怒りの質
実に単純な話だ。
魔力総量と、それに比例した魔術抵抗力が彼女は桁外れに高いのだ。
それは魔術師として大成出来るほどに。
冷静になればわかる、この男が一切の油断をしなくても、今の一撃は回避できない。
この男はバルに幾度となく切り刻まれている。
つまり、動きでは彼に大きく遅れを取っているのだ、ただ死なないだけで。
トゥルーテはもともとそのような不意打ちを狙って止まっていたのではない。
一言で言ってしまうと、彼女はキレていた。
自分にとって大事な存在を傷つけられて。
この男が空虚以下のヘドを吐くたびに我慢していた。
我慢していたが、最後の数言で箍が外れてしまった。
もはやそれがどの言葉だったかなど覚えてはいない。
だが、もうそのようなことは関係ない。
冷静、それでいて冷徹、確実に屠るという冷たい殺意が、今の彼女の目に宿っている。
「このアバズレ……殺す」
男もこの一瞬で殺意を構築したが、それは激昂し、単純な動作を誘発する熱を持った殺意。
対してトゥルーテの頭は冷めきって冴えわたる。
相手がどのようなことをしようが、即座に対応し、斬る。
すべての過程を相手の消滅に帰結させる思考回路、それを高速で回転させ続ける冷たい殺意。
その結果は火を見るより明らかであった。
力いっぱいに振りかぶり、爪攻撃の予備動作をした瞬間、その前に出かけた肘は真っ赤な刃に砕かれる。
目にも止まらぬ剣撃はさながら緋色に瞬く光の線。
吸血鬼は、全く、剣が見えなかった。
動きが早すぎて、かつ速すぎて、全く対応出来ない。
視界よりも先に、腕を砕かれた痛みで初めてそれを認知する、現実離れした速さ。
「うああ、おのれえぇええぇ!!」
痛みに呻き、涎を垂らしながらも、吸血鬼は次なる攻撃の準備を始める。
そう、死ななければ幾らでも攻撃出来る。
しかし目の前の小娘は死ねば終わり、結果は最初から決まっているのだ。
(人間なら怯むだろうなぁ、人間ならばなぁ!!)
男が下卑た顔で即座に反対側の足での蹴りを繰り出そうとする。
その動作を確認した瞬間、彼女は軸足の脛を砕き、返す刀で前に出かかっている蹴り足の腿を叩き斬る。
吸血鬼はもつれるように倒れ伏す。
「まだだぁ!!」
まだなお男は体を治し、襲いかかろうとする。
しかし治った手足が攻撃と思しき予備動作を始めた瞬間、彼女は再びそれを叩き落とす。
刃のついていない剣で、無理やり力で、斬り潰す。
潰す、潰す、潰す。
動く四肢が無くなったら頭や心臓に突き立てる。
また四肢が甦る、それを叩き潰す。
まるで相手の動作が全てが無駄であると思い知らせるように。
そして、眼前に刃を突き付ける。
化け物はすべての動作を始められず、歯をぎりぎりとしながらにらみ上げる。
「むぅ、ならばぁ!」
次に、男は無数の蝙蝠となり、八方に飛び立つ。
トゥルーテはその一瞬カッと目を見開く。
刃ひとたび豪雨となれば
雨粒、地に振り返し下からも、風、薙ぎ横からも
即ち万象等しく水に濡らす。
スコール
トゥルーテは剣で八芒星を一筆で描くように高速の剣擊を送り込む。
一度終わったら更に位置と角度をずらしながら繰り返す。
この技は最大で8回これを繰り返す。
的があれば賽の目状になるほどに切り刻む恐ろしい連擊技。
さらに彼女は巻き込む対象を増やすため、あえて剣の腹を使って、全ての蝙蝠を内側に向かって叩き落とす。
恐るべきはこの数の連擊を、剣を横にして空気抵抗を増やした状態でやってのける膂力と技量。
蝙蝠は物理的な壁に阻まれたようにただの一匹もこの剣の結界から出られない。
やがてバチンと叩き付けられ、押しかためられた塊が血みどろになった吸血鬼の形に戻っていく。
「がぁああぁ!」
それの喉に剣を突き刺し、黙らせる。
「本当に殺し切れないんだね」
そう口にするトゥルーテはどこまでも無表情だ。
「あれ、トゥルーテだよな?」
「トゥルーテちゃんだってやるときはやるんでしょ?」
「だってあのトゥルーテだぜ?」
「・・・・・・あのさ、ちょっと馬鹿にし過ぎじゃない?」
その遠くから響く声を聞いた瞬間、トゥルーテはふと我に返った。
「あの、えーと、まだですか?」
と思い出したように口にする。
