ぷろろーぐ
むかしむかし、あるところに魔王とお姫様が住んでいました。
どうしてこんなカップリングが成立するかといいますと、それだけで大長編になってしまうので省略しますが、ともかく二人は一緒に暮らしていました。
王国どころか大陸全土を巻き込んだ、後の世に『駆け落ち大戦』と呼ばれることになる動乱の原因である二人が、片田舎とはいえ平穏無事に暮らしているのには、賛否両論あるのですが、とりあえず魔王は怖いので、人々は気づかないふりをしました。
そんな周りの微妙な空気を、超自己中心的な二人が読めるはずもなく、二人は幸せに暮らしていました。
今日も、魔王は山へ芝刈りに、お姫様は川へ洗濯に、と結婚当初に決めた分担をこなそうとしていました。
空は雲ひとつなく、快晴です。とてもとても、いい天気です。平和な二人を象徴するかのようです。
「この宿六が! あんたが芝刈りも洗濯もやるに決まっているでしょう!」
さわやかな朝の光景を台無しにする怒声が響きました。可愛らしい女性の声でしたが、それがより怖いと言えなくもありません。
「い、いやしかしだね……」
「口答えするんじゃないっ!」
びしっ! ばしっ! ずだんっ! どどどどどっ! チェケラッチョ!
気弱そうな男性の声が聞こえた気もしますが、女性の怒声と、激しい物音のせいでよくわかりません。わかるのは、どうも村から離れた一軒家で、朝っぱらから陰惨な光景が繰り広げられているらしい、ということぐらいです。
音がやみ、しばらくの間不気味な静けさが広がりました。こころなしか、太陽はちょっと帰りたそうです。でも雲は近づいてくる気配もありません。まったくもって薄情なものです。
やがて家からは、背中に鎌を括りつけ、両手に大量の洗濯物を抱えた背の高い男が出てきました。口は耳まで裂け、三つある瞳は神秘的とさえ言える黄金色です。さらには、左右のこめかみのあたりから角が伸びていました。
彼が魔王です。見た目からしてもう、明らかにラスボスです。第三形態あたりでしょうか。
でもそんなことよりも、明らかに洗濯物は溜め過ぎです。
「い、行ってきます……」
「気をつけてね」
魔王が戸口に声をかけると、女性が出て来て軽くハグをしました。
寝癖一つない腰まであるストレートの金髪が印象的な女性です。身体は出るとこは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、とても美人な女性です。彼女がお姫様です。
「いつもありがとう。愛してるわ」
とってもうさんくさい愛の言葉を囁きつつ、お姫様は魔王に軽いバードキスをしました。魔王は嬉しそうに微笑んで、意気揚々と出かけて行きました。
その姿をしばらく見送って、お姫様は家へと戻ります。
「はあ、かったる……。寝直そ」
心の底からだるそうに呟くお姫様は、あからさまに魔性の女でした。
じゃぶじゃぶ、と音を立てて魔王が川で洗濯をしていました。その動作はあまりにも洗練されていて、ちょっぴり涙を誘われずにはいられません。
大量の洗濯物を一人で洗い、すすいでいきます。川は文句ひとつ言うことなく、汚れを洗い流していってくれています。
魔王がこれで最後だ、と洗濯物をすすいでいた時です。川の上流から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きなキャベツが流れてきました。
今日はこのキャベツでお好み焼きでも作ろう。魔王の頭に浮かんだのは、疑問よりも先にそういった所帯じみた事でした。
魔王は洗濯を終えると無駄に豊富な魔力でもって、キャベツを宙に浮かべて帰ります。洗濯物も抱えなくてもそうすりゃいいんじゃね? ていうか、洗濯も魔法でできるんじゃね? 的な夢のない突っ込みをしてはいけません。
「ただいまー」
魔王は特段のトラブルもなく、家の扉を開けました。居間では、お姫様がおへそを出して寝ています。
「……」
魔王の胸中に、何で俺こいつと結婚したのかなー、的なやるせなさが溢れますが、特に困る人もいないので無視します。
魔王が無言で夕食の準備を進めます。しばらく包丁の音と、お湯が沸く音と、そういった幸せな家庭を演出する音だけが響きました。
「んあーっ」
その美しい光景を台無しにしたのは、お姫様の寝起きでした。おっさん度を測るのも嫌になるくらい、見事に奇声を発して、大きく伸びをします。
「今日の晩御飯は?」
起きぬけからこのお言葉です。流石は上流階級、睡眠欲から食欲へシフトする速さときたら、まさに神がかっています。
「特大キャベツが手に入ったから、お好み焼き」
「あっそ」
