表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

地獄の底の

作者: 瀬川なつこ

秋になると寂しいから、陰となり、鬼となり。

夕暮れの日本屋敷は陰が多いから、影法師が影を伝って呪詛を唱えつ。

雨が降ってきて、湿っぽい雨の匂いと、手折ってきた彼岸花を散らばらせたまま、眠る仏間の鬼の子。

狂うた娘座敷牢にて、数珠と日本人形、籠の鳥、遊んで殺めて骨と化す。


抽斗の中の香水の染みたスカーフ。

綺麗なはごろもだと、あなただと思って抱きしめる、海から来た天女の残り香、泡の夢。

昔の手紙の、櫻の匂いが、徐々に消えつつ、もうそんな頃なんですね。私も老けにけり。

見覚えのない、お風呂上りの、素足に経文。確か、昨日墓場でかごめかごめをやったけど。


夢のあと、荒れ野の頭蓋骨、抽斗の中に眠る。宿題のノートに紛れて、親には内緒で、鬼のふり。

露天商が、通りで店を開いている。

鬼の手や、牛の頭蓋骨、不死鳥の羽、何に使うか分からない、忌まわしげなもの。

燐寸を擦って、三号車、幽霊列車、旅に出る。母の温もり、忘れぬうちに。


夕焼け小焼け。田螺が泥鰌が田を泳いでいます。水泳教室。

教室の、小窓から飛んでいく紙飛行機、恋文のなれの果て。

冬、家でくつろぐ午後七時。

工場地帯から何故かサイレンの音がして、野球場を思い出す。

それから、救急車の音がしてきて、最後に犬の鳴き声だ。

田舎の音も、暖かい飲み物に、溶けてゆく。


若かりし頃、花が見えて、乙女となりつつ。

思春期の娘の、肩に泊まった櫻の花びら。蜉蝣か。

櫻も美し、君の横顔も、夕日に照らされ美しい。

手鏡に、朱色の口紅、大人の魔術。

焉んぞ、先生と野原で戯れに、蒲公英は知っている。

左足に流れし経血と、蝶。


夕映えに、古いフィルムの、流れる映画館、

線香の匂いを焚きこめる、死んだ寺山修司が生き返る映画。

苦いコーヒーと、サーモンのマリネ。喫茶店の、古い扇風機。

何故かマネキンが飾ってあるのだが、

ジャラジャラと、西日に輝く首元の宝石が忘れられない。

帽子を被ってドレスを着て、母親を真似ども、父親は帰ってこない。

墓の菊、匂ふ頃だろうか。



春先小紅。

夕暮れになっても、櫻の花びらを探すのをやめないんです。

この子ったら…お風呂場を花筏にするっていって、聞かないんです。

子供達は、櫻の咲くお墓の中で、隠れんぼ。

幽霊たちも、笑顔になってますよ。

鏡映しの魔法を試してみたら、何処からともなく化粧師がやってきて、唇に紅差して娘。


空が碧いから、空の唄を唄うんです。

海の色が、蒼いから、海の唄を唄うんです。

そう云って無邪気に嗤う娘が亡くなって、青年は、墓を櫻まみれにして激しく泣いた。

そして、狂うた先には、座敷牢。

狂人扱いされても、彼は、彼女の形見の日本人形の黒髪を、毎日撫でてはさめざめと泣くのであった。


夜半のあの雲には、何か隠れている、夜の大王。

秘密裏に、事を運んでいたのに、しくじったからと、おやつを取り上げる子供?楽部の企み事。

宿場町に、風が吹く。夜を跋扈する黒マントに、嗤う影法師、そんなものを産み出してしまうのは自分が悪いんだと、謎の作家、自作の本を塵芥。


夕涼み。もうこりごり。

影が物言う宿場町。

真実とは…歴史に埋没されし亡霊を探す歴史の教授、朝に陰謀により殺されし。

子供の手を引きながら、後ろ暗い女が通りを歩いていく。

それもまた、街道沿いに似合いし。

宿場町の坪庭の、池の鯉の嗤い声を真似する、籠の鸚鵡。

虫籠で、秋の音を奏でる鈴虫、美しき


海の揺り籠、遠い島。常世の國。

一度、逢ってみたい、海辺の巫女。

海にたどり着いた瓶に、将棋の駒の、王将が入ってゐた。

結縁の、華やかな姫君、人身御供と、海の露。

朝日が昇るころ、その島の見える旅館の部屋には、首括り遺体。

恋慕の魂百まで。お百度参りもここまでと。

あっけらぽん。


雨ふり小僧、袖を引いて。

車に轢かれた少女が、雨の中あの曼殊沙華の咲くお地蔵様の隣で嗤っているよ。

黄泉比良坂。

狐の同級生が、あまりに美しくて、彼の下駄箱の、真っ赤に塗りたくられた匣の中に、恋文を。

開かずの扉、宿場町の一室に眠る。

雨の日は人を呪ってみたくなる。

夕べのおかずは平家蟹。


狐の亡霊、泣きながら櫻を舞い散らかして、檻の中。

墓場の櫻、何故か泣けるほど美しくて。

墓場で隠れ鬼。何処からか鈴の音が。

かごめかごめをしながら、必死で鬼から隠れる場所を探す。

春先の鬼退治、極楽へ行けるのは誰か、かごめかごめで決めようとする。

お寺の鯉が、人の顔をして、睨みつけてくる。


サイダーの瓶を逆さにしたら、月が堕ちてきた。

お産をしている母親の、悲鳴が夜な夜な隣の家から聞こえてくる、夏。

嬰児の笑顔が、鬼に見えると叫んで狂うた座敷牢の狂人の姉。

泡沫を探して、五〇年になるんだと、老婆の旅人は、よもや私の映し鏡。

後ろの正面だあれ?かごめかごめの聲がお風呂場から。



雨の日。幽玄な。

あなたの顔、瞳の中に炎が燃えているのを見つけて仕舞いました。

神楽舞い。

いとけなき過去は、地獄の底のように、恐ろしや。

封じた過去を、解くように糸を巻いて。

渦巻きの朱の紐は、九十九折り。

坂道を上った先に、あの入道雲が待っている。

夏と、秋が、抱き合って颱風がやってきた。









明日やるから、宿題の書き取りに、見覚えのないお経の文字。

雨の日の、庭にけったいな、真っ赤なよだれかけの首なし地蔵が置いてある。

経文を唱えて、お坊様、即身仏の用意になりにけり。

国語の授業にやたら詳しい友達できた、独り混じる真っ赤な服の仏顔。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