いぬのまき その4
モノタローは血みどろ丸を鞘に収め、自分に注がれる二つの視線に向けて、声をかけました。
「どうした?」
二人はすぐに答えませんでした。モノタローは振り返らず、ただ立っています。
やがて口を開いたのは、少し意外なほうでした。
「……なぜ、私を護ってくれた? お前が私を護るメリットは、ないはずだ」
「あるさ」
元主人に向けて、モノタローはゆっくりと振り向き、嗤いかけます。
それはそれは、なんというか、邪悪な笑みでした。
「お前みたいなカスは、一瞬では殺させねえ。俺が、この手で、じわじわと嬲り殺しにしてやりてえんだよ」
一難去ってまた一難です。元主人の人生は今日この場に来て、受難に次ぐ受難を迎えています。彼の顔面はまた蒼白になりました。
これで黄色があれば信号機にできるな、とモノタローは場違いな感想を抱きましたが、もちろん表情にも態度にも出しません。
「ひあっはー!」
安っぽい悪役のような奇声を上げて、モノタローが元主人を蹴り飛ばしました。見事なサッカーボールキックです。元主人は何の抵抗もできず、焼け焦げた壁にぶつかる寸前で、急に床に落ちました。世界に誇れるドライブシュートです。
モノタローは、ゆっくりと元主人に向けて足を踏み出します。口と眼と鼻から色々な物を撒き散らして悶絶する元主人に、止める手立てはありません。
二人の間に、狗が音もなく割って入りました。
モノタローが、足を止めます。
「……私の生き様を、笑わないでくれるのだろう?」
「笑わねえ。見事なもんだ。だが、俺がそこのカスをどうするかは、別の話だ」
モノタローを恐れることもなく、狗は何かを確認しようとしました。しかし、モノタローはそっけなく応じるだけでした。
狗が、懇願するように言います。
「私はお前に感謝している。できれば、ぶつかりたくはない」
闇に生きてきた男にしては、甘過ぎる言葉でした。
結局、そういうことなのでしょう。
――狗は、優し過ぎるのです。彼に暗殺者を強いることは、破綻を内包するだけのものでしかありません。
モノタローは、ただ一言を放ちます。
「どけ」
「できん」
狗も一言で返しました。二人の身体から何かが立ち上ります。
まさに一触即発。激発のその寸前。
「やめろ!」
元主人が叫んでいました。ふらつく足取りで、しかし彼は立ち上がっていました。
モノタローも、狗も視線を向けます。
当然狗は隙だらけでしたが、モノタローは手を出さずに、元主人の言葉に耳を傾けます。
「そいつはもう私と関係ない! お前は私を殺せば満足なんだろう? ならそいつには手を出すな!」
不器用な言葉でした。しかしそこには、狗が最も欲しかった想いが、確かに籠もっていました。
「…………あるだけの金と宝石を出しな。それで見逃してやる」
モノタローは嗤いました。
あくまでも邪悪に、どこまでも楽しげに。そのまま狗に声をかけます。
「お前は俺と共に来な。お前のこれからを、俺がくれてやる」
元主人と狗が、二人揃ってはい、と頷きました。
大坂の街を牛耳る親子が、モノタローに下った瞬間でした。
大量の資金を渡しながら、元主人は今やモノタローに敬意を込めて、語りかけます。
「私、私は……何一つ親らしいことをしてきませんでした」
その言葉は、モノタローの意図を正確に見抜いてのものでした。その洞察力に満足して、モノタローは言葉を返します。
「これからすればいい。お前は俺に資金を提供するのが、これからの役目だ。だが、その役目も忘れるんじゃねえ。こいつは俺の目的を果たしたら、必ずここへ返す」
元主人は瓦礫と化していく自らの居城を見回し、一瞬絶望の表情を浮かべてから、それでもしっかりと頷きました。
「はい。必ず」
そこに、旅立ちの用意を終えた狗がやってきました。背中に大きな背嚢をかついでいます。
「待たせた。それで、どこへ向かう?」
旅の同行を申し出た狗には、当然の疑問でした。
モノタローは簡潔に答えます。
「鬼ヶ島だ」
時間が止まりました。
「…………はっ?」
狗が思わず聞き返しました。
「鬼ヶ島だ。お前たちは運がいい。俺の世界征服に協力できるんだからな」
「…………」
憐れな親子は、顔を見合わせて、二人揃ってフリーズしました。
再起動できないようなら、初期化するしかないでしょう。それでもブルースクリーンが出そうな勢いですが。
モノタローは二人を飽きることなく、眺めていました。
夜明けが迫ります。
夜の闇に隠れていた狗を、光指す景色が包むのは、もうすぐそこでした。
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