のんきなほごしゃたち
「はあ……」
お姫様が、窓辺に頬杖をつきながら溜息を洩らしました。
もちろん、モノタローを案じてのものです。子を思う母、といったその様子は絵になるものですが、こう毎日続くと鬱陶しいという感想しか生みません。悲しいかな、それが現実というものです。
しかしここには鬱陶しいと口にする人間はいません。ここにいるのは基本的にお姫様と、その旦那である魔王だけです。
その魔王は、今は台所で食事の支度をしています。
「モノちゃん……無事なのかしら」
お姫様のアンニュイな時間は、魔王がご飯だよー、というまで続きました。
手伝いましょうよ、少しは。
当然入るであろうそんなツッコミを、もちろん魔王は入れません。ただゆっくりと、それでいてテキパキと。食卓を料理で飾り付けていきます。
その熟練の主婦のような動きに、思わず涙する人もいるかもしれません。いや、いないですね。
「モノちゃんはどうしているのかしらね」
魔王の作ってくれた筑前煮を口に入れながら、お姫様は日課のように尋ねていることを口にします。行儀が悪いですね。
この問いに対して、いつも魔王は無事だよ、とだけ答えてきましたが、今日は少し違いました。
「鬼ヶ島に着いたようだね」
「え?」
思いがけない魔王の返事に、お姫様は眼を見開きました。ぽろり、と面取りされた人参が箸を滑り、床へと落ちていきます。モッタイナイ。
「そうなの? なんでわかるの?」
身を乗り出して尋ねるお姫様に、魔王はあっさりと答えます。
「私千里眼使えるし」
ぶちん。いきなり何かが切れました。いえ、キレました。
「早く言えええええええええええ!」
速攻でバーサーカーと化したお姫様は食事も忘れて魔王の折檻タイムに入ります。
しばらく食事時にはふさわしくない光景が続きました。
が、やはりモノタローが気になるのか、その時間はいつもより短いものでした。
「……無事でよかったわ」
「そうだね」
二人が優しい視線を交わします。それにわずかに気恥ずかしさを感じたのか、お姫様が視線を逸らしながら呟きました。
「そういえば、その鬼ヶ島は今誰が支配してるの?」
「勇者だよ」
思わず耳に入った懐かしい単語に、お姫様は顔を露骨にしかめました。
「勇者……ってあの?」
「そうあの」
「あの、ある意味勇者?」
「そう……って君も大概ひどいね。」
「じゃあ、勇者(笑)の方がいいかしら?」
魔王は気づかれないようにこっそりと嘆息しました。
お姫様は魔王の様子には気づかず、あるいは気づいても無視して、気楽に声を上げます。
知っている人物がいることで気が抜けたのでしょう。その声は途端に明るくなっています。
「あの天然ストーカー気質男、頼んでもいないのにわたしを取り戻そうと、追い掛けてきたのよね」
「まあ、そうだね」
ありがちなストーリーの大筋は間違っていませんが、台無しです。魔王は溜息をつくことすら既に諦めたようです。
「親に頼まれたって大義名分をご大層に掲げてね。まさにある意味勇者だったわ」
ただの親じゃなくて王様なんですから、それは立派な大義名分になると思います。
「人の恋路を邪魔しにくるなんて、ほとんどストーカーだったわ」
どんどんとボロ雑巾のような評価になっていますが、魔王は今度は止めませんでした。
それどころか、嬉しそうに笑顔です。恐らく人の恋路、というキーワードに反応したと思われます。
それに気づいたお姫様が、眼を見開きました。開き過ぎて血走っています。正直怖いです。ひらり、という音も立てずにテーブルを器用に飛び越えます。
「いい年して、頬を染めるなあっ!」
どげしっ!
かなりいい音がして、魔王が椅子から転げ落ちました。
何か二回転くらいした気がしますが、それでも当然のように傷一つありません。
常人では何かをしたところで傷一つつかない、魔王という圧倒的な存在。
それに対抗した唯一の存在が勇者であるという事実は、動きません。
仲間を引き連れた勇者に、魔王は負けこそしませんでしたが、勝ちもしませんでした。
互いに後遺症が残る程度の傷を与えた、痛み分け。
魔王はそして最愛の人と結ばれ――
仲間を失った勇者は失意のまま、姿を消しました。
その勇者は今、闇の象徴、鬼ヶ島を支配しています。
彼に何があったのか、あるいは、何が彼を蝕んだのか。魔王にはわかりません。
もちろん、お姫様にもわからないでしょう。いや、彼女は考えてもいないでしょうが。
きっとその想いは、勇者本人にしかわからないのでしょう。
その恐らくは強い想い。傷ついてなお、闇を掌握するに足る力。
モノタローはそれを超えなくてはなりません。
あらゆるものを含んだ強い力を、乗り越える。
それが、戦うということです。
「頑張るんだよ」
小さく零した魔王を、お姫様が見つめていました。
「よくその状態で物想いにふけれるわね」
訂正します。寝転がったまま小さく零した魔王を、お姫様が見下ろしていました。
「さっさと起きなさい」
しかもそれはそれは、冷たい視線でした。
二人の想いがモノタローに届く、なんてことは到底なさそうです。
お姫様は暴力装置




