狗の顔が一段と引きつりました。


「金なら捨てるほどあるだろう!」


 思わず叫んだ狗に、モノタローも叫び返します。


「捨てる金はない!」


 資本主義の申し子のような言葉でした。どちらが商人に育てられたのか、わからなくなります。

「この、拝金主義者が!」


 その犠牲者が叫びました。でも荷物を叩きつけないあたり、染みついた習性がうかがわれます。


「ちょっと調教が必要みてえだな」


 対して、実はお坊ちゃまな男は面倒臭そうに零しました。

 二人が睨みあいます。

 先に動こうとしたのは狗でした。その技能を最大限に活かし、最小の動きで、最大の威力の拳を叩き込もうとします。

 しかし、それは叶いませんでした。

 モノタローが睨みつけると、狗はあっという間に火だるまになりました。

 砂浜をごろごろと転がり、モノタローを追い越して小舟にぶつかり、焦げ臭いにおいをあげつつ、小舟を乗り越えるようにして狗は海へと飛び込みました。

 じゅううぅ、と音がして小さく煙が上がりました。

 ――ところで、木というものは非常によく燃えます。今日のように、数日晴天が続いて水気がいい感じに抜けていれば、尚更です。

 小舟は、もちろん木でできています。

 それはそれは、あっという間に燃え上がりました。


「……」


 モノタローは、無言でした。

 ――どこまでも、無言でしたが。

 旅立ってからの彼にしては珍しく、頬がひきつっていました。




 モノタローはすぐに炎を消しましたが、それでも手遅れでした。小舟はあちこちが焼け焦げ、煤けてしまっていました。

 まだ小舟が浮くかどうか、と問われれば微妙なところでした。しかし、これで海を渡れるかと問われれば、百人が百人とも無理、と答えるのは間違いありません。開票結果を待つ必要もない有様でした。

 モノタローはすっぱりと小舟で鬼ヶ島へと行くことを諦めました。とりあえずは宿を確保するために、街へと向かいます。

 そう、二人がいるのは、鬼ヶ島へと渡る船が出ている唯一の街、鬼窓おにまどと呼ばれる街でした。鬼ヶ島の周りは、誰かの力によるものか、それとも自然のいたずらか、複雑で激しい海流が渦を作り、接弦を拒みます。

 唯一無事に鬼ヶ島にたどり着ける海の道。それが始まるのが、ここ鬼窓なのです。

 当然、船は厳重に管理され、飛びこみで乗れるようなものではありません。

宿にしても、普通のものとは比較にならない料金がかかります。

 しかしモノタローは気にも止めませんでした。いきなりスイートでなくてはダメだ、とわけのわからないことを口走りもしませんでしたが、ロクに値段交渉もせずに――それどころか値段を見たのかもあやしいところですが――さっさと二部屋押さえてしまいました。


「同じ部屋でなくていいのか?」


 狗が安全を考慮して、当然のことを口にします。しかしここだけをとると見事に腐れた世界へとダイブしてしまいかねません。


「構わん。鬼ヶ島の連中は俺のことなど、気にも止めていないさ」


 異世界への召喚を回避して、モノタローは自嘲するでもなく、ただ事実を告げました。

 そう言われては、狗に否やはありません。ありがたく広い部屋を一人で使わせてもらうことにします。

 手早く荷物を詰め直し、貴重品だけを取り出そうとします。


「……」


 しかし、狗はすぐに気づきました。

 自分の荷物の半分は、金貨と宝石。つまり、とっても貴重品であることを。

 これでは夕食に出かけるにも、背嚢と一緒です。いつの間にか、離れられない関係になってしまっていました。

 普通ならいっそ駆け落ち同然でドロンしてしまいたくなるところですが、残念ながら狗はそこまで世に擦れていませんでした。

 ただモノタローに指定された時間まではまだかなりありました。

 広い部屋をどう使ったらいいかわからず、狗はとりあえず部屋中にブービートラップを仕掛け始めました。

 蟻の入る隙間もないのではと思えるくらい、精緻な仕掛けを作ってようやく狗は満足しました。

 それでも、まだ少し時間があります。


「……」


 狗は無言で部屋の隅に行くと、そこで体育座りをしました。

 恐ろしく地味な光景です。

 しかも何の事件も起きないどころか、物音一つせずに、時間だけが過ぎていきました。

 



 そして、徹頭徹尾、何もないまま時間になりました。

 狗が立ち上がり、トラップを外し始めます。それにも、相応の慎重さが求められます。

 そのため、約束の時間を少し過ぎても、トラップは完全に解除できませんでした。

 従って、ノックもなしに扉が開けられた時――

 結構な爆発音が響いて、宿全体を揺らしたのは、当然の帰結でした。

 もちろん狗は、また火だるまにされました。

 地獄の番犬にでもなるつもりなのでしょうか。

読んでくれてありがとうございます。

このおはなしの半分は承認欲求でできています。

いいねとか超ほしいです。ブックマークも大好物です。

なお残りの半分はネタ心でできています。

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