さっきよりも弱い
一瞬の出来事だ。
全てが逆転する驚異的発想、その一瞬で全てを組み立てる神がかり的な思考速度と周到さ。
それは言ってしまえば勝負勘、あるいは勝負強さと一言で片付けられてしまうものだ。
頭ではなく本能に刻まれた、勝ちを貪欲に、どこまでも掴みに行く彼の魂のあり方。
そして惜しむらくは、それが神のものでなく、スレイのものであった事。
たった1秒、前に時間を戻そう。
彼は本気の目をして、剣の柄に触れる。
それが彼が導き出した答えだった。
それだけで十分、それ以外一切しない、してはならない。
そのタイミングの妙こそが全てだった。
目の前にロングソードを振りかぶるトゥルーテ、右から走り込むエイダ
その動作は跪いた彼の踝に隠れてエイダからは見えない。
それに対し完全なる感覚でもって、トゥルーテは反応する。
機械のように正確に。
いかに彼の迫真のフェイントだろうと直ぐに見抜き、剣を止める。
しかし、一瞬は動くのだ。
エイダから見ればはこうだ。
彼女が何もしないスレイの首を落とそうとしている。
考える前に、彼を庇う。
魅入られたように飛び込む。
スレイとトゥルーテの間に滑り込む。
それを正しく判断させない一瞬、剣を振り下ろして、ギリギリで間に合う距離。
いや、ギリギリ間に合わないが、間に合うかもしれないと思わせる距離を図る。
彼女は限界を超えた脚力を発揮して、その間を埋めようとする。
この土壇場の力を、多くの上級冒険者が備えている。
それが実際に間に合ったか合わなかったのかなどどうでもいい。
彼女の読みを超えれば十分。
刹那の誤差も許されぬ一瞬の勝機。
彼は見事それをものにした。
読みで止めた剣と、咄嗟にエイダを切るまいとかけたブレーキが重なり、ほんの一瞬、剣が後ろに倒れる。
その瞬間に剣を手に取り、エイダの胴と同時にトゥルーテの心臓を抜く。
が、その一瞬の殺意に、心のうちの真のスレイは全力の抗いをみせた。
雄叫びもあげられぬ一瞬。
結果的に、剣は目標のトゥルーテの心臓を除いて全てを貫いた。
左心房の直ぐに隣。
そこを貫かれたトゥルーテは抜くことも退くことも忘れていた。
エイダのみぞおちから剣が生えているという、ショッキング過ぎる映像にただただ呆然としてしまって。
目を見開いたまま完全に硬直していた。
一方、スレイはガタガタと震えながら剣を離し、狼狽え後ずさる。
絶対にあってはならないこと。
自分の大切な人を傷つけてしまったこと、それを行ったのが紛れもなく自分であったという絶望的な事実。
それが彼を追い詰めた。
割れる頭の痛み、精神的ショックに頭を抱え、咆哮する。
それと同時に溢れ出すどす黒く大きな力が逆巻く炎のように彼を覆い尽くす。
そしてその絶望に満ちた咆哮は次第に高らかなる笑い声に変わる。
けらけら、何か大きな事をを成したような喜びの絶叫。
全てが収まり、彼は揺蕩う闇の中でぶらりと腰から上を垂らして、笑いの余韻にくつくつと体を揺らす。
「ははっはははは、壊れた、壊れおった、これでこの体は俺のものだ」
下衆のように笑うスレイの顔、それは彼が彼でないものに完全になり変わってしまったことを如実に表していた。
エイダは剣が刺さったと気付いても、驚く程に冷静だった。
「大丈夫だ……、トゥルーテ、大丈夫っだからっ!」
斜めの剣がズルズルと自然に抜けていくのに血の咳を漏らしながらも、彼女を気遣う。
彼女の硬直が狼狽に移ろうとする一瞬。
本気の、何も言わせない目で彼女を見つめ、手を握る。
そのまま、回復の奇跡をトゥルーテにかける。
自分にかけろとか、そんな事も言えない絶対的空気。
