馬車の旅路
四頭立ての高級馬車が迎えにやって来た時、トゥルーテはかなり驚いた。
しかし出て来たエルフ執事に対して何の臆面もなくご苦労さんと肩を叩いて馬車に入っていくバルを見たときは更に驚いた。
恭しく、お入りくださいと言われても反応出来ず、中からとっとと入って来いと言われるまで唖然としてしまった。
バルは執事が運転席に入り、動かし始めるまでむすっとして口を開かなかったが、ここにきてやっとため息をついた。
居心地が悪そうに足を組んで壁に肘を付けて枕にする。
トゥルーテは始め緊張した面持ちでぴっちりと座っていた。
しかし、誰が見ている訳でもなく、数日は続く旅路であると分かると、椅子に手をつき、楽な姿勢に落ち着いた。
スプリングの効いた馬車は揺れが少なく、本当に走り出したのか疑問に思う程。
車輪音も少なく、会話をするのに差し障りをまったく感じない。
「つまりは成金だ」
と、バルは雑な説明を始める。
トゥルーテの想像したような名家でも貴族でもなく、一代の冒険者が冒険で稼いだ金で上り詰めたのだと。
「今は隠居して商会の幹部だ。地方の総括とかその辺の」
トゥルーテは更なる驚きを禁じ得ない。
家政婦が事件を目の当たりにしたような白目顔で口元に手をやる。
「雲の上の人じゃないですか」
なんとも言えない表情で溜息のようなものを漏らすバル。
「まぁ、そんなすごいもんでもねぇ、その辺の成金よろしく、とにかく金遣いが荒い、無駄な所にばかり使う」
「でも、迎えを寄越してくれるなんて、いいお父さんですね」
「そうでもねぇ、俺を逃がさない為の移動式の檻みてぇなもんだ」
今度はトゥルーテの方がなんとも言えない表情になると、バルはすこし含み笑いをする。
「もっとも、今回ばかりは逃げる気なんざさらさらないんだがな」
と、言葉を続ける。
破り開いた封筒を掴んだままの手で手紙をぶら下げて読み、ニヤリとする。
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前略、バルケインへ
職人業に勤しんでいるところ悪いのだが、お前の力が必要になった。
具体的に言うと
王都近くに、王国主導で探索中のダンジョンがあるのは知っているな?
恐らく古代の魔導師の研究施設だったと推定されるが、それ以上詳しいことは解っていない。
つい数日前、最深部を探索中のチームが新しい地下階段を発見した。
その階段の先は大広間となっていて、扉が1つだけ。
ただ、問題なのは希少金属を素材としているとおぼしきゴーレムがゲートキーパーをしているところだ。
上級冒険者ばかりでバランスもいいチームだったが傷ひとつつけられなかったらしい。
そこで、お前にこのゴーレムの無力化を依頼したい。
とにかく固いとの報告ではあるが、俺はお前の武器の切れ味はよく知っている。
金に関してだが、すまない。
そっちの町の支店に押さえられてしまってな。
お前の借金の返済に当てられてしまって、あまり払うことが出来ない。
その代わりと言ってはなんだが、このゴーレムを倒した後の残骸は自由に持ち帰って構わない。
金属の特定には至っていないが、聞く限り、まるっきり使えないと言うことはないはずだ。
いい返事を期待している。
追伸、最上位冒険者になったときの約束はしっかり守るつもりだ。
冒険者はいいぞ、冒険者。早く冒険者を本職に戻せ。
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「親父のやろう、やっと俺の使い方ってやつを覚えて来やがって」
「そんなにすごいんですか?希少金属ゴーレムって」
「まぁ、他のやつらの印象はこうだろうよ
固くて強い、魔法も効かない、生き物でもないから窒息も毒も効かない、無論話も通じない
強敵だってな」
だが、と言いながらバルは悪い笑みを浮かべる。
トゥルーテはそれに対し、若干嫌な予感がし始める。
「俺にとっては素材が歩いてくるのと同義だ
こいつには、俺が貰っていいと明確にかいてあるぜ」
パンパンと手紙を指で弾く。
そう、この男は如何なる固い物体だろうと、それこそバターのように切り刻む武器があるのだ。
そしてトゥルーテは予感した。
倒したあと、その素材を誰が運び出すのかを。
