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バルケインはただ幸せに鋼を叩きたい  作者: ロヂャーさん
十人十剣
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生き残る為に学ぶこと

「こういう時は、振りかぶるみたいに引いてもダメです」

長い両房の金髪を思い出したように美しく整えているトゥルーテは木の根に深々とはまった剣の柄を握ってくいと前に倒す。


まるで魔法のように片手で、力もそう加えてないように見えるのに、いとも簡単に外れた剣をあんぐりと見つめる若者。


買ったばかりの真新しいその剣と胸当て、まだまだ細い腕を見れば誰でも初心者の冒険者なのだと当たりを付けられる外見。


彼が尻もちをつく傍らには背中から矢が生えた犬獣人(コボルト)が倒れ伏している。


「相手の体や、木とか地面とか、そういうのに引っかかった時はテコでこう、えいやっとやれば大抵は何とかなります

あとは逆に押すとかねじるとか……」

そう、持った剣を動かして説明する。


暑くも冷たくもない風に芽吹きの蒸した匂いが立ち込める新緑の森。


揺れ動く木漏れ日で照らされる背の低い下草や半ば湿った腐葉土のような黒い地面。


それとざわめく枝音を聞くだけで気持ちよくなってくる、というのは気のせいではあるまい。


初の戦闘を終えて、休憩がてらの反省会。


こんな周りに木の多い場所で力任せな大ぶりに大立ち回り、自明だろうという注意は最初にくらって渋い顔。


次に、ではそうなったらどうするかの説明を彼女がしだすと、途端に表情が直るのだからある種現金なものだ。


説教ばかりだとやる気が下がる、それは身に染みて分かる同情からの助け舟だったのかもしれない。




彼女の説明を真剣に聞く傍ら、負傷した彼の右手を美しく白い細腕が包み込む。


その手先は治癒の力を宿したほのかな光に覆われ、傷口がゆるりゆるりと塞がっていく。


しかしそこに居たのはいつものエイダではなく、神官でもない。

それは大自然の生命力を注ぎ込み、代謝を活性化させるドルイドの治癒魔法だった。


上のエルフたるモーラは美しく物憂げな顔で、静かに祝詞を紡ぎ終え、「よし」と頷いた。


「大したもんだな、確か前は使えなかったろ?」

後ろからぬっと現れたバルは持ち前の筋肉質な手を顎に当て、ほうと感心して前かがみにその様子を見入る。


「ちゃちゃっと一夜漬けでございます、まぁノインちゃんと友達になってなかったら何年かかったかわかんないけどね」


もしものもしも、手元に何もない時でも出来る事を増やす。

これまでずっと専職(エイダ)が居たからか、考えすらもしなかったこと。


それをさせる、その裏に秘める強い思いを彼女は語らない。


だってダサいから。


彼女はそんなことはおくびにも出さず、得意に、さも自慢げに笑ってみせた。


それからパンパンと服についた土埃やらを払って立ち上がり、伸びをしたかと思えば後ろに声を掛ける。

「もう出てきていいよ」


そう言い放たれた茂みから、ひょこりと小柄な女が顔を出す。

薬草の匂いがほのかに香る薬師の娘であった。


彼女は心配そうな顔をどっと安心させると同時に駆け出し、モーラの腕をむんずと掴むと、ぶんぶんと上下に振って礼を尽くす。


「本当にありがとう!あなたたちとっても強いのね!」


それをなんだかやり切れない表情でちらりと覗く初心者冒険者。


(面倒くせぇ)

バルはそれを見てげんなりとして舌打ちとため息を密かに吐き散らした。




今回の任務はまたも冒険者のお守りだ。

内容的には薬師の護衛。


春先になると色んな薬草の新芽が出てくる。


その芯にあたる頂芽を摘んでおくと、脇からより多くの薬草が採れるようになる摘芯という工程を兼ね、1番生命力のある頂芽を回収するそうだ。


この薬草の頂芽は1番いい薬に使用される買値が特に高い部分で、いわゆる今が薬師のかきいれ時だそうなのだが、森に実りが帰って来るこの時期は野生動物やら魔物がそこかしこに徘徊し始める。


戦闘なぞしらない専職の薬師がばったりエンカウントでもしたらひとたまりもないの一言に尽きる、ので冒険者が雇われる。


とは言うものの、火竜だの幻獣に比べたら可愛いもの、薬師からの依頼は身入りもいいので初心者にはことさら人気なのだ。


それは言わば春の風物詩。


だが、今回の冒険者は初心者にしても初心に過ぎた。

そこでバルの出番と言う事だった。


初心者冒険者の彼は薬師見習いの女と幼なじみだと聞く。

(危なっかしいったらありゃしない

カッコイイところ見せたがるんだ、こういうのは)


身内贔屓、どうせ俺が冒険者になったら絶対お前を守るだとか、歯が浮くような事を話しているのだ。


そして、往々にしてこの手の斡旋の仕方は実力が伴わない。


エイダ、と言うよりは冒険者ギルドはいい仕事をしたという事だが、同時にバルは面倒な仕事を押し付けられたということでもある。


(帰りてぇ、何事も起こらない内に)