「大丈夫、トゥルーテは強いから……」
そう笑い、続く言葉を出そうとする彼女に後ろから蹴りが入る。
人形のように転がり、ぼてぼてと転がったまま動かなくなる。
「とっとと退場しろよ女ぁ、これからショータイムなんだからよぉ」
と、意気揚々とトゥルーテの前に立ちはだかるスレイだった何か。
彼は聞いてもいない言葉をベラベラと言葉を並べ立てる。
「こいつはな、いや俺はな、神が力だけ下ろした魔王なんかじゃあない、舞い降りた神そのものさ
そしてここにあるのはそれを留めるためのただの器ってわけだ」
初めて生まれ落ちたように楽しく、小躍りしながら、誰かに聞いて欲しい話を垂れ流す。
黙したままぴくりとも動かずにいるトゥルーテを差し置いて。
「長かった、長かったよ、こいつを育てるのも、神の力に慣らすのも、そして心を同化させるのも
そしたら新しく女なんか現れてさ、心が硬くなってさ、邪魔臭くて邪魔臭くて邪魔臭くて邪魔臭くて……」
神はピンと指を弾く。それだけで脇にあった木が勢いよく弾き飛ばされる。
威力に満足した彼はひょいとレイピアを拾い上げ、風を巻き上げながらぶんとふってから構える。
「だがこれでやっと力が全部使える
さぁ、第二ラウンドだ」
しかしその時、トゥルーテは深く目を閉じていた。
それから彼女はゆっくり、ゆっくりと目を開けて、虚ろにすら見える目で彼にのらりと焦点を合わせる。
「なにか、言いました?」
それを聞くや、神はスレイの一切見せなかった血管を浮き立たせ、怒りにわなわなと震える。
「ちょっと集中して瞑想してたもので、聞いてませんでしたよ」
対して彼女は静かだった。
凪
強い気配も弱い気配も感じない無が彼女の周りに広がっていた。
神は怒りながら腹を抱えて笑う。
「集中?もしかしておたく、頑張ったらとか、隙をつけばとか、チャンスを掴んだだけで勝てると思ってる?神にそれは無いわ……」
神はクラウチングスタートのようにしゃがみこみ、それから全力で前へ踏み込む。
ただ真っ直ぐに切りかかる。
何の策も、小細工も不要、ただただ力でねじ伏せる。
わからせてやるのだ、神に挑む蛮行、その愚かさを……。
地上の如何なるものより速く鋭い、例えるもの無き一撃。
(あ、わかる前に死ぬか)
などとその一瞬、冷静になる彼がいた。
が、その次の瞬間、神はどさりと地に腰をついた。
「天理の扇、月道」
気合いもなく、技を終えた彼女はポツリと呟く。
扇ぐように真横にした剣で、上段、真上からただただ振り下ろす。それだけ。
彼女の技に詠唱や祝詞はない、ただ付けるならば月の満ちる夜、短い時間見える月に至る光の道、そう思っただけ。
それを辿るような幅広く伸びる道がトゥルーテの前、神の後ろに出来上がる。
先程まで森だったものは遥か彼方に流され、馬車が揺れずに走れる程。
その果てしない長さは彼女の怒りを表し、そして……。
「さっきより弱いですね、こんな技叩き込む隙なんてさっきはどこにも無かった」
彼が五体満足でいることは彼女の無意識の優しさ、あるいはサンドラの言うところ、彼女の性格の悪さを表していた。
もちろん力を解放した彼の頑強さもあるだろうが、直撃させなかったという、それだけが結果を分けたと言える。
それらの感情すら遠くに追いやった極度の集中状態の彼女の思考の表側は驚く程静か。
(あとで後先考えろとかいって殴られるんだろうなぁ、あとであとさき、あと?さき?)
などとくだらないループばかりが続いていた。
一方、スレイの勝負勘を欠いた神はというと、状況を信じられず、ただただ意味の無い疑問を浮かべるばかりであった。




