さるのまき その4
モノタローが血みどろ丸を正眼に構えます。対してAPEは右腕を突き出し、左腕は腰の位置に引きました。
剣と拳の差はありますが、どちらも標準的な構えです。それだけに、搦め手のない、純粋な実力が比べられます。
モノタローがわずかに剣先を揺らし、APEを誘います。対してAPEは動きません。
二人が互いの隙を探りますが、時間だけが過ぎていきます。
不意に、ピピピピピ、と音がしました。よく見ると、APEの眼がなんだかレーダーっぽくなっています。モノタローの身体能力とかを計っているのかもしれません。
モノタローが予想を裏切る展開にどうしたものか、と思案していると、APEは更に変形を始めました。
肉体を何か銀色のどろりとしたものが覆い、一瞬でAPEを包み、硬質な鎧となります。
「……どういう魔法だ?」
「魔法ではないわ。流体金属よ」
思わず突っ込んだモノタローに、APEがなくなってしまった胸を張って答えます。しかし自慢げに言われてもモノタローには何のことやらさっぱりでした。
このおはなしはふぁんたじーむかしばなしです。SFむかしばなしではありませんから、無理もありません。
とりあえずよくわからない魔法と認識し、警戒を強めます。
「いくわよっ!」
言葉とともに右腕が発射されました。かなりのメタルな質感になった身体に、声だけが妙齢の女性というのはかなりの恐怖ではありますが、モノタローはクールに無視します。
拳の軌道は直線です。要は銃と同じでした。それであれば、先読みなど彼には造作もありません。
右腕を苦もなくかわすモノタローに、左腕が放たれます。今度は、フックのように、弧を描いて飛んできました。
多少は驚きましたが、モノタローはそれでも軌道を容易く読んで、あっという間にAPEを剣の間合いに捉えました。
「砕けな」
モノタローはどこまでもあっさりとAPEを粉砕しようとします。もしかしたらどこかの誰かとその姿を重ねてしまって、イライラが募っていたのかもしれません。
赤い光を纏った血みどろ丸が、容赦なく突きこまれます。
外しようもない、必殺の一撃でした。
しかし、それは狗の時と同じく、APEには当たらなかったのです。
なぜかというと、一言で言えば、APEの身体に突如風穴があき、血みどろ丸は突き刺さらなかったのです。
「……」
うっかりと絶句してしまったモノタローに、APEが勝ち誇ります。
「素晴らしき! 流体金属!」
「まだ魔法と言われた方が納得いくわあああっ!」
あまりのでたらめさに、とうとうモノタローは叫びました。
どれだけクールを売りにしても、まだ彼は十七歳。どちらかといえば子どもなのです。
「まったく、何か気にいらないとすぐ怒鳴る。困った子ね」
ここぞとばかりにAPEが見下します。性格ブスとはこういうことを言うのでしょう。
「流体金属だからって、コーティングする前の生身はどうしたあっ!」
叫んだモノタローの中身は意外と的確なツッコミでした。なんだ、ちゃんと理解できているんですね。
しかし、APEは動じません。
「あ、もともとあたし全身流体金属だから」
まさに鉄の女です。血の代わりにオイルが流れているのに違いありません。
「……なるほど」
モノタローは再び落ち着いた声で頷きました。
人間、本気で怒るとむしろ静かになるものです。
「じゃあ、二度と復元できないようにドロドロに溶かしてやるな」
モノタローの右手に赤い光が集まります。それはそれは真っ赤な、コークスを炉に突っ込んでもこうはならない、というくらいに真っ赤でした。
比喩でなく周囲の温度が上がっていきます。
たらり、とAPEの額に汗っぽい流体金属が流れました。
この仕様はリアルさの追求なのでしょうか。あるいは、単なる欠陥でしょうか。後者だとクーリングオフの対象となります。梱包して鬼ヶ島に送り返してしまいたいものです。
「あれ……? もしかして、キレちゃったの? 困るわねえ、最近の子はキレやすくて」
などととぼけても手遅れです。というか、自業自得です。
「れ、ん、ご、く、の、炎おおおおおっ!」
物騒な名前の魔法が炸裂しました。
モノタローが放った炎は局地的に天まで登りました。その中にはもちろんAPEがいます。
「あああっ! 熱いっ!」
悲鳴が聞こえます。しかしマグマのような炎に叩き込まれたにしては、どうにも余裕のありそうな悲鳴でした。
モノタローが訝しむと、どこか艶っぽい声が聞こえてきます。
「あああああっ! 熱うぅぅぅいっ! もっとお!」
艶っぽいというか、どこかとろけているというか、なんかそんな声です。
モノタローはげんなりして、炎を消しました。
APEはなぜか仰向けに倒れて、ハァハァ、と息を荒げています。
とりあえずモノタローは踏みつけることにしました。
「いやんっ!」
またも艶っぽい声があがります。一見ちょっとSっ気のある人には萌える状況ですが、繰り返しておくと声以外はかなりメタリックな外見になっています。メタリックなんです。大事なことなので二回言いました。
そのために、モノタローはただただイヤーな気分になるばかりでした。
はあ、と溜息を一つ吐いて、モノタローはAPEから足をどけました。もうなんというか、相手をするのも嫌でした。
「帰るか……」
月に向かってそう提案してみます。なんというかもう、鬼ヶ島とかどうでもよくなってきました。
「どこへ行くのっ! ご主人様!」
APEがその呟きをフォローしました。ガチ勢による高速引用リツイートです。瞬く間に拡散することが約束されます。
思わず反射的にモノタローは言い返します。
「誰がご主人様だああああああああっ!」
しかし、倒錯した感情に支配されているのでしょうか? APEには堪えた様子もありません。
「あんなに熱く激しくわたしを燃え上がらせておいて、酷いわっ!」
流体金属のなせる技でしょうか。くねくねとよく動く腰です。
扇情的な仕草なのかもしれませんが、どちらかというと蛇がのたうっているかのような不気味さが勝ります。
「さあ、もっとわたしを熱くして!」
モノタローは二年ほどどこかの山で修業してこようかと半ば本気で考え始めました。悟りを開けば、眼前のうざったい物体にもイライラさせられることもなく、スパッとやってしまえるのかと思いました。
そんな強い心が欲しい。
少年の心の叫びは、もちろん明後日の方向へ飛んで行きました。
「…………」
とりあえず超がつく現実的な少年、モノタローは、光を飛ばして気絶している狗を起こしました。
「後は任せた」
丸投げされて、狗はくねくねしているAPEを見て露骨に顔をしかめました。
しかめましたが――
拒否することもできず、こっくりと頷くのでした。
読んでくれてありがとうございます。
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なお残りの半分はネタ心でできています。




