いざ温泉宿へ
いくら時間をかけて頭をひねっても話がまとまらず、前の話は酷い出来になってしまいました。
多分原因は換気の不十分な部屋でファンヒーターを回していたせいなんじゃないかと思っています。
みなさんもお気をつけ下さい。
「…………」
「……大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です!」
そのセリフは馬車に乗る前にも聞いているのだが……。
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夫婦水入らずの旅行のせいだろうか、やたらと上機嫌なアレイヤの両親を見送り、続いてクレイ達が出発することになった。
「じゃ、クレイちゃんはルニスの馬車にのってちょうだい」
「はい、分かりました」
アレイヤの指示通りにルニスと乗る馬車の扉を開けた。
馬車の中を見て、すぐに1つの疑問が湧いた。
「あの、座席が2人分しかないんですけど……」
「ルニスとクレイちゃんの分よ」
「モニカさんは?」
「モニカは私の乗る馬車よ」
――何故?
こういう場合、クレイが同乗するにしても、ルニスのメイドであるモニカの分も用意するものではないのか。
メイドというものをクレイは良く分からないのだが、こういった場合でもモニカは同じ馬車に乗るものではないのだろうか。
「いやぁ〜悪いわね〜、その馬車しか用意できなかったのよ〜」
アレイヤの顔が1週間前の冒険者ギルドで見た様な顔になっている。
流石に何かを企んでいるのは分かる。
流石にルニスを危険に晒すような事は考えていないだろうが……。
「それじゃ、ルニスの事ヨロシクね〜」
そう言って、アレイヤ達は自分達の馬車へと次々と乗り込んでいく。
最後に乗り込んでいくモニカがこちらに向けてグッと握り拳を作っていたのがよく分からなかった。
クレイは「ルニスの護衛、よろしくお願いします」という風に解釈する事にした。
「…………」
ルニスはクレイの横で随分と緊張した面持ちで小さくなっている。
「ええと……ルニスさん、とりあえず馬車に乗りましょうか」
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移動を開始してからルニスの緊張は更に高まっている様子で、うつむいたまま視線を足元とクレイを往復するばかりだ。
どれほど馬車に揺られるのかは分からないが、ずっとこのまま……というのは流石に辛いものがある。
「あの、ルニスさん?」
「は、はい!あ、えと、クレイさんなら僕に、その、そこまで丁寧に話さなくても大丈夫、です……」
「う〜ん、じゃあ……こんな感じでいいかな?ルニス君」
「あ、はい、ありがとうございます」
クレイとしてもその提案はありがたいのだが、ルニスの方は相変わらずの様だ。
初めて出会った時はもうちょっとフランク(?)だったような気がするのだが……。
「実はボク、旅行先がどこなのか聞かされていないんだけど、ルニス君は知ってる?」
「姉さん……全くあの人は………。ええと、馬車で半日ほど走らせた場所に温泉宿があるそうで、そこに行くことになってます」
旅行というのだから、てっきり船やら何やらを乗り継いだ長旅になるかと思っていた。
しかし、馬車で半日程度の距離に温泉宿……というか温泉自体あっただろうか。
少なくとも、馬車が走っているこの道はクレイも把握している道だ。
クレイの知る限り、この先に温泉は無いはずだ。
もしかすると、自分の知らない穴場があるのかもしれない。
「そうか……温泉か……」
1度だけ遠方の依頼で立ち寄った先で利用したことがあるが、あれはなかなか良かった。
正直、面倒事に巻き込まれた感があったのだが、あの温泉にまた浸かる事ができるのなら、悪くないのかもしれない。
あの時の感覚を思い出すと、思わず笑みが溢れる。
「ふふっ、楽しみだね」
「……!は、はい!」
胸を抑えながらルニスが応える。
どうやら彼も楽しみにしているようだ。
その後は他愛の無い会話が少しずつ交わされるようになっていった。
薬草の見分け方、珍しい動物、依頼先で出会った変わった風習……そういったものだ。
「……こんなに会話をしたのは久しぶりだよ」
「そうなんですか?」
「うん、相手がルニス君……だからかな?」
クルトが少女になってからというもの、周囲にはやたらと女性が増えた。
とは言え、クレイは元々は男性、やはり女性相手の会話は何処か気が引けてしまう。
男性の方はと言えば、邪な考えで近づいてくる者ばかりで、ロクな会話をした覚えがない。
クレイにとってまともに会話をすることができる男性はルニスくらいなものだった。
(え、それって……)
クレイの言葉にルニスの鼓動が騒ぎ出す。
今の言葉はどういう意味なのだろうか。
彼女にとって自分はどういう存在なのだろうか。
もしかして。
いや、でも。
もしかして。
できれば。
淡い期待がぐるりぐるりとルニスの中を駆け巡る。
――ガタンッ!
石を踏んだのだろうか、馬車が大きく跳ね上がった。
「うわッ!」
考えを巡らせていたルニスは不意をつかれてバランスを崩し、クレイの方へと倒れ込む。
「おっと」
抱き止められたルニスの頭部が計らずともクレイの胸に当たり、同時にふわりとあの時と同じ匂いが鼻孔をくすぐった。
薄れかけていた感覚が蘇る。
「大丈夫?」
「うわッ、わわッ……」
ルニスは再び訪れた誘惑を振り切り、クレイから離れ、姿勢を正す。
(煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!)
「ほ、本当に大丈夫?」
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その頃、前を走るアレイヤ達の馬車では。
「よっしゃーッ!今の揺れはいい感じだったんじゃない!?」
馬車に取り付けられた後方の窓からアレイヤ達は顔を寄せ合い、クレイ達の乗る馬車をひたすら観察していた。
「今頃ルニスはクレイちゃんと密着しているわよ!きっと!」
アレイヤが興奮気味に拳を握る。
「ああ、ルニス様が大人になっていくのですね……」
モニカはハンカチで喜びの涙を拭いていた。
「よし、いけ!我が弟よ!キスまで……いや、その先まで行ってしまえ!」
「アレイヤ様、流石にそれは下品というものでは?」
「アレイヤ様、流石にそれは卑猥というものでは?」
そう言いつつ、ミミアとメアもじっと後方の馬車を見つめていた。
換気に気をつけながら次話を書いていこうと思います。




