千羽鶴病
「あなたが罹っている千羽鶴病の治療法はただ一つ、あなたの健康を心から祈りながら、誰かに千羽鶴を作ってもらう。それだけなんです。名前は可愛らしいですが、癌よりもずっと恐ろしい病気でしてね、放置しておくといずれ死に至ります。そして、大変言いづらいことではありますが、あなたはその千羽鶴病の末期患者なんです」
出先で意識を失い、近くの病院へと搬送された僕は、医者からそんなことを告げられる。もって半年でしょう。どれだけの時間が残されているんですかという僕の質問に、医者は何でもないことのように残酷な事実を伝えてくる。
「そうそう、あと一つ大事な説明が抜けてました。原理は全くの謎なんですが、千羽鶴を折ってもらうと言っても、ただ千羽鶴を手に入れたら病気が治るということにはならないんです。誰かが、その人の健康を心から祈りながら、千羽鶴を折る。それが大事なんです。つまり、お金を払って折ってもらったり、無理やり折らせても効果はないと言うことですね」
医者は眼鏡をくいっとあげて、言葉を続ける。
「ちなみに確認ですが、あなたのために千羽鶴を折ってくれるような知り合いはいらっしゃいますか?」
鶴を一つ折るのに大体三分。それを千個作るわけだから、単純計算で五十時間。短いようで長い五十時間という時間をかけて、僕の病気が治るのを心から祈ってくれる人。身寄りも友達も恋人もない僕には、僕のために千羽鶴を折ってくれそうな人は誰一人として思いつかなかった。
とりあえず僕は入院措置が取られ、千羽鶴病患者専用の病室へと入れられた。そして、その病室の中から、僕は僕のために千羽鶴を折ってくれる人を探し始める。数年前に辞めたバイト先の同僚、大学時代に一度ノートを貸してあげた人、以前水道の修理をお願いした水道業者の人。僕が連絡先を知っているあらゆる人に連絡を取ってみたものの、その全員が僕に同情はしてくれたものの、千羽鶴を折ってあげるよと言ってくれる人は現れなかった。
そんな僕を尻目に、同じ病室に入院していた他の患者たちは、一人、また一人と千羽鶴を片手に退院して行った。その人たちが千羽鶴を折ってもらっていたのは一番多かったのは家族で、その次に恋人、たまに会社の人が手分けして折ってくれたんですと照れ臭そうに説明してくれた人もいた。そして、退院する人たちは決まってみんな、愛おしそうに千羽鶴を抱きかかえ、誰かが自分のために短くはない時間を使ってこれを作ってくれたという事実を、感慨深そうに噛み締めていた。自分が千羽鶴病になって初めて、人とのつながりの大事さを実感しました。隣のベッドで入院していた中年のサラリーマンは、退院の時に僕に半泣きになりながらそう言ってきた。
そしてみんなが退院していく中、僕一人だけ、千羽鶴を折ってくれる人を見つけられずにいた。病気は日に日に身体を蝕んでいき、痰にうっすらと血が混じるようになっていく。病気を治すのが仕事なんだから、医者や看護師が千羽鶴を折ってくれたらいいのにと思ったけれど、あくまで治療とは別に、誰かがその人のことを想って千羽鶴を折るという行為が必要なのだと申し訳なさそうに説明をされた。実際に調べてみたらそれは本当だったのだけれど、疑り深くなっていた僕は、ただ面倒なことをしたくないだけだろと無駄に疑ってしまったのも事実だった。
「これはあくまで都市伝説なんですけどね」
病気が全身を蝕み、千羽鶴を折ってくれる人を探す気力も無くなった頃。医者が僕に教えてくれる。
「この千羽鶴病は国が作った生物兵器だっていう噂が流れてるんですよ。孤独な人間って健康リスクが高くて、歳を取ると馬鹿にならない健康保険料が罹ってしまうんです。だったら、そういった孤独な人間はさっさといなくなってしまった方が税金の節約になるじゃないかと頭のいい人たちが考えて、こういったウイルスを流行らせたってね」
「仮に国が孤独な人間をどうにかしようと思ったなら、どうしてもっと人と人をつなげるような支援をしないんですか?」
「逆に聞きますけど、あなたは国が何かしらの支援をしてくれていたら、誰かと親密な仲になれていたと思いますか?」
それを言われて僕はぐうの音も出なかった。
「そして、これもまた不思議なことでしてね、千羽鶴病にかかった人にのみ医師による安楽死が認められているんです」
そう言いながら医者はゆっくりと近づいてきて、僕の身体が動かないように全身を固定具で止め始める。抵抗する力すら無くなっていた僕は、医者が僕を縛りつけ、それからいつの間にか後ろに立っていた看護師から派手な色をした注射を受け取るのをただじっと眺めることしかできなかった。
「孤独に死んでいった人は地獄に落ちると聞いたことがあります」
僕は医者に語りかける。
「この千羽鶴病が僕たちみたいな人間を殺すために作られた病気だったとして、実際にこの病気を開発した人と出会うようなことがあったら、その人にこれだけは伝えてもらえますか?」
「何でしょう?」
医者が注射を確認しながら返事を返す。
「『地獄で待ってるからな、クソ野郎』って」
わかりました。医者はうなづき、僕の腕をゆっくりと掴む。僕は目をつぶり、深いため息をつく。そしてそれと同時に、右腕に注射特有の鋭い痛みが走った。