やっぱりそういう枠
そこはまさに神聖な場と言うべき空間だった。
小さな村程度ならすっぽり沈んでしまうような大きな湖、中心の小島の大半を埋め尽くす巨大な木の幹。
その遥か上の枝葉は湖の外周を容易く覆い、神の光とも形容すべき木漏れ日が光線のようにまだらに降り注ぐ。
湖面は息を飲むほどに凪ぎ、しんと冷たく湿度を帯びた空気が漂っている。
「なんか、来ちゃったって感じですね」
トゥルーテはゴワゴワの金髪を気にしながら、自分があまりにも場違いな感じがして、かなり気が引けた様子で周りを見渡した。
「こっちこっち」
しかし、弓を携えたエルフのモーラは全く気にした様子もなく、湖の岸にある小舟に案内する。
それは小舟と表すのが1番しっくりくる、帆もない手漕ぎ船だった。
但しオールらしいものすらないので、どうしたものかと言ったところ。
「あ、分かったこのツタでしょ」
文字通りの意味で紅一点のサンドラは水に沈みながらも真っ直ぐに小島に伸びるツタを指さす。
これを引いていけば真っ直ぐ迎えるに違いない。
「うんうん、サンドラちゃんは正直だねぇ、でもここの樹皮は漆の仲間でちょっとえげつないの使ってるから、水の真ん中で全身麻痺になっちゃうからダメだよー」
うげっと固まるサンドラ
トゥルーテは乾いた笑いを見せる。
「も、もうちょっと、手心をというかですね」
モーラは満面の笑みを返すばかり。
(なんか言ってくださいよ)
筋肉質な鍛冶師バルケイン、それからびらびら髪の女神官兼武道家のエイダ
船に皆が乗ったのを確認すると、モーラはパンパンと2回手を叩く。
すると船はひとりでに動き出した。
しかしなんのことはない、ただ水精霊が押しているだけだった。
「これぞ自然に愛されていなければたどり着けないってね」
「もう、何を見ても驚くまい」
バルは呆れため息をついた。
程なくして、舟は小島に到着した。
待ち構えるは月桂樹の冠を被った美しき麗人。
肌は白く、更に白い衣を纏った姿、作り込まれた端正な顔立ち。
長い髪のような蔓は地面に繋がり、植物全ての声を聴くという。
木の精霊の長にして森と湖の守り神として畏れられる。
ドライアドとは彼女の事だった。
「モーラさん、そちらが?」
彼女はゆったりとした声で挨拶をする。
「ええ」
「あんたがドライアドでいいのか?で、剣は?」
そこへ無遠慮極まりない単刀直入な質問をぶち込むバル
しかし、彼女はまだ笑みを崩さない。
「ようこそ、私はドライアドのノイン
第九という意味があります、散らばった世界樹の」
「あぁ、わかった、よろしく、で、剣は?」
バルは話をきいていなかった。
雑な挨拶と握手を交わし、周りを見渡し始める。
ノインが笑顔保ちつ、目をヒクヒクと動かすのを見て、呆れて深い息を吐くモーラ。
「ごめんね、ノインちゃん」
「い、いいのよ別に、おほ、おほほほ」
ひきつりを抑えきれない笑いが痛々しい。
「こいついつもこんな感じなので、いったん遊ばせて、話はそれからにしませんか?」
エイダはバルの後ろを心無しついて行こうとするトゥルーテの首根っこを捕まえて言う。
「……その方が良さそうね」
ノインは諦めた。
そそくさと歩いて、島の中心、巨大な木の幹の根元付近まで案内する。
そこには古びた蔓に囲まれ、木の根に刺さる剣がただ1本、静かに眠りについていた。
持ち手と刀身の間には宝石があしらわれ、金と思しき飾りが見られる。なにがしか、元は白かったらしいグリップのようなものが巻いてある柄は黒く変色している。
しかし、その先の刀身に淀みや汚れは一切見当たらず、未だ力強く、鈍い刃物の光を宿していた。
