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バルケインはただ幸せに鋼を叩きたい  作者: ロヂャーさん
山脈へ
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新たな旅支度

「盛るなばかたれ」


トゥルーテの正中線を的確にとらえたチョップが下される。


あだっという声とともに真新しい上鎧がボコッと上にもちあがる。


そんな威力で叩いてなどいないが、彼女が叩かれることを予想して肩をすくめたのだろう。


何にせよ、そんな事でずれるくらい体格を虚偽申告するのが悪い。


冒険者商会、依頼張り出しされるボードの直ぐ脇での待ち合わせ。


冒険者の登録用紙と羽ペン、それに雑多なものが置かれた高い丸テーブルに肘を置き直す。


与えた防具を着けた彼女を見て、思わず一発入れてしまった。


「ちが、違います!ほんの少しだけじゃないですか!

前より痩せたとか、そういうやつでして、胸が小さいとかそういうコンプレックスは断じて断じてないのであって、あだっ」


もう一度チョップを食らわす。


「お前は筋力と魔力だけは化けもん並みだ

そして運動に必要な部位の関節やら骨も十分に丈夫

ただしこれに関しては人間にしてはという枕詞が付くのを忘れるな」


「すびばせん」


涙が振り子のようにびよんびよんと揺れるのを尻目に、どうしたものかと頭を抱える。


オーダーメイドって訳じゃないが、こいつ用に丈を揃えたりしてしまった。


ここまですると、また最初から調整しなくちゃならない。


自分が鋼を叩く時間を惜しんで作業してやったことを考えると馬鹿馬鹿しくなってくる。


もう一回チョップしてもバチは当たらないのではないだろうか。


「まぁいい、なんか着込め、マシになる。鎖帷子(チェインシャツ)とか」


深いため息の後、なんだかんだとそうするしかないのだと無理やり納得した。


彼女もすんなりと応じてくれた。


「で、今日は誰の依頼なんでしょう?」


許された感のある雰囲気を出すと、直ぐに調子を戻してくるあたり、嫌われては居ないのだろう。


「今日っつうか暫くはこれを振る」


ほれと投げてやると、まさかまさか、もしかしてすごい武器を寄越してくれると思った顔が残念そうなそれに変わる。


「ツルハシ、ですか」


「あぁ、お前に剣を、と思ったが素材が足らん、山脈に潜る」


「ツルハシ……」


「なに心配するな、このツルハシは俺が作った特別性だ、壊れやしねぇ」


という言葉を聞いたとたん、更に口がへの字に変わる。


「か、金はとらねぇ、存分に振れ」


それでも、嫌なオーラが漏れだしてくるので、もう一歩譲ることにした。


「わかった、折れない練習刀もつける、ただし切れ味は期待するなよ」


と口にした瞬間、劇的に表情が明るくなる。


相当剣が振れない日々が苦しかったとみた。


小躍りする様子を見ていて悪いが、もうひとつニュースを与えてやらねばならない。


「行くのはここからも見える山脈

まだまだ未開拓ゾーンが多いから期待は出来るが、そもそもとその理由になっている魔物の多さがあってな

回復役を一人用意することにしたんだが……」


と、言葉を濁す。


ちらりと視線を下に移すと鎧の間からぬるりとさし入る魔の手があった。


「ーーーーー」


案の定、気絶しそうな程驚きを見せるトゥルーテ。


「デュフフ、きゅわいいね結構筋肉質なところが最高

あと、柔らかいところはやわらかい」


「……そいつだ」


乙女の柔肌を堪能しているケダモノを、指差す。


髪を下ろしたオフスタイルのエイダであった。


こいつは何て言えばいいのか、目の前に相手(一人)が最初から見えていて、用意初めと言われるまでスイッチが入らない。


典型的な騎士様タイプだ。


気配を感じるとか全くなくて、行くときも「やぁやぁ我こそは」とか名乗り初める口だ。


「よいではないかよいではないか」