自分から聞いておいてこのセリフです。まったくどんな教育を受けたのでしょう。親の顔は簡単に見れます。何と言っても王様ですから、肖像画はたくさんです。
まったく手伝う気もなく、ごろりと再び寝そべり出したお姫様は、しかし魔王へと振り向きました。
ーー振り向かざるを、得ませんでした。
なぜならば、そこから聞こえてきたのは――
おぎゃあ、おぎゃあ、という赤ん坊の泣き声だったからです。
えもいわれぬ焦燥感に駆られて、お姫様は跳び起きました。そのまま、台所へとダッシュです。素晴らしい脚力でした。
「おや?」
魔王が疑問の声を上げます。彼の腕には当然のように赤ん坊が抱かれていました。疑問はお姫様よりそっちだろ、とオーディエンスがいたら即座に反応しています。
ふと、お姫様と赤ん坊の眼が合いました。
その瞬間に、ぴたり、と赤ん坊は泣くのをやめます。そして、小さな手をわずかにお姫様へと伸ばそうとしました。
それを見て、お姫様は理解しました。
この子は、自分の若さゆえのあやまちの結果である、と。
「う、うああああああ!」
お姫様は自分に向けられる赤ん坊の小さなてのひらと、澄んだ瞳に耐えられず、その場に泣き崩れました。
それを見て赤ん坊は嬉しそうな嗤い声をあげました。ちなみに誤字ではありません。
魔王一人が、空気を読めずにおろおろしていました。
だからこいつはアホなのです。
お姫様の脳裏に、十代で犯した数々の過ちが甦ります。
はじめは、悪い侍女に誘われてでした。盛り場の中でも特上クラスの、いわゆるVIPしか入れないようなところでも、彼女は常にもっとも注目を集める存在でした。容姿は端麗、社会的地位は最高。そして何より、幼く、無知でした。
彼女は持ち上げられながら堕ちていきました。アルコール、煙草。セックス。そして――薬物。
およそ快楽につながるものはすべて体験しました。それは夢のような時間でした。
しかし、夢は覚める物です。
残された現実は、見る影もなくボロボロになった自分自身でした。
手足は枯れ木のようにやせ細り、肌はカサカサでした。突如として脳裏に浮かぶ幻視が、眠ることすら許してくれません。
お姫様は、リスクを考えていませんでした。誰にも会わず、鏡すら見ることができず、いっそ死にたいと思っても、彼女には死を選ぶ体力も残っていませんでした。
授かっていた新しい命も失われ、お姫様は考えることをやめました。
そうして、現実とそうでない境目が曖昧になったとき、彼が現れたのでした。
漆黒の闇の中、彼は言いました。
「俺の嫁になれ」
いやいやいや。前振りなしでそれかい。
お姫様は意識を急激に覚醒させて突っ込みました。それは頭でやったというよりも、ツッコミ属性という名のDNAマップがそうさせたかのような、見事なものでした。
ともかくも、意識を現実に引き戻されたお姫様は、考えました。
いえ、考える必要はありませんでした。
彼女は、自身が抱えている絶望的なまでの後悔を消し去るべく、彼の手をとりました。
彼は優しく微笑んで、こう言いました。
「じゃ、魔王の嫁ってことで一つよろしく」
「やり直しを要求するわ」
お姫様は素早く突っ込んだものの、それほど嫌というわけではありませんでした。
相手が魔王であってもーー
こんなにもボロボロの自分を救おうとしてくれている。
嫁にしたいと、必要だと言ってくれている。
それは、お姫様にとって、はっきりとわかるーー
生きる意味、だったからです。
そうして今、眼の前にかつて失ったはずの命がいます。
それを消したのは、他ならぬ自分でした。
とめどなく流れる涙は、お姫様の罪悪感の証です。
嗤い声だけが、空間に流れる音になっていました。
魔王は何も言いません。
彼は、本当に必要な時以外は、助けてくれません。それはお姫様を信頼しているからなのです。それはどれだけ憎まれ口を安売りするお姫様でも、しっかりとわかっています。
だからお姫様は決意しました。
「決めたわ」
魔王はそれでも何も言いません。ただ、続く言葉を待っているようでした。
「この子がわたしを許してくれなくても、この子はわたしが育てる」
決意を言葉に表すと、涙は止まっていました。我儘な女の顔は消え、お姫様は強い決意が籠もった言葉を紡ぎます。
「だって、この子は、わたしの子なのだから」
母親の表情になったお姫様を、魔王は優しく抱きしめました。
「気易く触るんじゃないわよ!」
「ふべっ!」
お姫様の腰の入ったパンチが、魔王の顎を捕えました。
これが彼の、壮大な人生の始まりでした。
と、お約束通り無闇にハードルをあげておきます。
このおはなしの半分は承認欲求でできています。
いいねとか超ほしいです。
なお残りの半分はネタ心でできています。