焼き付いて地固まる
最初は、この人苦手だ、で済んでいた。
彼女にはご飯を食べる時もやたらと睨まれるし、突然額を焼かれるし。
とにかく敵意という敵意を向けられ続けた。
呼び方も、おいかゲルトルートで、とにかく固い。
こちらが呼んだら気安く呼ぶな。
エイダさんには心を開いているのに。
彼に言ってもくだらん事を気にするなと言われてしまうし。
新しい素材の感触を確かめたいとかでとにかく剣を作り続けている彼はそれ以外に無頓着すぎる。
こちらが言わなければ延々働かされ続けてしまう。
あと、あの子に対して「スマンがよろしく頼む」なのに私には作業名と「やっといてくれ」なのがなんか嫌だ。
何だか最近、嫌にもやっとする。
だから今日みたいな日が来るのは遅かれ早かれだったのだと思う。
トゥルーテはパール色の塊を臼で挽きながら窯の方に目をやる。
目、髪、肌と三拍子揃った赤い女、サンドラと名乗った女はのんびりと手と顔を出して窯に寝そべり、肩から下だけで窯を熱し続けていたが、ふと、トゥルーテの視線に気付くと、直ぐに睨み返して来る。
(別にこちらからは睨んでないんだけどな)
とトゥルーテは心なしか臼の持ち手に力を入れながら作業を続けていた。
またふと向こうに目をやると、サンドラはバルに頭をポンポンされていた。
「いい具合になってきたじゃねぇか、上出来だ」
「うっせ、褒めても何も出ねぇっつうの」
なんて言われながら、満更でもない顔をしているサンドラを見て、もやっと感が増す。
それに気がついたサンドラは、彼に気づかれないように勝ち誇った顔をトゥルーテに向ける。
頭の中で何かが変わったトゥルーテ。
カチンとか、ブチとか、そんな音は聞こえないが、それでも何かが変わったのが自分でも分かった。
試作の剣を手に取り、まだ半分ほど残っているパール色のゴーレムの残骸に刃を向ける。
上段の構えに移行し、精神集中の呼吸をする。
目を閉じ、呼吸を止め、瞬間的に完全なる瞑想に浸る。
次に目をカッと見開き、剣を振り下ろす。
とめどなきこと滝の如し、ウォーターフォール
角度を変え、位置を変え、更に振り上げ、振り下ろすを繰り返す。
その連撃速度たるや、王都で普及し始めた最新の縫製器のよう。
叩く音は小さく、刃が入る瞬間のカカカカカッという音が無限にも繰り返され、屋根に雹でも落ちて来たのかと連想させる。
この技は、不定形の手合のため編み出された技。
半液状のスライムや切った傍から2つの生物として襲いかかるワームなど、それらが完全に沈黙するまで刻む。
連撃数に上限は無く、続けられる秒数と連撃速度で修得が決まる。
およそ3分。
音に気づいて振り返り、唖然と見守るバルとサンドラを置き去りにして剣を振り続けたトゥルーテははたと手を止める。
剣先の床にのこされているのはパール色の砂利としか言い表せない細かくなったゴーレムの破片。
「終わりましたよ」
と、なんのことも無いように告げるトゥルーテ。
何かの圧を感じたバルは人差し指でこめかみをかく。
「す、すげぇ、な!いや、誰にも真似できる事じゃねぇ、数日かかると思ってたからな」
と、ぎこちないヨイショ。
そしてサンドラに勝ち誇った笑みを浮かべる。
サンドラもここに来てカッチーンという表情が隠せない。
爆発でもする勢いで、窯と周辺が熱に包まれる。
「じゃぁ、一気に溶かしちゃおっか」
バルがちょっとまてとか、だがなぁと言おうとする度に、「やろっか」としか答えず、ゴリ押しで敢行する。
バルは延々とアダマンタイトを精錬し、玉鋼とする作業を繰り返す羽目になった。
バル曰く
窯を溶かす気かと言う程の圧があった。
その後にも、ご飯を食べる量だの速さだの、魔力燃料の裁断とか、剣の鍛錬とか、とにかく張り合うようになる2人。
作業が効率化されてるっちゃされてるが、と肩をすくめるバルを他所にその張合いは1週間近く続いた。
その日2人は呼び出され、バルの前に座る。
食事する時の丸椅子を並べ、ディスカッションでも始めるように間には何も無い