矢印を内側に向けた顔をしながら働かされる自分の姿がありありと浮かんだ。
顔が硬直し、笑顔に近い変な表情のまま背中には汗をじっとりとかいている。
(あぁ、嫌だ、考えたくない)
トゥルーテはとりあえず、話題をそらすことにした。
それでなにが変わるわけでもないことは百も承知だが。
「そ、そう言えば、約束ってどんな約束しているんですか?」
このとき、彼女は割と後悔した、バルが露骨に不機嫌な顔になったのだ。
これは地雷を踏んだ、と言うのが明確にわかった。
約束そのものより、その背景を説明するのが面倒なようだ。
沈黙。先程とはまるで別の意味での汗をかく。
このいたたまれない空気感がトゥルーテはかなり苦手であった。
バルは少しの沈黙の後、諦めと呆れとが混じったため息をして、切り出してくれる。
「なに、お前と大差ない、毎日バカ見てぇに鍛えさせられてな」
トゥルーテは興味津々で話に耳を傾ける。
「俺を越える大冒険者になるのだ、とか言われてな
ぶんぶん剣振らされて、冒険には何が必要かとか講釈垂れられてな
お袋もノリノリで俺に魔法を叩き込んでいきやがるもんだからいよいよ面倒くさかった」
バルは面倒くさそうな話を切り上げ、ここからは喜色の笑みを浮かべながら話を進める。
「ある日だ、剣の実力が一定に達したとかで、親父が剣をやると言ってきた
最高の剣技を身につけるなら、最高の剣を使えとかいってな
そんときやって来たのが、ドワーフのじじいの工房でな」
今思い返しても、と言う表情でバルは懐かしむ。
「魅せられたよ
一心不乱に鋼に向かい合う様
その気迫、その音、迫力
技術と知識に裏打ちされた寸分違わぬ精度の仕事
頭をぶん殴られたような衝撃を受けた」
それがバルの職人としての始まりだった。
「その日のうちに弟子入りを申し出てな、家を抜け出しては技術を盗みに行っていた
無論、親父は大反対だった
どうしても冒険者にさせたかったんだろうな
冒険者になれる最低の年齢だから15の時だったか
親父は俺に条件を出しやがった」
指折り数えて、うんちくもとい説明モードが少し入り始める。
「下級5つ、中級4つ上級3つの冒険者ランク
上の一、金の冒険者証、世界の命運を握らせられる筋金入りの英雄共
上の二、銀の冒険者証、国の重要案件だの、貴族の使いっ走りをやらされる実務多めの実力派とでも言うのか、俺がここら辺
上の三、銅の冒険者証、大商会やらがちょっと箔が付いたのってのを呼ぶ時のボーダー、ここら辺が一番働かされたな」
そこまで話して、またトゥルーテの集中力が落ちていることを察したバルが、声をかける。
「退屈か?つぅか、この辺は流石に知ってるか、後は生計が立てられて財産も多少子供に残せる程度には稼げる中級と、馬車馬そのものの下級だな
親父はその中でも中級最上位のランクまで昇ったら職人としてやっていく事を認めるって言いやがってよ
2年かかった」
トゥルーテは大いに驚く。
早い、早すぎる。中級の一はベテランの中年になってからなるパターンが一番多い。
そうして一生を中級で働く冒険者が大半と聞いたこともあるぐらいだと言うのに。
「随分早い方だと言われたが、こっちはもっと早くしたかった
まぁいい、そしたら親父は何て言ったと思う?
次はその上の、上級ランクになったら工房を与えると言いやがったんだ」
トゥルーテは空いた口が塞がらない。
なんだそれ、工房?あの?今持ってる?
バルの父の、息子に対する情熱が訳が分からなすぎて、なんと反応すればいいか言葉に詰まる。
「まぁ、そうなるのは分かる
今だに親父は事ある毎に難解な冒険の依頼を名指しで寄越しやがるからな
まぁ報酬は希少素材としてきっちり貰っちゃあいるが、こっちの事もちったぁ考えやがれってんだ
ともあれ、そっから更に2年かかっちまった
工房は可能な限り親父が依頼しづらい場所を選んだ
それがあの町ってわけだ」
まったくふざけやがって、とでも言いたげに話を切り上げるバル。
「なるほど。何というか、すごい親御さんですね」
「まぁ、そんなわけで、本来は超が付くほど行きたくないんだが」
「今回は報酬がいい、と」
「そういうこった」
「ちなみに、最高位ランクになったら現行の全財産分の素材を寄越せと言っている」
「!!」
トゥルーテは本日二度目の白目顔になった。




