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バルケインはただ幸せに鋼を叩きたい  作者: ロヂャーさん
山脈へ
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相棒

この人おかしい。

トゥルーテは眼下にある木の板をひたすらに踏みながら心で毒づいていた。


土魔法で作られた即席の製鉄炉のようなもの。

土がこんもり盛られただけのように見えなくもないが、煙突があってそこから熱い熱を帯びた空気が出て陽炎を作っている。


足元には取ってつけたような木の板があり、その真上には捕まるための紐が木からぶら下げられている。

この木製の板を踏むことによって空気が送り込まれ、火が強くなるらしい。


「おらもっと踏め、アダマンタイトもミスリルも融点が高い、鉄がどろどろからサラサラになるような温度でやっと柔らかくなってきやがる

まだだ、まだまだ」


バルの鍛冶技術は、彼が過去の旅で出会った刀の国の鑪製鉄を、融点の高いアダマンタイト等の希少金属で応用したもの。


アダマンタイトは大規模魔法炉がある巨大な国営工房、太古のオーバーテクノロジー、そして神のみが鋳造出来る代物。

そうずっと考えられてきた常識を彼は遂に覆したのだそうだ。


そしてそれより融点が若干低いオルハリコンやミスリルといった金属を合わせ、粘りを生み出す。

というのが彼のいつもの製作工程。

その若干の温度調節が命なのだと言っていた。


今回もそういう感じだがなにぶん素材が違う。

手探りになるから覚悟しておけ、だそうだ。


(いや、そもそもなんで私がこんなことしなければならないのか)

そう思わなくはないが、これも自分の剣のためだと言い聞かせる。




しばらく前

「特徴を見るにヒヒイロカネ、か?

人が作り上げた合金と聞いたが、実は自然界に存在するのか?

もしくは文明の遺跡が下に眠る?

はたまたそれとも特性の似た未知の金属?