「ほう、見事なもんだ」
ナイフで周りの蔓を瞬時に刻んだバルは感嘆の息を漏らした。
「見ろ、何のストレスもなく真っ直ぐな刀身、複雑な宝石のあしらいからの自然な流れ、光を見ればわかる、こいつぁ大した仕事だ」
ルーペをあてて、頷くバルと、その周りから興味津々で覗くトゥルーテ。
「なんか分からないですけど凄いですね」
「そうだろう」
「ちょっとした発作みたいなものだから、もう暫く待ってね」
モーラは指で髪を巻きながらノインに待つように言う。
ノインは少し呆れて、軽く息を吐く。
「そうね、こんなに子供みたいに喜んでいるの、なんだか懐かしいかも
人の子の中でも無邪気な方ね」
そう言って彼女はゆっくりと歩み寄る。
「ご満足頂けまして?」
「あぁ、これだけで来たかいがあるってもんだ、もうちょっと色々調べてみてぇところだが、ちょっと傷付けたりしても構わねぇか?」
それを聞いたノインは呆気にとられるが、直ぐ様に自信満々に、ある種高圧的に微笑む。
「あらあら、人の子が大きく出たわね、出来るものならどうぞ?」
「なんかキャラ変わったか?まぁいい、そう言うなら、ちょっと頑張ってみるか」
バルは自慢のバターナイフで切ろうと試みる。
刃と刃が合わさり、キリキリと言うが、驚くことに切れない。
「む、やはり多重次元構造か、多数の次元に剣の存在がくい込んでやがる」
「むしろ逆に切られないのが凄いわね、あなたが造ったの?」
「あぁ、そうだ」
と上の空に答えるが、バルは顎に手を当てて次のことを考えている。
「あいつの体と違って、柔軟性が少ない硬質な材質だから、刃が滑り込む余地がなくて止まるって事か
多分もっと力を込めればどちらかが負けるってとこだろう」
「じゃぁ私が」
トゥルーテは勇んで、名乗り出る。
「そうしよう、にしても、魔力を込めるまでもなくそうなのはすげぇな、とても真似出来ん」
バルは剣を寝かせて振り下ろしてもらおうと考え、おもむろに引き抜こうとするが、伝説よろしく全く抜けない。
「なるほど、こいつを抜こうとするには絡まった次元ごと全部動かさにゃぁなんねぇ、金属製のアリの巣引き抜くみてぇなもんだ」
「例え最悪ですね」
トゥルーテはイメージだけで辟易する。
バルは一瞬考えてトゥルーテに抜かせようという結論に落ち着く。
「え?」
「なんだ、嫌なのか?」
「嫌って言うか、これ抜けちゃったら勇者とか言われません?」
「大躍進じゃねぇか」
「いや、なんというか、あの人も神に祝福されてあんなに強くなったのかなって思うんですけど、そしたら私のこれまでの努力ってなりません?」
「それなら大丈夫です、普通は神に祝福されてから抜きに来ますから、抜けたら勇者じゃなくて、勇者が抜きに来るんです」
ノインは何を要らぬ心配をと言うように、説明する。
「勇者なら抜けるっていうのは方便です、盗みに来る輩への
そうとでも吹聴しておかないと10倍は来るでしょうからね、まぁ実際、おおよそ人類には抜けないでしょうけど」
もう少しでくすりと笑いそうな顔で付け加えるノインに、トゥルーテのイラゲージが少し溜まる。
「なるほど、つまりは勇者云々じゃなく、普通に力で抜けねぇんだな」
バルは腕を組んで納得する。
「ええ、それに、剣の跨る次元全てを魔力でまとめあげなければならないので、大魔道士と呼ばれるくらいの魔力も必要
膂力と魔力、片方でも持っていれば英雄と呼ばれる程なのに、その両方なんて、神に祝福でもされない限りありえません」
ズボッ
「あ」
「ん?」
「え?」
2人が振り返ると、ヤバっと言う顔をして硬直したトゥルーテが剣を抜いていた。




