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きじのまき その3

 勇者は視線をモノタローにだけ注ぎました。他の三人は、はっきりと無視したのです。

 まるで、そこに存在しないかのように。

 勇者は魔王にしか興味がない。誰もがそれを理解しました。

 闇に生きてきた暗殺者たる狗は、無表情を保ちました。

 闇に染まることを強要された研究者たるAPEは、怒りに歯がみしました。

 そして、闇に塗れて父親の元にたどり着いた雉は――絶叫しました。


「きいいいいいいいいいさあああああああああああまああああああああああああっ!」


 絶叫は力となり、雉の右手に、青い光が宿ります。それは即座に波濤の力となって勇者へと襲いかかりました。

 ざああああっ! と大きな音を立てて、濁流が勇者を飲み込みます。


「ちっ」


 先手を打ったと言える状況ですが、モノタローは舌打ちして赤い壁を呼び出します。

 その次の瞬間でした。

 青い光を纏った澄んだ水が、雉の濁流を貫いて迫ってきました。

 赤い壁にぶつかったそれは、ぎしり、と音を立ててから消滅していきます。


「防いだか。流石は魔王の血を継ぐ者だ」


 勇者が平坦にモノタローを評価します。そこにはやはり、雉への興味は微塵もありませんでした。

 その様子に更に雉が激昂します。再び飛びかかろうとする彼の眼前に、鞘におさめられたままの刀が突き出されました。


「落ち着け」


 止めたのはもちろんモノタローです。


「お前を連れてきたのは、暴走させるためじゃねえ」


 眼光鋭く、雉を押さえます。雉の瞳から、わずかに残り、そして燃え上がっていた狂気が落ちていきました。


「お前を連れてきたのは、もっと計算高く、あの男を始末するためだ」


 モノタローがそう結ぶと、雉は頷きました。そして、モノタローが視線を一瞬APEへ走らせました。

 それを合図にしたかのように、APEの両腕が、轟音を立てて勇者へと放たれました。単純で、それでいて豪快な物理による攻撃です。

 勇者はモノタローと同種の壁を作りだして、腕を弾きます。

 そしてモノタローが追撃をかけないことにわずかに眉をひそめましたが、壁を消しました。

 壁が消えるその一瞬。それは時間にすれば、ほんの刹那の隙でした。

 モノタローの指示がなくても動けるその男は、今この場にいる中で最も長く、モノタローと旅をしてきた男です。

 優しくて不器用で空気が読めない、とおよそ暗殺者に向いていません。

 けれど望まぬまま鍛えられたその刃は、誰よりも速く鋭く、そして音もなく。

 玉座に座ったままの勇者へと、突きこまれました。

 完全に隙をついたはずのその一撃は、勇者が上空に跳躍することで回避されました。

 しかし、跳べば落ちてきます。それは自然の摂理でした。

 だだだだだっ! と連続する銃声が響きました。APEの指先から放たれたものです。

 腕をロケットパンチ仕様にしておいて、指先にそんなものを仕込むと、暴発の危険がある気がしますが、あえて指摘しないことにします。

 ともかく、勇者の落下軌道を読んで放たれた銃弾は、目標を外して、壁にいくつも弾痕を穿っただけでした。

 その理由は簡単です。勇者が宙に浮いたままでいるからでした。

 雉が使っていたのと恐らくは同質の、浮遊の魔法。

 自然の摂理を無視して、勇者は泰然と宙に佇みます。それだけならば、雉と大して変わりません。やっていることはああ、親子だなあ、という程度のものでした。

 ただ、残念ながら勇者は一味違いました。例えるなら、塩とタレの焼き鳥ほども違いました。

 宙に浮いたまま、勇者は加速しました。ドン! と空気を叩く音が響き、次の瞬間にはAPEが吹き飛んでいました。

 その替わりに勇者が、先程までAPEがいた場所に、掌底を突き出した体勢で現れました。

 悲鳴を上げることさえできずに、APEが地面に倒れます。あまりの速度に、流体金属を変形させ、ダメージを受け流すことすらできなかったのです。

 そして勇者は、ふわり、と再び宙に浮かんでいきます。


「……意外と堅実で地味な戦い方だな」


 一撃を加えた後、即座に安全圏に退避した勇者を、モノタローは心から意外そうにそう評しました。

 確かにふわふわ浮いて、ヒットアンドアウェイはどうにもせこいですね。

 モノタローは狗と雉を呼んで、こそこそと何事かを囁き合いました。

 何事かも何も、小さな声はわざとそうしているかのように漏れ聞こえます。

 具体的には、ちっちぇえやつ、とかA型勇者、とかそういう言葉が漏れてきました。

 動き始めてから無言、無表情を通してきた勇者の頬がひくり、とひきつりました。

 それを見て、モノタローはニヤリと頬を歪めました。


「はあああああああああっ!」


 突然裂帛の気合を上げて、炎を叩きつけます。

 しかし、狙いは勇者ではありません。座る主を待つ、豪奢な玉座でした。

 ちゅどおおおおん!

 もう何というか、いい音がしました。

 そして、なんということでしょう。贅を尽くした玉座が、あっという間に粉々の消し炭に変わりました。

 見事なまでにに完全な嫌がらせです。


「きさ……!」


 絶句してこめかみに青筋を浮かべる魔王に向かって、モノタローはそれはそれは、邪悪に嗤いました。

 ぶちっ!

 何か大切なものが切れた音がしました。


「きさまああああああああああああああああああ!」

「ふん」


 モノタローは嗤いを引っ込めて、宙を蹴った勇者を迎え撃ちます。

 二人の拳がぶつかり――そして二人同時に吹き飛びました。

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