さるのまき その7
三人は即席とは思えない、息の合った連携で通りを真っ直ぐに進みます。
あるいは探索のためにあちこちに散っていた量産型が陣を組めば、もう少し違ったのかもしれません。
しかしAPEが発する信号に引き寄せられた彼らは、思考能力を持たないかのようにバラバラと姿を現し、襲いかかってきました。
その上、彼らはオリジナルほど流体金属の扱いに優れていませんでした。身体に風穴を空け、攻撃を回避するような真似はできないようです。
戦闘能力は高くとも、技術に対する応用力が、絶対的に不足していました。
こうなると各個撃破はそう難しくありません。
血ではなくオイルを撒き散らし、APES軍団は次々とその機能を停止していきました。
三人はさしたる苦労もなく、船の前までたどり着きました。
しかし、そこには当然のように番人がいます。
そう、そこにいたのはまさに番人と呼ぶに相応しいものでした。
身の丈がモノタローの倍ほどもある、APEとよく似た、しかし決定的に巨大な物体が、船とモノタローを遮るように立っていました。
「コング……!」
オリジナルAPEが絞り出すようにそれの名前を呼びます。その声がわずかに震えていることを、モノタローも狗も見逃しませんでした。
お願いですから赤鬼とかの名前にしてほしかったのですが、サル繋がりですからね。無理なのです。
「お前は後詰だ」
モノタローは狗にそう指示を出し、自らが前に出ました。狗は暗殺技能に優れているものの、こういった巨大な人外を相手にするには向かないとの判断でしょう。
その判断は適切に思えます。しかし、コングの実力を知るAPEにはモノタローが一人で立ち向かうことは無謀に思えました。
「ご主人様!」
その呼び方は正直どうかと思います。しかしながらツッコむ人間は誰もいません。人手不足は深刻に時代を蝕むのかもしれませんね。
モノタローももちろん、APEの声に答えません。黙って狗から血みどろ丸を受け取ります。
ひゅうううぅぅ――。
風を切り裂く息吹が、夜明けを迎える街から、海へと通りぬけました。
「……」
コングが無言で右腕をモノタローへと向けます。
APEのものとは比較にならないほどの速度で、巨大な質量をもった手首が襲いかかります。
しかし、モノタローは、あろうことか。
飛来する手首を、叩き斬りました。
ずん、と重たい音が遅れて響きます。
驚愕に眼を見開く狗とAPEをよそに、モノタローは嗤います。
「いい機会だ。下僕どもに見せてやろう」
どこまでも、楽しげに。
「俺の本気を」
魔王の息子は、嗤います。
ぴぴぴぴぴ、と電子音を響かせて、コングが動きました。目覚まし時計の音に似ていて、結構な精神攻撃を兼ねています。
しかも実際はそんなのんきなものではなく、巨体にも関わらず恐ろしいスピードでした。
半歩でモノタローに迫ります。
どう考えても銃器を持っているのですから、間合いの外から攻撃すべきです。もとの人物の性格が反映しているのでしょうか。
唸りを上げて左の拳が振るわれます。モノタローは最小限の動きでこれをかわし、右手一本で血みどろ丸を振るいました。
腕の流体金属が瞬時に溶け、血みどろ丸を包み込み、固定します。
「っ!」
予想外の動きに、わずかにモノタローの身体が流れました。
そこを見逃す道理もありません。コングの胸から機関銃がにょきり、と現れ、零距離からの射撃を敢行します。
……もともと人間ですよね?
そんな致命的なツッコミよりも明らかに致命的なタイミングで放たれたはずの銃弾の雨は、モノタローに届く寸前で硬質な音を響かせます。
射線に割って入った赤い壁をそのままに、モノタローの右手が赤く輝きます。
その輝きは流体金属に包まれた血みどろ丸に伝わり、そこからコングの身体へと広がり始めます。
コングが再び左手を溶かし、血みどろ丸を解放して、大きく後ろに離れますが、既に赤い光は肩まで侵蝕していました。
「おせえよ」
モノタローが唇を歪めて呟くと、赤い光に包まれた部分が一気に燃え上がりました。
どれほどの温度なのでしょう。流体金属が、蒸発していきます。
それでもコングは、苦悶の声を上げることなく、再び機関銃を斉射します。
しかし赤い壁は揺るぎもせず、不快な音だけが残滓としてありました。
モノタローの持つ血みどろ丸に、再び赤い光が宿ります。
モノタローは赤い壁の外へ、大きく一歩踏み出しました。
「おおおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合とともに、血みどろ丸が振るわれます。
それは流体金属であるコングの身体を髪のように切り裂き、そして赤い光が燃え上がります。
炎は渦を巻き、やがて鳥の姿となり――天へと昇っていきます。
その後には、何かが存在した証拠など、何一つ残りません。
「朱雀」
モノタローはそう呟くと、軽く一度血みどろ丸を振るってから、鞘に収めました。
そして、呆然としている狗とAPEに声をかけます。
「どうした、アホ面になっているぞ?」
その言葉に大口を開けていた狗とAPEはそっくりの動作で慌てて正気を取り戻しました。
「何だ、あれは?」
「すごすぎませんか? ご主人様」
その言葉には答えず、モノタローは船へと向かって歩き出します。
「俺たちは今から鬼ヶ島へ向かう。全てがあり、この世で最も闇の濃い島だ」
夜明けはもうすぐそこまで迫り、太陽の光が次第に闇を薄めていきます。
「もちろん、楽なことではない。だが……心配するな。俺には力の根拠がある」
いつも超然としている彼が、なぜ今更そんなことを口走るのかはわかりません。
しかし、なぜ今、絶大な力を――恐らくは使う必要のなかった力を――見せたのかはよくわかりました。
ちょっとツンデレ君なのかもしれませんね。
後は無言でどんどんと進んでいくモノタローに、苦笑とともに狗が続きます。
「何があろうが、今更逃げだしたりはしない」
その横を、APEが駆け抜け、モノタローの隣に並びます。
「どこまでもついていきます! ご主人様!」
あなたの方が犬っぽいですね。
二人の言葉に満足したのか、モノタローは一度大きく頷きました。
「いざ! 鬼ヶ島!」
その日、朝日を受けて、一隻の客船が鬼窓から出港しました。
定刻よりも早く出たその船は、わずか三人の貸し切りです。
不自然なほど穏やかで、何の障害もない航路をたどり、数時間後。
船は静かに、そこへと着岸します。
そこは人でありながら人ならぬものが住む、鬼の世界。
この世のあらゆる闇が凝縮された島。
人呼んで――鬼ヶ島。
読んでくれてありがとうございます。
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なお残りの半分はネタ心でできています。
さるのまきがながくなったのは、どっかのへんたいのせいです。