冒険者としては致命的。護衛としても三下。よく生き延びていたものだ。


「やーめーてーくーだーさーい」


驚異的な身体能力と動体視力、そしてタフさのなせる技か。

持ってるものは悪くないのだが。


「はーなーしーてー」


仕込むことが多そうでため息が出る。


そう言った懸案を気にもとめずにじゃれついている二人に小指一本分程度の苛立ちが募るが、まぁいい。


「この下はどうなっているんだい?」


「やめっやめろー!」


いや、後四本分たまったらチョップしようと心に決めた。




暫くして、挨拶の宴もたけなわとなり、旅立ちの準備が始まっていた。


ツルハシ

荷運び用の荷車

土運び用の手押し車

落下物から頭を守る兜

皮手袋にランタン

新しく詰めるもの、普段の装備で代用するもの、消耗品の補充と進めていくなかで、ふと気になったことを聞くトゥルーテ。


「ところでエイダさんて神官さんなんですか?神をも恐れぬって感じしますけど」


すっとんきょうな質問に意表を突かれたエイダはぷっと吹き出す。

ひとしきり爆笑してヒーヒーといった後に答える。


「神は上部だの口先だの態度は見ちゃいないよ、信仰心ってやつさね

まぁ、クソの役ぐらいにはたつから持っているんだけど

本職は武道家(モンク)なんだよね」


肩をすくめて、フランクに神を語るとはこれいかに。


荷物をあらかた揃えたバルがふと辺りを一瞥する。


「で、あのアホ(ハーフリング)は?」


「あのアホもそんな暇じゃないんだよ」


「アホの癖に」


「仕事が仕事だしドワーフ(おっちゃん)にも声かけてみたけど、あっちはあっちで忙しいらしい」


立ち話の最中、置いてけぼりが一人


「前のパーティの話だ

不仲で別れたって訳でもねぇから、暇そうなら誘えるかと思ったが、そうでもないらしい」


バルがトゥルーテにロープを投げ渡す。


それをパンパンになりそうなザックに押し込んでいく。


「そうなんですね」


「まぁ、筋金入りの馬鹿どもなんだが腕はいい、これで全部か?」


「はい」というトゥルーテの小気味良い返事を聞き、一行は冒険者商会を後にする。


トゥルーテは旅荷物が乗った荷車を引っ張り、バルは荷台に寝転がり、エイダは縁に腰かける。


「目指すは山脈だな、なに、一週間程度で一旦帰ろう

まずは、当たりをみつけにゃならん」


バルは足を組み換え、腹筋に若干の負荷がかかった声をだす。


それに対しエイダは手持ちぶさたに髪をくるくると指で巻き、退屈そうに答える。


「さて、真面目に仕事して買うのとどっちが早いか、見ものだな」


バルはケッとだけ言って一蹴し、別の話題にすり替える。

「冒険の先約があれば指名依頼は来ねぇ、考えたやつは天才だな」


「鋼を打つのは冒険に入らんがな」

そう突っ込まれても、今日のバルケイン様は機嫌がいいらしい。

少しもその言葉に対する怒りは見せない、その言葉には。


「くそ安い金でこき使いやがって、俺に依頼するなんざ百年はええってんだ」


「正確には百年と言うか一週間だろうよ」


バルは「うっせぇ」、言ってろ、とばかりにぶっきらぼうに話を打ちきり、兜を顔に乗せ、寝に入るようだった。


そこでトゥルーテはふと気付く。


「って、これ酷くないですか!?」

文字通りの馬車馬扱いになんの疑いも持たなかった自分に逆に驚く。


山道に馬を連れていけないのはわかる。

わかるが、自分だけ歩かされているこの状況は何なのだろうかと、やっと思い至った。


突っ込みつつも荷車を運ぶのをやめない、彼女のいじられたがりに似た何かをかいま見て、エイダはにっこりとサディスティックな笑み浮かる。


そう、なにも状況は変わらない。


「これが社会ってもんだ、気にするな」

バルはこれを言って以降本当に寝てしまった。


トゥルーテは矢印二つを内側に向けた顔をしながら、街道をひたすら進んでいく。

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