プロローグ
勇者が魔王を倒したらしい。
そんな話をしたとして、酒の肴にもなりゃしないとすぐ話題を切り替えられてしまう。
もう何十年も前の話じゃないかと。
話に乗っかってくれるのは英雄譚好きか、偏屈な歴史学者くらいなもの
とはいえ、いざ彼らと話でもしようものなら
何時の勇者で何処の魔王だと直ぐに聞かれる。
うろ覚えの知識ではすぐに地雷を踏みそうで、迂闊に洒落も言えやしない。
要は魔王の脅威とか世界存亡の危機なんてものは薄れに薄れた"出がらし"で、勇敢な英雄たちは今じゃ戦に出ようが出まいが他国との外交カードの一つでしかないってだけの話だ。
エルフの国もドワーフの国も、世界の危機が去って久しくなると連帯感もどこへやら。
大使館と、物好きな連中を残して自らの領域に戻って行くのを誰が止められよう。
そんなことは王国の外れの外れに住む彼らにとっては心底どうでも良いこと。
魔王の置き土産と言われる魔物がそこかしこに蔓延り、戦争が無くなって食えなくなった戦士崩れの野盗が跋扈する時代。
類まれな商才とか、魔法の才でも持って生まれない限り王都に1度も足を踏み入れずに生涯を終えるなんてのがざらな小さな町。
そのさらに外れの冒険者商会。
そこに吹き溜まってる彼らこそ冒険者という生き物だ。
冒険、言い換えれば危険代行。下水掃除から旅の護衛、果ては魔物にドラゴン討伐。
ホールの酒飲み連中は誰一人その起こり、正しい経緯なぞ知りはしない
「野盗に野盗をぶつけるだけで野盗が半分になるだろ」
と誰かが言ったのが案外正解なのかもしれない。
詰まるところ誰でもなれる何でも屋。
昨日までのならず者が今日なれる程の大雑把、烏合の衆。
仕事をしっかりこなす奴もいれば、大金を稼ぐ奴もいる。
とは言っても、冒険者のゴールドラッシュは戦乱の直後までの話。
今は随分落ち着いたものだ。
最盛期を知るヤツらは嬉々として思い出話をしてくれるが、誰でも今から大金持ちなんて思っちゃいけない。時代が違う。
ただ、冒険者をやめたらやはり食えない。
すると野盗になるぐらいしかない。
魔物だって根絶やしに出来るほど国は潤ってないから冒険者が減るとごくごく自然に数が増えてくる。
それが巡り巡って他の冒険者の肥やしになるのだから世の中上手く出来ている。
1口にひでぇと言うものも居るだろう
だが、こんな捉え方もある。
人類が危機に晒され続けてきた時代が終わりを告げ、冒険者が冒険者たる冒険を享受する時が来たのかもしれない、と
大陸を出て大海原に繰り出したり、深く険しい森林の奥地、かつて栄えた古代の遺跡を目指したり。
世界は馬鹿馬鹿しいほどに広く。争いばかりで手付かずだった未開、未踏が五万と残されている。
そこに大枚はたいて冒険者を雇おうなんて酔狂な者は少ない、しかし確かに存在はする。
世知辛い世の中ではあるがあながち捨てきったものでも無い。
そんな世界。
どんな奴の人生だって1つの物語になりうる。
ただ、今回は、勇者でも魔王でも、英雄でも賢者でもない。
これは、とある鍛冶師の話だ。