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バルケインはただ幸せに鋼を叩きたい  作者: ロヂャーさん
いざ、ダンジョンへ
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勝敗

剣を交え、剣を打ち込まず、数十分は経過したか、一進一退、そう言えるせめぎあいが永遠と思えるほど続いていた。


目の前の人間の鋭い眼光、攻めの鋭さに脅威し、守りの堅牢さに攻めあぐねていた。

恐らく、相手も同様だろう。


(この人間、強い)


構えに隙が全くと言っていいほど生まれない。

三百六十と四年、剣の腕を磨き続け、剣帝と呼ばれた自分とここまで渡り合う。


これぐらいの外見、人間だから20前後と言ったところか。

赤子同然にここまで詰め寄られるとは。


驚嘆に値する。


(だが、勝たせてもらう)


より完全な歩方、より多い動作を匂わせ、相手の動きを封じる。

相手のどのような悪手も咎める眼。


人間より鋭敏な目、耳、そして何より、人間はその寿命故に、集中力の限界が早い。


一歩、また一歩と彼女は退く。額には汗を、眼が僅かに揺らぐ。


彼女はそれでも尚鋭い眼光で、数多の手を匂わせ、気迫で幾度も押し返してくる。


しかし、そこには明確に疲弊の色が覗きはじめていた。


(すまない。これは剣の戦いなどではなかった)


これは種族。生きる時間が違うが故の勝利だ。決して私は誇れないし、彼女が悔いるべきところなど何もない。


彼女は息をゆっくりと吸い、目を瞑った。


(敗北を認めたか……)


否。


手が出せない。

目を瞑っているにも関わらず隙が何処にもない。


攻めあぐねる。


そのまま彼女はゆっくりと前進して、上段へ。

滑るように滑らか、まるで疲労を感じさせない。


これは悪手、ロングソードはレイピアよりも重い。

それを振り下ろす前に、最高速に達する前の腱を斬ることが出来るし、喉元を突ける。


だが、それを咎めることはしなかった。


いや、出来なかった。


圧力、プレッシャー、物理的に限りなく近い、大きな力がそうさせなかった。

それどころか、何をすることも許されない、動き全てを否定する力、力に圧殺される。


そう感じさせる何か。


死、そう、死が迫っている。


認めたくない。だが、確かに自分は恐れていた。


死が半歩前進すれば、自分も半歩後退する。

ただそれを繰り返す。


そうして、あれほどじっとりと攻めた距離は数秒のうちに詰めもどされてしまう。


(なんだ、なんなんだ!?)


化け物、そう言った言葉も生ぬるい。


だが、負けたくなかった。


いや、小娘だからとか人間だからじゃない。

恐怖に負けそうになる自分を認めたくなかった。


無謀と言う言葉が浮かぶ。

自分が死ぬと判りきりながらも。立ち向かうことを止められない。


効くはずがないと確信してしまった奥義の構え。

その恐怖を断ち切る絶叫に近い雄叫びとともに、死の前進をしようとする。


その絶叫が喉をついて出そうになる刹那


「そこまで!」

バルケインの静止の声がかかった。


助かった。素直にそう思った。




一瞬の間を置いて、二人は滝のように汗をかきながら崩れ落ちる。


緊張の糸がほどけるとはよく言ったもので、しばらく何も出来そうもない。


トゥルーテは頭を深々と下げた。

「ありがとうございました」


エルフは潔く負けを認めた。

「わたしの負けです。」


トゥルーテはあまり勝ち誇った顔をしない。

「対人練習では禁じられた技です

ちょっとしたずる。それがなければ負けていました」


しかし

そのような言葉に納得するエルフではない。

人より長くいき、その矜持を持ったプライドが許さない。


「わたしをあまり惨めにさせないでください

勝ちは勝ち、いいですね?もちろん、あなたの」


彼は清々しい顔で握手を求める。


「わかりました」

彼女も快く応じた。


「ジルベール、ジルと呼んでください」


「ゲルトルートです、トゥルーテとみんなは呼びます」


エルフの整った顔で、にこやかな笑顔を見せてくれる。


「さぁ、少し移動して夜営としましょう」


「はい」


馬車に先んじて乗り込む彼女の目に、熱い滴がこぼれそうになるのを、バルは見逃さなかった。




そういうきらいがあるのはわかっていた。

当たり前だが、彼女は負けず嫌いだった。


馬車がゆっくりと走りすすめる音すら途絶えそうな沈黙が流れていた。

その中、ぽつり、ぽつりとトゥルーテは話し始めた。


「洗礼されきった動きでした

わたしも死ぬほど練習したんですが」


「……」


彼女はゆっくり、重々しく口にする。

「絶対に殺す時だけ使う技でした

あのままだったら、自分で自分を止められなかった」


バルは何も言わない。


言えるわけがなかった。

未遂とは言え身内が手にかけられるというのが、仕方なかったなんて。


焚き付けたのはバル。

それは確かだったが、それで納得する彼女ではない。


「自分を御せなかったんです

あの技に、頼らざるを得なかった」

穴があったら入りたいと言う言葉がある。

彼女は今、壁があったら殴りたい衝動に駈られている。


特に、自分によく似た壁があるならば。


「悔しいな」

それだけ言って、彼女は静かに泣いていた。




数分後、夜営の支度をする時間に彼女は降りてこなかった。


ジルはエルフ、耳長だ。

その理由をあえて言葉で聞く程野暮ではない。


バルもそれはわかっている。

「すまねぇな」


そのしばらく後の食事時。

目を腫らしてやってきたトゥルーテに二人は何も言わなかった。


慰めるでもなく、咎めることもない。

だが、そこには驚くほど和やかな空気があったことに、トゥルーテは深く深く感謝した。

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