表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/24

さるのまき その2

 宿の主人にこってりと絞られたものの、そのまま鍋でコトコト煮られるわけでもなく、二人は夕食を取りに出かけることができました。

 生きているって素晴らしい。

 その普遍の真理は二人には欠片も思い浮かびませんでした。ただようやく解放された、とばかりに近くの店に入りました。

 しかしその店は生憎と混み合っていて、テーブル席は満席です。しかたなく二人はカウンターに座りました。ビールと料理を注文すると、まずすぐにビールが出てきました。

 混んでいる割にはスムーズです。ふと入った店がいい感じだと、得をした気分になりますよね。


「乾杯だ」

「ああ」


 何に、というわけでもなく二人はかちん、とグラスを合わせます。そのまま一息にジョッキを空にして、おかわりを注文しました。二人とも若いのに飲み慣れています。まったく、嘆かわしいことでした。

二人は他愛もない話をしながら、名物のカキ料理に舌鼓をうちました。鬼窓はカキの養殖が盛んで、その料理もバラエティーに富んでいます。

 まずは生ガキです。新鮮なカキに、レモンではなくスダチをかけるのが鬼窓流です。小さめのフォークで、つるり、殻からと口に滑り込ませると、芳醇な磯の香りが口腔内に広がります。


「ふむ。噂になるだけはある」

「…………」


 モノタローが満足気に頷く隣で、狗は無言でした。

 無言のまま、二つ、三つと食べていきます。

 モノタローが何か言うよりも早く、残っていたカキを全部食べてしまいました。

 モノタローが呆然としていると、狗の瞳がキラキラと輝いていました。


「うまっ。やっべ。これうっま」


 よっぽど感動したのか、言葉づかいまで変わっています。このままでは日本語が大変です。良い子のみんなは正しい日本語を使うように心がけましょう。

 モノタローは何も言いません。というか、これで狗が従順になるかと思えば安いものでした。食べ物の恨みは怖いですが、逆に食べ物の恩義というのは、中々裏切りにくいものです。

 くくっ、とモノタローが邪悪としか言いようのない笑みを浮かべながらビールを口にしていますが、狗は自分が餌づけされていることにも気づいていません。

 ただひたすら食い気を発揮する狗を横目に、モノタローはビールをあおりながら考えます。

 鬼ヶ島へは、小舟で強引に近づくつもりでした。

 海流に流される振りをして、致命的なことになる寸前で船ごと魔法をかけ、海面すれすれを飛んでいけば、邪魔は入っても小舟が島に着く方が早い。そう判断してのことです。

 しかしながら、その計画は不幸な事故によって中止に追い込まれました。

 はっきりと自爆なのですが、少年のプライドはその事実を歪曲し、不幸な事故、とねつ造します。あまりどころかまったく褒められた行為ではありません。

 とにかく、別のルートを探さざるを得ない。モノタローは一人思案します。

 何故一人かというと、隣の従者は頭脳労働には向いていなさそうだからです。

 モノタローがグラスを置くと、タイミングをはかったように次の料理が出てきました。カキのフリットです。衣にビールを加えることでさっくりとした仕上がりになります。

 もちろん、ビールとの相性は完璧です。ゆっくりと箸を動かすモノタローとは対照的に、狗はむしゃぶる……もとい、貪るように食べていきます。


「ずいぶん美味しそうに食べるのね」


 ふと、横から声がかかりました。モノタローが視線を向けると、小柄な女性がクスリ、と微笑みました。目鼻立ちのはっきりとした、すこし南国を思わせる美人です。年はモノタローよりは少し上、狗と同じくらいでしょうか? 女性は化粧という魔法を標準装備していることが多いので、はっきりとはわかりませんが、モノタローはそう判断しました。

 狗は声をかけられたことに驚いたのか、眼をわずかに見開きましたが、新たに出てきたカキのグラタンを見るとどうでもよくなったのか、すっかりと無視して、ぐつぐつとまだ音を立てている強敵に果敢に挑み始めました。

 その態度に気分を害した様子もなく、女性は微笑みを浮かべたまま狗を見つめます。


「気持ちいい食べっぷりね。一杯おごるわ、貴方たち」


 まさかの逆ナンです。店内からものすごい量の嫉妬の視線が降り注ぎますが、そんなものを気にする二人ではありません。ついでに言うと、逆ナンでオタオタするような二人でもありません。

