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おにたいじのまき その1

 それは鬼。

 ただの鬼です。

 かつて勇者と呼ばれたものは、今やその外見も、そして中身も、何一つ残っていませんでした。

 鬼が一歩、モノタローと雉に向けて足を踏み出しました。


「うあっ……」


 雉は引きつった声を上げて、三歩下がりました。

 しかしモノタローは、口元を皮肉気に吊り上げて、そこに留まりました。


「何を恐れる?」


 腹部の傷を気にした様子もなく、モノタローは刀を正眼に構え、鬼を見据えます。


「お前は勇者の息子だろうが」


 その言葉に、雉は鋭い視線をモノタローに投げました。

 鬼が再びゆっくりと一歩進みます。雉は今度は下がらず、代わりとばかりに怒声を発しました。


「僕は! あんな男を父親と思ったことはない!」

「名乗っただろうが。それに――なら、お前は何しに来たんだ」


 モノタローは嗤って答えました。視線は鬼から逸らさず、しかし言葉は雉にかけられます。


「勇者を親とも思わず、なんとも思わず、一人でこの島まで来れるわけがねえだろう」

「それはっ……!」


 雉は反論を試みて、しかし言葉に詰まりました。

 鬼が更に一歩、踏み出します。

 モノタローまではあと三歩。もう余裕はありません。

 それでも、モノタローが言葉をかけたのは、雉でした。


「今さら否定に意味はねえ。認めろ。すべてはそれからだ。自分が何者かを自覚して、それからこいつを見ろ」


 言葉が終わると同時、また鬼が一歩踏み出しました。

 それにあわせて、モノタローが袈裟がけに切り込みました。音とほぼ同時の、高速の一撃。

 しかし、鬼の身体に触れる寸前で弾かれます。

 何か固いものに当たったような手応えに、モノタローは顔をしかめました。

 よく見ると、薄く黒い膜が、体表を覆っています。

 常動の魔法障壁といったところでしょう。

 モノタローは舌打ちを一つして、今度は突きを入れました。しかし、結果は同じです。モノタローは刀を落とさないよう、すぐに腕を引き戻しました。

 そこに、今度は鬼が合わせてきました。

 身体が霞むほどの踏み込み。拳が唸りをあげ、モノタローを捉えます。

 一瞬赤い光が瞬いて、モノタローは三歩、後ろに吹き飛ばされましたが、それだけです。

 横にいる雉を一瞥して、特にダメージを受けた様子もなく、モノタローは再び飛びかかりました。

 空中で身体を捻りながらの斬撃。それは当然のように弾かれます。しかしモノタローは、今度は一撃で止まりませんでした。

 弾かれた反動を使って、空中で足刀を叩き込みます。血みどろ丸でも貫けない障壁をどうにかできるはずもなく、その足は弾かれます。

 モノタローは気にも止めません。着地すると、鬼が動こうとする機先を制して、突きを入れます。

 当然弾かれる一撃でした。しかしそれは、激突の寸前、切っ先に炎をともしました。

 炎と黒い障壁がぶつかります。それらを構成しているものは――魔力。


「はああああああああああああああっ!」


 モノタローの声に合わせて、炎が燃え上がります。魔力と魔力がぶつかりあい、障壁に小さな穴が空きました。

 だんっ! とモノタローが更に踏み込みます。鬼が身体を捻りました。

 鬼は叫びを上げることも、苦痛を表現することもしません。

 しかし、血みどろ丸は、確実に鬼の右腕を貫いていました。

 雉が、眼を見開きます。それは眼前の光景を、その瞳に焼き付けるかのようなものでした。


「鬼なんぞただの、強いだけの怪物だ」


 母の家系に伝わる名刀を引き戻し、モノタローは嗤います。


「俺は魔王の息子だ」


 誇りを込めて、高らかに宣言します。


「怪物を支配してこそ、魔王、ってもんだ」


 モノタローは、笑いかけます。


「答えな。お前は誰だ?」


 かつて梟と名乗り、鷹を目指し、雉と呼ばれる男に向けて、笑いかけます。

 それを形容する言葉は、一つしかありません。

 支配者に相応しい姿。

 まさに――威風堂々。




 再び鬼へと向かっていくその背中は、雉にはあまりにも大きく映りました。

 あの男を倒せると思っていたことが、遠い過去の出来事のように思えます。

 先程まで熱心に応援していた狗が、なぜモノタローに従っているのかが、よくわかりました。

 モノタローは恐怖の権化のような鬼に、一人、黙々と立ち向かっています。

 刀身には炎が宿り、黒い壁を燃やし、またあるいは鬼の拳をいなし、互角以上に渡り合っているように見えます。

 雉にできることは何もありません。何かをする必要も、感じません。

 眼を閉じて、寝転がってしまおう。心のどこかが、そう囁きます。


「僕は……」


 それでも、雉はその囁きに抗いました。

 理由は、本人にもよくわかりません。

 なんとなく、ここで眼を閉じたら、全てが終わってしまう。そう思ったのかもしれません。


「僕は……っ!」


 けれど理由はどうでもいいのでしょう。今大切なことは、雉は無力感にさいなまれ、劣等感を刺激され、わずかの希望もなく。他者の力にすがれば、楽になれる。

 ――それでもそこにあるということ。

 それこそが、今大切なことなのです。


「僕は!」


 叫びに応えるかのように、いつの間にか雉の正面に一振りの刀が落ちていました。

 優美な曲線を描く刀身は、わずかに輝いているようにさえ見えます。

 それは、モノタローの刀と対になる剣。

 それは、かつて勇者が持っていた剣。

 それは、もうこの世に存在のかけらさえない、彼の父親が持っていた剣でした。


「僕は!」


 雉は弾かれたように立ち上がり、それを掴みます。


「僕は! 勇者の息子だ!」


 名乗りと共に、雉は駆け出します。

 魔王と鬼が争う、この世で最も闇深き場所へ。

 その手にある剣が、機嫌よさそうにキラリ、と輝きました。


「魔物を倒すのは魔王じゃない! 勇者の役目だ!」

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