表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音の色を奏でて  作者: 柏よもぎ
5/11

第五話 差し出された白


 主要動は長かった。いや、長く感じただけかもしれないが、とにかくそこにいた全員がたった1分の間に命の危険を感じ、何かを覚悟した。揺れが収まって当たりを見回す余裕ができた頃には、奏は疲弊していた。きつく何かを締め付けている自分の腕に気付く。はっとして小さな彼女を解放すると、恐怖でこわばった頬、遠くを見たような目が、ゆっくりと奏の顔を見上げる。その大きな目が潤んでいないことを確認して、スマホを開く。


『だいじょうぶ? こわかったね。いまママがくるとおもうから、もうすこしまっててね』


 彼女は大きな目を見開いたまま画面をしばらく見つめ、急に立ち上がって走り出した。


「あっ、ちょ、待って」


 まだ余震が続くだろうからあまり動いちゃだめだ! 奏が追いかけようと立ち上がった時、代わりに少女が立ち止まった。ベンチの上から遠くに投げ出されたスケッチブックを拾いに行ったのだった。既に立ち上がってしまった奏は走り出す必要性を失ったので、仕方なく周囲の人を見回した。家族に電話をかけている人や、なにやらスマホで調べ物をしている人が多い。少女はというと、散らばった色鉛筆の中から一番近くにあった赤色を拾い上げ、ベンチを机にして文字を書いていた。


『こわかったけど、だいじょうぶです。おにいさんは、なんで、じしんがくるってわかったの?』


 彼女には中庭一帯に渦巻いた緊急地震速報が届いていないことに気付く。奏はスマホに文字を打ち込んだあと、スマホを指差しながら彼女に見せた。


『じしんがくるまえに、このスマホから音がなるんだよ』


 音という漢字は、彼女が前に書いていた気がするから読めるはずだ、と思った。彼女は何かを考えるわけでもなく、すらすらとスケッチブックに赤色を走らせる。


『それって、どんな音?』


 奏は返事を書こうとスマホを持ち替え、そのまま固まってしまった。


 ――音を説明したことなんて無かった。緊急地震速報の音はどんな音だ? どうやって説明したらいい?


 約1分の沈黙があった。彼女は奏が返事を考え中だということを察したのか、スマホを構えたまま空を見上げてしまった奏の顔を見上げて待っていた。やがて奏は眉間にしわを寄せたまま、ゆっくりと文字を打ち込んでいく。答えのない問題なのに、「これでいいのか」という漠然とした不安があった。


『スケッチブックといろえんぴつをかりてもいい?』


 少女は大きな目をもう少しだけ大きくしてちらりと奏の顔を見ると、スケッチブックめくり、まっさらなページを差し出した。彼女が手に持っていた赤色の色鉛筆を奏に渡した後、ベンチの周囲に散らばった他の色鉛筆を拾い始めたので、奏も頭をフル回転させながらそれを手伝う。12本が揃ったことを確認すると、奏はベンチに座った。少女は奏の隣に座り、これから何かが書き込まれるであろう新しいページをじっと見つめていた。


【次回】第六話 銀色の棘

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