そしてそれまでの言動を思い出し、少し気恥ずかしくなったように指で顔を掻く。
「あぁ、おっけー、っていうか多分そいつそろそろ再生限界来るから、そのうち死ぬよ」
エイダはこれまた思い出したように言う。
「ふぁ?そんなわけが無いだろう!?」
と、吸血鬼は驚きとともに激昂した。
バルはそれに対し膝立ちのままため息をつく。
「再生できなくなったことないだけだろ、どれくらい食ってきたか知らねぇが」
バルはよっこらせと立ち上がりながら言葉を一旦切る。
「いつだったか、俺が会った吸血鬼によると、ノーライフキングってのは人から畏怖されて呼ばれるもんで、自分で名乗るもんじゃねぇ」
もういいとばかりに脇を抑える手をどけ、吸血鬼に歩み寄る。
「大方、ちょっと情報かじって、自分がそうなんじゃね?って思っちまったんだろ?」
かわいそうなこった。と、バルは立ち上がり男を見下ろす。
「本物は想像を絶する。お前は、なんつうか、良くも悪くも、想像通りなんだよな」
そこから先はエイダが次ぐ。
手が聖なる光で白く輝き、それを拳の形にしている。
「ま、要は自分を過大評価して、万能感に酔っちまった
それが敗因で、同時に死因さ」
エイダは軽くジャンプして肩の力を抜く。
「さ、お別れの時間だ」
「ま、ままま、待て、話し合おう」
「あ、いいわ、そういうのめんどいから」
「もう何もしません、逆らいません。舎弟になります」
しつこく食い下がる吸血鬼。それでもまったく相手にしないで歩み寄るエイダ。
「頼む、こいつを何とか説得してくれ、全部謝る、謝るから」
ついにはトゥルーテにまで助けを求めるありさま。
トゥルーテは完全に怒りが抜けて、かわいそうになって、どうしたものか考えてしまう。
しかしその考え事をする一瞬、目線を上に向けたその時、仰向けに倒れた吸血鬼は体がまっすぐのまま一気に立ち上がり、トゥルーテの腕を回して関節をきめて盾とした。
「あ、あれ、あれ?」
「ふっはっはっははは!形成逆転だな、その技を止めろ、小娘が我が同胞になるぞぉお」
バルは頭を抱える、この小娘の隙だらけさに。
関節をきめられた経験が無いのか、彼女はひとしきり抵抗する。
「あれ、あれ?いたっ、いたたた」
それも握力、腕力共に吸血鬼の怪力。
やがて自分ではどうにも出来ないのだと悟り、助けを乞う。
「た、たじけてください」
トゥルーテは涙目になって訴える。
エイダは死ぬほどめんどくさい顔をして言う。
「あ、そういうのもいいから」
光をいっそうと強くして、拳を振りかぶる。
「トゥルーテ、ちょっとそこ動くなよ」
「おい、やめろと言ってるんだ。
こいつに当たるぞ?ほ、ほんとに当たるぞ?」
エイダは十分に近づいて、かわいそうな生き物に
絶望を与える。
「後から答え合わせみたいで悪いんだけどさ、これ、殴る系のじゃ無くて聖光の上位互換ってか、つまりまぁ光なんだわ」
闇の住人はこの世のものと思えない絶叫とともにトゥルーテの後ろで灰になった。
トゥルーテは灰が体にまとわりついてゲホゲホというが、怪我などは無いようだ。
そのあとは割といつもの通りだ、バルが敵の前で隙を見せるなと雷を落とす。
「でもよ」
と、気になっていた疑問を口にするエイダ。
なんであんなのに遅れを取ったのさ、と
当然だ、膂力や魔力がかけ離れた相手とも戦える、そんな年季を持っているのがバルケインという男なのだ。
トゥルーテが圧倒できる相手を、バルが何ともできないとは思えなかった。
「いや、切り殺せないにしろ、そのうちお前ら来るまで切り続けるかとか思っていたんだがな」
そのあとの言葉は、あまりに素っ頓狂で、当たり前で、笑いが込み上げてしまうものだった。
「剣打って消耗してるの忘れててな。魔力切れだ」
あー・・・・・・
そのあとは
そもそもお前らが早く帰ってくればとか、まともな武器もう一個持てばいいだろうとか、一種の水かけ論をエイダと繰り返していた。
それがなんだか可笑しくて、トゥルーテは笑い出してしまった。
2人もそれにつられて笑いだす。
ひとしきり笑って
冒険者長くやってりゃ、そんなこともある。
今日は寝よう。そういってこの日は解散となった。