なんにせよいい金属だ」


掘り出された金属を含む石をルーペで見ながらうんうんと唸っている。


エイダは早々にトゥルーテに鑑賞を切り上げさせて、採掘に戻らせた。

ああなると蹴ろうが止まらない。そう言って。


叩いてみたり、引っ張ったり、魔力を込めたり。

磨いてみたり、冷やして砕こうと試みたり、とにかく試しまくる。


粘り、靱性は悪くない。光沢は赤い。

少しだけ伸びがある。魔導性はミスリル程では無いが、高水準。

ある程度ミスリルを含んだ合金の可能性が高い。


さらにバターナイフで硬度を確かめる。

魔力の込め具合を段階的に上げながら刃を沈めていく。


無論最終的には切れる。このバターナイフはバルケインが持ちうる刀工技術の全てが詰め込まれている。


バルが最終的な目標に掲げているのは神の領域の侵犯。

架空とさえ呼ばれる物に対する挑戦。


その実現の為に考えうる最高、最新の技術を何度となく試行錯誤し、この小さなバターナイフで再現し、最終的に刀剣の大きさで完成させるという目的もあるのだ。


故に、現状このバターナイフより切れる刃物はバルの知る限りにおいて存在しないし、これまで切れなかった物体もひとつとして無い。


「やべぇな、素のアダマンタイトに匹敵するぞ

それでいてアダマンタイトではない、何せ軽い

だが、摩擦で溶けていたのもあって熱には弱いかもしれん」

実験してぇ。


思い立つより早くか、バルの手はもう動き始めていた。


魔法で土を操り即席の炉を作り、採掘された大量の石炭を詰めて火をつけるまで10分とかからなかったと言うのが彼の恐ろしいところだ。




そして時は今に至る。

熱々になった金属の塊を火バサミでつかんでガンガンと叩いているバル。


こんなに生き生きしている彼を初めて見る。

もしかしたら、最初の冒険の夜もこんな顔をしていたのかもしれない。


そして恐らく、自分が体験したあのハイになる感じを味わっているのだ。


いつもの眉間に入ったシワが緩み、無の表情、それにほんの少し笑顔を足したアルカイックスマイルになっている。


自分はもっと緩んでにへらとしてた気がする。


最高の時間、今の私にはわかる。

しかし、こちとらそのために文字通りひたすらに(たたら)を踏まされているのである。

文句を言う権利ぐらいあるはずだ。


「大体ですね、着火に使ったその、インフェ、なんでしたっけ」

「インフェルノブレイズだ、現行の呪文においては最も温度が高い」

「それで、剣を作ればいいじゃないですか」


はぁ。

と、彼は呆れたようなため息を漏らす。


「あのなぁ、俺の魔力が無尽蔵だったらとっくにやってる

水も出さなきゃならねぇし重力使ったり空間圧縮だってしなきゃならねぇ

折り合わせの裏に隠しルーンも刻む

余裕なんかねぇ」


彼が指折り自分の使う魔法を数えている様子を見て、一つ思い至ったことがある。


いや、まさかそんなはずは無い。

だが。こと彼に至ってはありえない話ではない。


恐る恐る、聞いてみることにする。


「あの、つかぬ事を聞いていいですか?」


「ん?」


「もしかして、鍛冶の為だけに魔法を覚えたんですか?」


作業を止めないままほんの少しの間沈黙が流れる。


「おいおい、流石に基本呪文は覚えさせられたぜ」

彼は否定しない。


(あ、この人おかしいんだ

トゥルーテわかった

あんなイカれた切れ味の刃物を作るためだもの、人間性を犠牲にしなきゃ無理だよね)


多分、化け物を倒す技術も試し切りの一環とかなんだろう。

そんな光景がありありと思い浮かぶ。


とは言え、そんな彼でも冒険者としての実力は遥か上だ。


学ぶことは多いのだ。これぐらい、なんのことはない。


……と、最初は思っていた。


そこから早数時間が経過した。


もはや全身汗だくになって、体の感覚が麻痺してきた。


喉が張り付いて息も絶え絶えになってぜぇはぁといっている。


自分の経験のためとか、後々自分の財産になるとか、もはやそんな言葉では一ミリも力が沸いてこない。


最終的に彼女を突き動かしたのは練習刀。

剣を作ってもらう為という欲望だけであった。




たっぷりと朝から日が傾くまで時間が過ぎる。


バルは水を含ませた金槌で赤く光る鋼を叩き、形を整えていたが、遂に手を休めた。


最後にそれを嘗めるような角度で細部まで確認する。


「ルーン刻む道具も、研磨機も研磨剤もねぇ、ここいらがあげ時だな

もういいぞ、水飲め」


そういうと、バルは熱し終えたそれとバターナイフを持つ。

少しずつ、少しずつ削って形の最終調整を始める。


ぜぇはぁとへたりこむトゥルーテ、タオルは絞れるほどびしょびしょだ。

顔から湯気が出て、目がぐるぐるになっている。


もうだめだ、今日はもう動けない。

水が美味しい、あと甘いものが欲しい。


とにかく、今はなにもしたくない。


トゥルーテは頭にタオルを乗せ、空になったマグを戻すことも億劫になり、しばらくと石像のように固まった。




遠くから聞こえる金属を削る音の頻度と音量が少なくなり、最後には無くなった。


バルがゆっくりと歩み寄ってくる。


「ほれ」

と、()()がトゥルーテに投げ込まれる。


満身創痍と言った状況でもパシりとそれだけは受けとる。


研磨前のヒヒイロカネの赤黒色

鍔もなく、太い柄があるだけのロングソード。


焼き戻しまで一応したから、十分頑丈だろうと言っていた。


刃はついていない。

当然だ、ここから研いでつけていくのだ。


まだ厳密には剣じゃなくて棒、そういう表現がしっくり来る代物なのだろう。


しかし、練習刀としては十分過ぎる。


「木刀をイメージして柄を太くした、そのまま握れるはずだ」


トゥルーテは立ち上がり、剣を柄から持ち直して緩やかに構える。


「軽い」

一言だけ口にして、無造作に振る。


尋常ならざる速度と剣圧に煙突からの煙が巻き込まれる程の風が起こる。


次に、一番近くにある人間のもも程の太さの生木に歩み寄る。


「おい、刃なんて」

付けてないという静止を聞く前に斜めに振り下ろす。


間をおかず、生木はざわざわと騒々しい葉音を立てながらずり落ち、倒れる。


片手に握った剣をじっと見つめる。

刀身には一切の傷も見られない。


手がぷるぷると震えて、頬に滴が伝ったのがバルには見えた。

「もうしぶん、ありません、ありがとう、ございます」


震える声でそう言って膝から崩れた。


練習刀を大切に、大切に抱えながら涙を拭い、それでも止まらず、ぐずぐずと泣き続ける。


「こんなに、こんなに嬉しいなんて、おも、おもわなかった」

言葉の一音ごとに濁点を付けておんおんと泣き続ける彼女。

それに対し、犬のようによしよしするのもどうかと思いとどまり、小指を遊ばせた拳を置いてやるだけにとどめた。


それも少し照れるので、視線はそらす。


後でエイダに泣かしたなどと色々と言われたが、当の本人が嬉々として素振りをして、採掘も熱心に取り組んでくれているのだから、まぁ良かったのだろう。


後に一緒に寝たり名前をつけたり話しかけたりする彼女の相棒。

その誕生の日であった。

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