2人はなにかまずい事でもしたかと緊張するが、そんなことは無かったようだと雰囲気で理解した。
「まずサンドラ、お前にこれをやる」
と言って寄越したのは黒光りする剣、アダマンタイトのサビのついた艶のない黒でなく、光沢のあるクロガネとも言うべき黒。
その刃先だけが更なる光沢をたたえ、銀色に光る。
「溶断剣と名付けた
気を付けたのは熱を逃がす機構と、高温でも硬度を落とさないようにする事」
それを手にしてポカンとするサンドラ
「報酬とは別だ、アイデアを試したかったってのもある
まぁ、ここ最近の働きぶりの労いってやつだ、遠慮せずに受け取れ
なんでも溶けちまうからまともな武器なんざ握ったことも無いだろうが、これを機にやってみてもいいかもしれんな」
サンドラが持ち手を握って数秒、刃の線が赤熱し始める。
なるほど、そういう剣かと彼女は瞬時に理解した。
「ありがと」
照れ隠しにそう言って真っ赤な髪を指で巻いている最中も剣はどんどん光を増していった。
「さて、トゥルーテにはこいつ、なんだが、こいつは貸し与える、そういう事にしておいてくれ」
トゥルーテは疑問を浮かべると共に何か自分が悪いことをしたかと思案するような、残念なような顔をする。
同時にサンドラは勝ったというような顔を出すまいとふんと鼻息を少し強めるが、それで話は終わりでないらしい。
「こいつは、現段階の持てる技術を全て使った代物だが、これじゃ駄目だとも同時に思うわけだ
つまりは、今あるものをただ注ぎ込んだだけ、奥の手とか、とっておきってものじゃねぇ
お前には、本当の意味でとっておきをくれてやりてぇ、限界の更に上をいく、な」
だから、すこし待っちゃくれねぇかとバルに言われるトゥルーテは呆気にとられる。
まだ上を目指すのか、と。
ゆっくりと、ゆっくり、表情が柔らかくなる。
困ったような顔。この人は仕方ない、そう優しく呆れ諦めるそれになる
「仕方ない人ですね。」
それを見て、サンドラは心底恥ずかしくなった。
火をふくような、そんな恥ずかしさじゃない。
自分を恥じて殴りたくなる、そんな恥ずかしさだ。悔しい、に近いかもしれない。
罪悪感に似た、毒の様なものに苛まれる。
それがチラと目に映るバル。
「おら、こいつに剣教えてやれ、剣聖の孫なんだろ?」
忘れてた、と言うようにバツの悪い顔で横を覗くトゥルーテ。
そこには気恥しそうに、考える振りで顔を反らすサンドラがいた。
「あ、あんたがやりたいって言うんだったら、別に習ってやっても、構わなくもない、くもない、」
しりすぼみにそういう。
心底驚くトゥルーテ、どんな魔法を使ったのかと、バルと彼女を交互に見る。彼も、その心境の変化の過程など分からんと肩をすくめるしかない。
「いいよな?トゥ、トゥルーテ、しししょう」
トゥルーテは、バルがこの子のことを自分に似ていると言っていたのが少しだけわかる気がした。
この子もまた、しょうがない、そんな手合なのだと。
「トゥルーテでいいです」
またひとつ、呆れため息をつき、握手を求める。
かわいいもんだ、そう思った。
そう思うと、それまでの行動が全て可愛いものだったような気さえしてくる。
実際、そうだったのかもしれない。
サンドラは本日何度目かわからない驚きの表情を見せるが、次第に悪戯に笑い、握手に応じる。
柔く、直ぐに手放せるように。
チッ
トゥルーテは跳ね上がるように立ち上がる。
引っかかった、引っかかった、でも自分からだぞ、と笑い転げるサンドラ。
呆れて笑うしかないバル。
一旦はひどいと怒ってバルに同意を求める彼女も、最後には笑い始める始末。
サンドラは、こいつらならばもしかして他の魔族とだって仲良く出来るかもしれない。
そんな、自分でも呆れてしまうような期待を持ち始めたのはこの辺りからだったと、後に振り返る。
と言うか、やっぱりあの伝説の女騎士だったのかよ、とサンドラは声を出してつっこんでしまった。




