盾持ち少女は見た
町の防壁から出てすこし、街道の舗装がまだ見映えの良い頃合い。
一歩間違えば物見台から見咎められるような距離であっても魔物や野盗は現れる。
そのような事を気にする能力が欠如してるのか、仲間を呼ばれない根拠が彼らにはあるのか。
いずれにせよ、冒険者と遭遇するのを見たとして
いくらなんでも、という凄惨ななぶられ方でもされない限り、兵などは寄越してくれない。
何せ防壁とはあくまで魔物が侵入するのを防ぐためにあり、野盗狩りも魔物狩りも冒険者の仕事なのだ。
言ってしまえば、そんな事にいちいち悪態を吐くのはいかにも駆け出しのすること。
そんなことにも飽きた辺りが、冒険者として中堅程度といったところなのだ。
そういった意味で自分達は後者といえる。
草むらから飛び出し、今まさに襲いかかろうと現れたのは狼に股がった小鬼。
ゴブリンライダーが5騎。
彼らは一種の偵察に属する。
しかし例えば女性比率が一定以上とか、小柄が多いとか。
そんな簡単な理由で相手が弱そうと判断して襲いかかってくる。
自分の役割を放棄して。
要はその程度の統率、その程度の知性なのだ。
馬車にも乗らず、大人数でもないこちら側をみてもう勝った気になり、下卑た笑いを抑えられずにいる。
実際には町周辺の討伐依頼の対象であるが、出会って襲ってくるのだから応戦するしかない。
とはいっても、自分達の受けた依頼は活発化したオークの巣を潰すこと。
またギルドまで戻って新しく手続をというのも面倒なので、実質タダ働きなんだろうと予想はつく。
あまり気乗りしないというのが正直なところだ。
慣れているとは言え
何度となく倒してはいても、だ。
武器を持ち、明確に殺そうとしてくる相手。
油断など出来ようはずもない。
パーティ一行は遭遇戦で予め決められた配列に素早く転換した。
ところが、そんなフォーメーションなど知らないし意にも介さない護衛の上位冒険者があぶれる形になってしまった。
結果、彼は攻めやすいところから攻めるという知恵、それぐらいは持ち合わせるゴブリンら3騎にたかられることとなったのである。
「大丈夫なんだろうな」
思わず口にしたリーダーである戦士の心配はごもっともではある。
そもそもが女にいいように使われているという時点で、本当に信用出来るのか疑わしかった。
いや、あれはあの女が恐ろしいだけかもしれないが。
当の彼は緊張感というものが全く感じられず、あくびをしている。
油断か余裕か、判断し兼ねると言ったところだ。
「死にゃしねぇだろ、なにせ上級冒険者様だしよ」
槍持ちの優男の適当な返事に神官の女も頷く。
盾持ちの女であるゲルトルートもまた思うところはある。
自分の盾の後ろに来てくれないことに、少しもやっとした気持ちになったが、口を挟むことはしない。
しかし心配はしてしまう。
集中を掻くと知りながら脇を確認してしまう。
その心配は一分もたたずして何処かへいってしまったわけだが。
綺麗なフットワークだ。
彼女は脇で見ていて思った。
多数を相手に挟まれず、かつ多くの敵を視界に置きつつ距離を一定に保っている。
間合いが物理的に遮られているようにゴブリン達が踏み込んでも退いても距離感が変わらない。
結果として攻撃を防ぐということを一度もせずに無傷を保つ、その立ち回りに彼女は感動さえ覚えた。
むしろ心配するのはこちらのメンバーとでも言いたげだ。
彼は明確に、敵を仕留めやすいこちらが数を減らすのを待っていた。
そうしてこちらが2騎を仕留めた瞬間、盾で防ぎやすい角度からゴブリンが送り込まれてくる。
相手が飛び込んでくる角度を調整して、紙一重でかわして狼の尻を蹴押したのだ。
来た瞬間に、殺せると不思議な確信すら覚える送り込み方だった。
事実、盾への衝突に対する相手の怯みには、後ろに構えた仲間が一撃を叩き込むのに十分過ぎる時間があった。
仲間たちはこの冒険者の実力を認め頷きあった。
次にゲルトルートは残り2騎になった魔物の処理に進もうとするが
「加勢します」
「いらん」
二つ返事で断られてしまう。
次の瞬間魔物たちは目の前のバルケインを順にすり抜けてこちらに飛び込んできた。
いらんとか言っておいて抜かれんのかよ、と武器を構えようとする槍持ち。
だが、彼の動きはそこで止まる。
2騎は着地すると同時に崩れ落ちたのである。
くしゃりという音を立て、そこからはビクビクと痙攣するばかりで立ち上がる気配がない。
ある種締まらないと言えなくもない、それが今回の初戦闘だった。
その日の夕げ時、雑談がてらのふりかえり。
最後のあれは本当に大した魔法だったと、皆が口々に称賛した。
一体どうやったんだ、何系だ、呪文も口にしていなかったと、まるで手品でも見せられたような反応。
彼は話に入らず、質問にも終ぞ答えてくれなかったが、それでも勝手な想像や推理紛いな会話は続いた。
しかし、ゲルトルートは確信を持って言えた。
あれは体術、それも極めて速い居合いに近い剣術であったと。
突き詰めれば、彼は相手が横を抜けるそのすれ違い様に致命傷を与えていただけに過ぎない。
ゲルトルートは得物さえみえなかったその太刀筋、その剣術にある種の興奮を覚えた。
彼女はその事について幾度も話題にあげようとした。
しかしてそれには仲間の面目を潰す発言からせねばならず、勇気が出ないまま時間だけが過ぎてしまった。