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バルケインはただ幸せに鋼を叩きたい  作者: ロヂャーさん
貧乏職人と不幸少女
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ゲルトルートという女

「城下町で生まれた剣聖の孫だったんです」


焚き火の脇に横倒しの丸太、そこから足を投げ出し、抱えるでもなく腕を被せる


どこか遠くを見るような、それでいて諦めかけているような。そんな表情。


トゥルーテは自嘲的に話し始めた。


最後に、おかしいでしょ?と聞いてくるような、そんな話ぶりで。


「そのお爺ちゃんは母方のほうで、パパは厳しいお爺ちゃんから逃げてしまって

生活費を稼ぐためにママはよく私をお爺ちゃんに預けて働きに出ていて、毎日爺ちゃんに剣の指南を受けていたんです

剣を振っては叩きのめされて、鍛えては叩きのめされて、走り込んでは叩きのめされて

よくわからない集中して座るってのをやってベチベチ叩かれて」


人に話して冷静に振り返ってみると一抹の疑問をいだく。


「あ、あれ?叩きのめされてしかいないんじゃ?

あれ、私、いじめられてたんじゃ?」


「いや、しらんよ、それで?」


トゥルーテは気を取り直して話し始める。

「えと、それで、毎日言われていたんです」


それはそれは大切な思い出なのだろう、言葉の温かみが違う。


「お前は天才だ、わしなんてすぐ越えてしまう、毎日鍛えていればなって

その言葉通りだったのか、お爺ちゃんが衰えたのか

いつしか私はお爺ちゃんと対等の稽古をするようになって、私が勝って終わることが多くなって

それでお爺ちゃんの推薦で王国騎士団に入団したんです

そこの教官にしごかれてしごかれてしごかれてしごかれて

しごかれてしごかれて」


今度は煮え湯を飲まされたような顔をするトゥルーテ。

あの時だけには戻りたくない、そんな表情をしている。


「」

バルは、なんだかデジャヴを見ているような気分になる。


うわぁ、と口をついてでそうになったほどだ。

表情にはでている。

しかし、話の腰を折るので特別何をか言うことはしない。


「と、とにかく、その騎士団の教官とか、腕前一番と言われていた騎士団長よりも強くなってしまったりして、王の護衛も任されちゃったりしたんですけど」


彼女は少しだけ言いよどむ。


「なんか違うなって、私がなろうとしてるのはもっとこう……

そう、強くて優しくて、皆を守って、悪を倒す、伝説の勇者、みたいな

そんな理想と現実とで落差を感じてしまって、それで都を離れて冒険者になろうと決めたんです」


ほんの少し出た希望のような表情も少しずつ沈む。


「そこからが大変でした

冒険者の洗礼っていうのか、誰もパーティーを組んでくれなくて

もう死に物狂いですよ、回復もなく、盾役もなく、明日死ぬんじゃないかなとか思いながら

それでも剣一本でなんとかやって来て、やっと生活が安定しそうっていうとき……

剣が折れてしまって」


それが、分岐点。

いや、剣はいずれ折れただろう。

それでも彼女はそれさえなければと思わずにはいられない。


「お爺ちゃんにもらったすごいいい剣らしかったので、修理にと思って預けたんですが

相手が悪かったのか、高い修理費と剣を持ってそのまま消えてしまって

見かねたいまのパーティーの方が拾ってくれたのですが」


それまでが思い出話であれば、今度は地獄のどん底のような顔をする。


「新しく買った剣がね、すぐ折れてしまうんです。何度買っても」

彼女は自分の手を見ながら握ったり、開いたりする。


今となっては自分の道程の証にも思える剣タコが薄まっていることに、嫌な焦燥感を感じる。


「最初は笑ってくれたパーティーの方も、だんだん、気まずくなっちゃって」

彼女の声が震える


「槍も、ハンマーも、全然使えなくて、壊してしまう」

更には手が震え始める。


「だって、剣だけしか使ってこなくて、剣しかしらないんです」


バルは足を失った冒険者を見ているような気分になった。

何も口をはさむ気になれない。


「棒状のものも剣ほど細くしたら直ぐに折れてしまう

手加減とかすればいいんでしょうね、してるつもりなんですよ、練習とかでふわっと

でもちょっと意識しないだけで元に、もはや癖です

それに頑張ってちょっと長く使えてるときが1番苦しい

空虚・・なんですよ

虚しい、渇く、振りたい

思い切り振りたい

頭のなか、そればっかりになっちゃって

あああああああああってなって、何度無為に剣を折ったことか

はは、わかりませんよね」


声色からわかる、これ以上剣が振るえなかったら彼女はおかしくなってしまう。


「だから、結局私は大盾をもつことにしたんです

足腰は強かったんで

それに強くふらなければ壊れないかなって

けど、この大盾もいつまでもつか……」




それを聞いたバルケインは、うんうんと、何やら考えごとをした。


しばらくして、某かがまとまったのか、言葉を紡ぎ始める。


「他の武器使って向き不向きを感じるのは当たり前だ。それは事実としてあるしな」


にしても、剣だけと言うのは道が狭いと思わなくないが、口にはしない。


「剣が直ぐ折れるってのは使い方が悪いことも要因としてもちろん考えられるが」


バターナイフを一旦置く。

バルはトゥルーテの手をとり、少し薄れた剣タコの付き方を見る。


某かに納得して頷く。


「剣聖にしごかれたやつの太刀筋が悪いとはとても思えねぇ、であれば」


と、それまで研いでいたバターナイフをまた手に取り、研ぎの最終確認をする。


刃面を嘗めるように見て、淀みなく、それでいて均一なのを確認し、満足いく頷きをする。


バルはこれをそのままトゥルーテに差し出す。


「こいつを持ってみちゃあくれねぇか」


トゥルーテはすこし抜けた疑問面で聞き返す。

「このバターナイフをですか?」


目の前のそれはそのまま食卓にのって違和感を覚えないほど()()()、あのバターナイフ。

柄からぐねりと二度曲がり、その刃の部分でまたまっすぐになっているあの。


それでも彼は自信満々。


「世界最強のバターナイフだと言うと、信じないやつもいるが、矜持を持って確信するが事実だ」


彼は不敵に似た()()と言う笑みで、自信の度合いを表してみせた。

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