 モノタローは物おじせずに、合わせるように笑みを浮かべます。

 女性も今度はモノタローに視線を送って、店員が持ってきたグラスを受け取ります。


「さ、乾杯といきましょう」


 真っ赤な赤ワインを掲げる女性に、モノタローは男くさいジョッキを掲げます。狗も不承不承手を止めて、同じようにしました。


「何に乾杯だ?」


 モノタローの言葉に、女性は打てば響くように答えます。


「もちろん、わたし達の出会いと……」


 一瞬、視線が平坦なものへと変わります。それは何か、値踏みするようなものでした。


「鬼ヶ島の、繁栄に」


 物騒な言葉とともに、再び柔らかな視線へと戻ります。なんだかアンバランスな女性です。美人局まったなしと思うのですが、モノタローは気にした様子もありません。

 カチン、と小さく、しかし先ほどよりも響く音を立てて、二回目の乾杯が行われました。

 三人が、それぞれにグラスを呷り――まず空になったのは、女性のグラスでした。

 わずかに唇から零れた赤い雫を、舌で舐めとって、再びモノタローを見つめます。

 それは、妖艶な女の誘いにも――あるいは、獲物を前に舌舐めずりする獣にも――見えました。

 その仕草に、モノタローは胸中でガッツポーズをとりました。今日の俺はついている、というったところです。言葉や仕草から、明らかに鬼ヶ島の関係者でしょう。といっても、漁師さんとかそんな平和なものではありません。何といっても、妖艶な美女ですから。後ろ暗い立場なのは間違いのないところでしょう。

 モノタローは口元に獰猛な笑みが浮かぶのを押さえつつ、女性の様子には気づかないふりをして、何気なく会話を続けながら、情報を引き出そうとします。


「鬼ヶ島の噂は聞いている。そんなに栄えているのか?」

「ええ。貴方が聞いている噂がどんなものかは知らないけれど、大体すべてその通り、と答えられるわ」

「なるほどな。鬼ヶ島にないものはない、と」

「そういうこと」


 女性は頷きながらおかわりのワインを受け取りました。軽く中で転がしてから、グラスを口元へと運びます。

 動作の端々に教養の高さが感じられます。隣でつまみに頼んだフライドポテトを、両手で忙しなく口に入れて、頬袋を形成することに余念のない誰かとは大違いでした。

 モノタローは合わせるように飲み物をワインに変えました。店員から白ワインのボトルを受け取ると、優雅な動作で自ら抜栓し、香りを確かめます。

 モノタローはグラスを女性の前に滑らせ、ボトルを掲げました。


「いくか?」

「いただくわ」


 映画のワンシーンのようですが、モノタローの服装はライダーズジャケットです。ワイルドさと繊細さのギャップ。ギャップ萌えにはたまらないですね。

 しかしモノタロー少々女性の扱いに慣れ過ぎのような気がします。隣の食い気全開の従者に少し分けてあげて欲しいものです。

 その食い気の塊は勝手に追加の注文をしています。しかも大量です。女性がチラリ、と狗に寂しげな視線を送りましたが、ガン無視です。最低な態度です。もうここではいないものとして扱いましょう。

 さて、モノタローは女性とグラスを掲げます。打ち鳴らさずに視線をお互いに注ぎ、絡ませ合いながら、その力強くもスッキリとした味を楽しみます。

 モノタローと女性の会話は続きます。居酒屋であることを忘れるかの様に、笑みを浮かべながら、腹の探り合いです。

 互いに自分の素性は明かさず、相手の素性を探ろうとしますが、中々上手くいきません。

 モノタローはこの女性が味方であれば頼もしい、と思う反面、敵に回せば厄介だ、と評価します。

 最悪の場合は、狗に特技を発揮してもらう必要すら、感じました。

 しばらく会話が弾み、ちょうどボトルが空になった頃、女性が提案しました。


「場所を変えて、もう少し話さない?」

「そうだな」


 二人の戦いは、第二ラウンドに入ります。


「んあ?」


 すっとぼけた声を出して、いないはずの人は店を出ていく二人を慌てて追いかけました。

 むしろもうここにいたままでいいのですが、従者の役目をかろうじて忘れていない彼は、空気を読まずに追いかけるのでした。

読んでくれてありがとうございます。

このおはなしの半分は承認欲求でできています。

いいねとか超ほしいです。ブックマークも大好物です。

なお残りの半分はネタ心でできています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