えぴろーぐ
モノタローが鬼ヶ島の鬼を粉砕して、二年がたちました。島の新たな名前が認知され始め、世界は少し、力のバランスを変え始めています。
その変化が、やがて大きなうねりとなって、世界を飲み込んでいくのかもしれません。
そして、モノタローは今その先頭に立って、地盤固めの真っ最中、というのは風の便りか情報屋の噂か、あるいは流布された風説か。
わかりませんが、彼の名前はそれなりに有名になってきています。
それはともかくとして、モノタローとは違い、二年たってもこの二人は相変わらずです。
世界のうねりも無視して、多分この世の終わりまで相変わらずなのでしょう。
どの二人かはおわかりでしょうが、少し見てみます。
そこはとある村の外れにある一軒家です。
よく響く怒鳴り声は今はなく、静かなものです。まあまだ朝なので、怒鳴り声は近所迷惑という説もありますが、そういった説があるだけで、この家が静かなことと関係はありません。
そう、お姫様は静かに問いかけるのです。ずっとそうしていればいいのに、というのは村全体の総意ですが、それに気を使ったわけでもありません。
ただ静かに、魔王に問いかけるのみです。
「ねえ、モノちゃんは?」
「帰ってこないねえ」
そう広い家でもないので、よっぽどの節穴でない限り、自分で見ればわかりそうなものですが、いちいち魔王に確かめさせるあたり、やはりまったく変わっていません。
「もうアイツは倒したんでしょー? じゃあどうして帰ってきてくれないの? わたしのモノちゃーん!」
「事後処理に時間がかかりそうだからねえ」
盛大にヒステリーを起こすお姫様を優しくなだめ、魔王はお茶をすすりました。
このヒステリー、二日に一度のペースで起こります。二年だと三六五回です。結構鬱陶しい回数です。
それだけに、魔王も慣れたものです。
卓袱台に突っ伏して泣くお姫様の髪を優しく撫で、お茶を置くと、溜まっている洗濯物を持ちあげました。
そのまま、川へ向かおうと玄関のドアを開けます。
するとそこに、モノタローが立っていました。
とんでもないタイミングの偶然ですが、よくあることです。
モノタローの背丈が魔王と同じくらいまで伸びているので、うっかり唇が触れ合ってしまいそうですが、二人は親子なので、却下します。
「……よお」
「久しぶりだね」
照れくさそうにあいさつする息子に、暖かく声をかけ、魔王は身体を横に避けて彼を迎え入れました。
「お茶でも飲むかい?」
「頼む」
モノタローが頷いたので、魔王は洗濯物を玄関脇に置いて、代わりに台所へと向かいました。 モノタローは大きな荷物を下ろし、ちゃぶ台に向かおうとして――立ち止りました。
それも当然でしょう。そこではお姫様が鬱陶しいくらいの湿気を撒き散らしていたからです。
「……」
モノタローは回れ右しようかとかなり本気で考え、実行に移そうとしましたが、それよりも第六感的なものに突き動かされたお姫様の方が素早かったのです。
「モノちゃあーん!」
音速を超えたかのような速度で、お姫様がモノタローに抱きつきました。
「おかえりなさいー!」
全力で抱きしめられ、モノタローの顔色がどんどんと青黒くなっていきます。
みしみしと何か嫌な音も聞こえます。
「ぐはっ……」
モノタローの肺から強制的に息が漏れました。なすすべなく落とされる寸前で、待ったがかかります。
「ほら、落ち着いて」
魔王がお茶を用意してきたのでした。
そこでお姫様はようやく我に返り、細いが腕力は意外とある腕を離しました。
「お帰りなさい、モノタロー」
お姫様は上品に、優雅に微笑みます。
それはとてもとても魅力的な、まさにお姫様という笑みでしたが――
――残念なことに、何もかもが手遅れでした。
「……」
モノタローは、返事の代わりに溜息を一つつきました。
「それで、鬼退治はどうだった?」
お茶を飲み終えて、モノタローと向かい合わせに座った魔王が口を開きました。
「まあ、退屈はしなかったな。ただ……一人では無理だった」
その返事に、魔王はゆっくりと頷きました。
「それはそうだろうね。仲間はどうしたんだい?」
「鬼ヶ島に残してきた。今日来たのは俺の骨休めみたいなもんだ」
つまりは、またすぐに旅に出るということです。
その意味を悟って――こういう時だけは頭脳明晰です――お姫様がまた泣きそうになりますが、モノタローは無視します。
「世界征服は、まだこれからだからな」
「そうだね」
モノタローの物騒な言葉をあっさり肯定した魔王に、お姫様がぐりん! と首だけで振り向きました。
「頷いてないで止めんかあ!」
いや、首だけではすみませんでした。全身、つまりはあっという間に跳びかかったのです。
これから繰り返される惨劇を予想して、モノタローは部屋に避難するべく立ち上がりました。
ばしっ! げしっ! げしげしっ! どがあっ!
派手な音を立て、折檻をくらう魔王が、モノタローに視線を向け、自身に起きていることを気にした様子もなく、モノタローに声をかけます。
「大江山には、酒を好む鬼がいるそうだよ」
ただの情報でしかないその言葉に、モノタローは歩みを止めました。
わずかに眼をつぶり、彼らの姿を思い浮かべます。
狗。
APE。
雉。
例え鬼が相手でも、彼らと一緒ならば、恐れることはない。そんな気分になりました。
いやむしろ、今度は鬼を配下にしてみようか、とまで考えます。
「……悪くないな」
口元に笑みを浮かべ、モノタローは部屋へ向かう歩みを再開しました。
本当に悪くない話でした。
悪くないのですが……それは金太郎です。残念。
長々と続いたふぁんたじーむかしばなし、これにて幕となります。
大江山の鬼の話とか、だまくらかされて老人にされる話とか、男に貢がせる月からのキャバ嬢の話とか読みたい方がいらっしゃればぜひ、感想、評価、ブックマークをお願いいたします。
たくさんいただけるとそれらを書く、かもしれません。
それではまた、どこかの物語でお会いしましょう。
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