さるのまき その6
「鬼ヶ島は、わたしの故郷よ」
APEはそう言って、切り出しました。そこに込められた声の色、感情の重さを慮れば、それ以上聞く意味はないのかもしれません。
それでも言葉を止めず、モノタローは彼女が言うに任せます。
「島の半分は商業地域だけれど、残りの半分は研究者が集まる地域でね。父も母も、優れた技術者だったわ。この身体の基礎理論は母が構築し、実現にこぎつけたのは父だった」
明らかなオーバーテクノロジー。それを実現した両親は、度を超えた天才と言えるでしょう。
「幸せだったわ。わたし達は別にこの力を何かに使おうとしていたわけじゃない。ただ研究をして実践する。それだけだった。けれどそれで、充分幸せだった」
根っからの科学者一家なのでしょう。過去と邂逅しているかのような表情は妖艶さが抜け落ち、どこか少女を想わせるものでした。
しかしそれはすぐに、怒りの色に染まります。
「けれど……長くは続かなかったわ」
そこからは悲劇しか起こりませんでした。突如として鬼ヶ島に姿を現した男は瞬く間に鬼ヶ島を手中に収めてしまいました。
既得権益を護ろうとした商人も、自衛のためと立ち上がった研究者も、逆らうものはすべて命を奪われました。
暴力が流した血と涙が鬼ヶ島の大地に染み込み、乾く頃。
鬼ヶ島は訪れる者には望む全てを提供し――そこにいた者からは全てを奪う、そんな島へと変わっていました。
APEが言葉を切ると、あたりは静寂に包まれました。モノタローはまだ口を開きません。
狗は置きものか漬物石のようにじっと座っています。やっぱり体育座りです。暗い子ですね。
沈黙に耐えかねたように、APEが再び口を開きます。
「わたしは、あの男が憎い。けれど、あたしの力ではどうしようもなかった。ただここで、何か希望を待ちながら、あの男に従うだけの日々。それしか、生きられなかった。他の方法を、知らなかった!」
叫び、そしてモノタローをみつめるAPEは、紛れもなく悲しい女性でした。
「貴方なら、もしかしてと思った。だから……!」
「一つだけ答えろ」
モノタローがAPEとは対照的に静かに言葉を発しました。彼はようやく、APESに視線を向けたのです。
「その男の、名前は?」
これは気になる質問です。いったいどんな名前でしょう。親の顔が見たくなるに違いありません。
しかし、APEはかぶりを振ります。
「わからないわ。誰も知らない。ただ……」
APEはモノタローの視線から逃げるように顔を逸らし、そして呟きます。
「本人は、勇者と名乗っていたわ」
空耳でしょうか? 勇者はもっと善人に思いますが。というか、自称なあたりが詐欺っぽい臭いを感じます。
それでも、モノタローは嬉しそうに嗤いました。
「勇者……勇者か」
それはそれは、新しいおもちゃを見つけた子どものようでもあり、目標を定めた男のようでもある、見事ないい顔でした。嗤いさえしなければ、完璧です。
「勇者を倒すのは、魔王の役目だな」
逆です。
「さて、どうするか。全部燃やすなら簡単だが……」
論外だな、とモノタローは自らの言葉を否定しました。当たり前です。鬼ヶ島へ行く唯一の手段を、燃やしてしまっては何にもなりません。
APEが何か同種の連中を無力化する手段を持っていないかを期待して、視線を向けますが、彼女は首を横に振って否定しました。
「あたしは研究者の娘だから、そういった機能は与えられていないの。流体金属を自在に操ることに関しては抜きん出ているけれど、戦闘能力は他より低いくらいよ」
他のAPE軍団は兵士や傭兵をベースにしているからでしょう。餅は餅屋。戦闘は戦争屋、ということですね。
モノタローはやや考えてから口を開きました。
「お前の位置情報を送信したりはできるか?」
できるわ、とAPEが頷いたのに満足して、モノタローは狗に視線を送ります。
「刀は使えるな?」
「お前ほどの腕はないがな」
狗がそう答えると、モノタローは腰から血みどろ丸を鞘ごと外して、狗に渡しました。
それから、眼を細めて、宣言します。
「これから俺たちは障害を排除して、船を乗っ取る。しかる後に、鬼ヶ島へと向かう」
視線はまず遠く船の方角へ。それから近くのAPEへと移ります。
「お前は、どうする? 俺たちにつくか、鬼ヶ島につくか?」
それは今更の質問でした。
しかし、どうしても必要な質問でした。
APEもそれを理解しています。だから彼女は混ぜっ返しもせずに、真摯な瞳をモノタローへと向けました。
「わたしの身も心も、貴方に捧げます。ご主人様」
状況を間違えたら飛んでもない言葉です。しかし今はまさに人生の岐路。いわゆるターニングポイントですから間違ってもいません。
ですからモノタローは頷いて、それを差し出しました。
「食っておけ。お前の体力と傷を回復させる」
薬屋特製のきび団子。
それを口にして、APEは呟きます。
「女の匂いがするわ」
無駄な嗅覚を発揮した彼女を無視して、モノタローは両手に魔力を集めます。
「位置情報を送信しろ」
「了解」
APEもそれ以上の追及をせずに、指示を淡々とこなします。
ほどなく、その情報に吸い寄せられるように何体もの量産型APESが街の方から姿を現しました。
「これより、進撃を開始する」
モノタローはそう呟くと、両手を複雑に動かしました。
赤い光がどんどんと強くなり、それが夜の闇を否応なく切り裂いていきます。
「流星弾!」
そればかりではなく、それは大気を切り裂き分裂し、正確にAPES軍団を打ち抜いていきました。
「行くぞ!」
視界に入るAPES達を全て破壊すると、モノタローは駆け出しました。
それにわずかも遅れることなく、狗とAPESが続きます。
さあ、反撃です。
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