1番後ろをだるそうについて行くバルはその日の半分以上は不機嫌な表情で舌打ちしたりため息をついたりを繰り返していた。




「そういや、感心したっつったらお前もか」

「残心の一環っていうか、これほぼほぼ一番最初にやるんですよ」

薬師が薬草を採取する合間、未だ講義を続けるトゥルーテは、途中に投げかけられた言葉にその場で答える。


彼女の流派、そして騎士団でも同じこと、多数を相手にした時やそうでない時も、相手を倒した時もそこで気を抜かぬこと、相手に敬意をはらうこと、決して侮らぬこと。


そのための所作や心構え、残心。


今回はその延長、もしくはもっと基本的なことだ。

様々なシチュエーションに対する対応。

焦っていても、その反復が染み付いていれば体が動く。


いつ何時も起こりえる不測の事態、それで命を落とすことのないよう徹底的に叩き込むのだとか。


「でもほんと、何年かぶりですけど覚えてるもんですね」


「馬鹿力でどうにかしてると思ってたぜ」

「そしたら怒られたんですよ」

思い出してイラッとした様子の彼女はそのまま続きの講義を行う。


「えーと、そうしたら今度は挙動が終わった後に自然に抜きの動作が続くようにします、手首を柔らかく、体ごと後ろへ回って、木の幹を撫でるように、こう

隙を消すこと減らすこと、生き残る第一歩です」


そこまで聞いて、若者は疑問に思う。

「なんか聞いてっと、この先ずっと使いそうじゃねぇか?なんで久しぶりなんだ?」


「あー……まぁ、そう思いますよね」

バツが悪い、と言うよりは気恥しそうな誤魔化しが入る彼女。


やがて彼女は、まぁいっかと言う表情になってからするりと後ろを振り返る、それからそのすぐ近くの木の幹に手を振れる。


「私はほら、こうなってしまいますから」

彼女はいつの間にか剣を抜いていた。


「ん?だからどういう事だよ?」


「ちょっとだけ手を貸してください」と言われた初心冒険者は彼女のその革手袋の分厚さ、そして()さに驚いた。


そして掴まれた手は目の前の生木、その湿り気を帯びた幹にそっと触れた。

少しだけ、綺麗な長い髪にどぎまぎしているのを悟られないように気を張る。


そのまま、彼女の手に促されるまま、ぐっと前に押す。


その瞬間、それまで考えていた雑念が全部吹っ飛んだ。

木の幹の上部分がスライドしたのだ。


目の前の大木と言うべき太い生木は水平に、鮮やかに断ち切られていたのである。


「反対から押して戻しましょう、いずれ綺麗にくっつくので」

おっとずらしすぎたと言いたげに、少しばかりの焦りを見せた彼女に、驚きを隠せない初心者冒険者。


「い、い、いつ、いつ切ったんだ?」

冷静さや語彙力と言ったものが消え去り、息を飲み、もはや気になることを聞くだけになってしまう。


「振り向きざまです」


「どうやって?」

まったく、見えもしなかった。


「横に薙ぎました」


「そ、そうじゃなくて」

切る瞬間はおろか、抜く時も、振り抜いた剣先でさえも。


「練習しました」


「それだけ?」


「それ以上に何かありますか?」


「……」

自分は何と会話しているのだろう、才能という言葉も生ぬるい圧倒的な差に目の前が歪む。


足元がおぼつかなくなるような、常識がガタガタと崩れ去る音が聞こえてきそうだ。


彼女はその状態を察して、やはりまずかっただろうかという気遣いのような困った表情を見せる。


「まぁ、今は忘れていいです」

彼女はこめかみ下を僅かに掻きながら詫びるように言った。


「はい」

それだけ言って、しばらくと視界を塞ぐように頭を抑える。


(よし)


彼は、何も見なかったことにした。




「もしかして怒ってる?」

モーラは悪戯っぽく聞いてみた。

その程なく離れた場所で幼なじみが金髪の女と手を繋いでいたのだから、本当に悪戯と見て間違いないだろう。


「怒ってません」

徹して気にしていませんよ、と言う意思表示をするその態度が全てを物語ってるようだった。


「でも、ちょっと薬草摘むの乱暴になってるよ?」

それを聞いた瞬間、押し黙って、薬草を摘む手をゆっくりにする。


モーラは楽しくなって、さらに聞く。

「私は良かったのに?」


「それはその、憧れのその上の人だなって思ってしまって、諦めもつくというか」


「ふーん」


そこで初めて、彼女は語るに落ちていた事に気付いて手をぶんぶん振った。

「じゃなくて!」


にこにこ、モーラは微笑ましくそれを覗く。

(面白い子だな)


そこでふと思う。

多分、彼は運が悪ければそう長くない。

彼女もそれに付き合わされるかもしれないと思えば、なんとも言えない気持ちになる。


そこで、彼女は悪いことを考えた。


「私も手伝うね」

彼女は薬師の3倍は早く、そして同時に丁寧に薬草を摘んでいく。


「え、はや!すご!」

森のあまねくを知るエルフにとって、造作もない事にただただ驚愕するしかない彼女。


ただ、モーラは彼女を驚かせたかった訳じゃない。

「ねぇ、これ早く終わったらさ、ちょっと毒草の事も教えてあげるよ、それもちょっとは高く売れるし」

あとやっぱり最初は吹き矢かなと続ける彼女に薬師は疑問符を浮かべる。


「ほら、あなたも彼のこと助けたいでしょ?」

「それは……はい」


「大丈夫大丈夫、ちゃんと解毒薬も持ってれば」

怖くない怖くない。


そう言い聞かせるこのエルフが1番怖い、というのはきっと言ってはいけない事なのだろう。


だが、間違いなく、彼女は善意で薬師を助けようとしている。


……はずだ。


彼女がそれを学んだ先にあるのは冒険者としての薬師。

毒の他に強壮剤や回復薬、果ては溶解液や爆薬も扱う事になる。


と言うのは、モーラは最後まで黙っていた。

なぜならその方が面白そうだから。

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