アレイヤ対ノーセン 再び
これでノーセン編は終わりです。
「痛った……!何?私は……あれ?」
クレイに殴られた腹を押えながらアレイヤが起き上がる。
周囲に靄のようなものは見られない。
「アレイヤさん、起きましたか」
「クレイちゃん……?洞窟で分かれて……いつの間に?」
「彼に操られていたんです」
「アイツに?」
クレイの指す先には、ロープで縛られ、目隠しをされたノーセンが気絶したまま横たわっていた。
アレイヤに彼の『力』についておおまかに説明する。
「――なるほどね、しかし、目線を合わせるだけで……なんて、どういう理屈なのよ?」
「僕も詳しくは無いのですが……」
クレイはノーセンの額当てを上にずらす。
彼の額には幾何学的な魔法陣が刻まれていた。
「やっぱりあった」
クレイがノーセンと対峙した際、額の辺りから魔力のようなものが流れる出るのが見えていた。
恐らくこの魔法陣が『力』の源なのだろう。
「何よこれ」
「ノーセンはこの魔法陣によって人を操る能力を得ていたようです」
「そういう事ね……しかし、随分と私を弄んでくれた様ね、まだお腹が痛むわ」
「あ、それボクです」
「え?なんで?」
「アレイヤさんがノーセンを守ろうとして、仕方無く……」
「えっ?アンタと私、戦ったの?」
「はい……覚えてませんか?」
「覚えてないわよ!全ッ然!覚えてないわよ!」
クレイとしては"生身で刃物を受け止める"という非人間的行為についてあれやこれや聞かれたくは無いので、覚えていないならそれでありがたいのだが、アレイヤはそうではないらしい。
「あーもー!私が倒れてたって事は私が負けたって事でしょ?!そこは良いわよ、仕方ないわよ?!でも覚えてなきゃ"あそこでああするべきだった"とか"次はこうしてみよう"とか!後に繋がらないじゃない!!」
頭をかかえながら一通りの文句言ったあと、立ち上がり……
「ノーセン!起きなさい!」
「ボヘァッ!」
ノーセンの横腹を蹴り飛ばした。
流石に目を覚ましたノーセンは、突然の痛みに悶絶している。
「もう一度私と戦いなさい!クレイちゃん!コイツの拘束解いちゃって、目隠しも」
うわっ、目つき怖ッ。
とりあえず大人しく従うことにしたクレイは、ノーセンの上半身を起こし、拘束を解いた。
その間にアレイヤは自分の剣を拾い、距離を取る。
「ぐッ……、ああクソ、何だってんだ……」
「アンタも剣を取りなさい!アンタが勝ったら……そうね、私とクレイ付きで見逃してあげるわ」
「え?……え?ちょっと?」
つまりそれはもしアレイヤが負けたら、彼女は勿論の事、ボクもノーセンのモノになるという事では?
「おいおい、いいのか?」
「構わないわ」
「ボクは構うんだけど!?」
アレイヤさん?
頭に血が上って正常な判断が付いていないのでは?
「へッ……また負ける事になるぞ?」
「やってみなきゃ分からない……でしょ!」
アレイヤはそう言ってノーセンへと走り、詰めていく。
彼女の顔は先ほどからまっすぐノーセンを向いている。
――10秒には……ギリギリ間に合うだろうか。
接近は許してしまうだろうが、その後の一撃を何とかすれば10秒を稼ぎ切れるはずだ。
ならばその一撃は自分から放った方が良い。
そう判断したノーセンは何とかタイミングを合わせて剣を振り下ろした。
アレイヤはその斬撃の下へと潜り込み、難なく受け止める。
キンッ
金属同士がぶつかる乾いた音。
アレイヤは顔を上げ、ノーセンは間近でアレイヤの顔を見た。
――この女……目を瞑ってやがる!
「この当たり具合からして……ここね」
アレイヤは目を瞑ったまま、ノーセンの剣を横へ押しのけ、続いて斬り上げる。
その一閃は正確にノーセンの額をえぐった。
「ぎゃ、あぁぁぁッ!」
ノーセンは鼻血に続いて額からも血を流し、膝をついて痛みに悶えている。
額が抉られた事で魔法陣が欠け、クレイの目にはノーセンの額から『力』が崩れ落ちていくのが見て取れた。
この状態になってしまえば、ノーセンは『力』を使う事ができない。
「操られている間、私が何をしたのか知らないし、知りたくも無いわ。本当は目を刻んでやりたかったけど、ソレで勘弁してあげるわ」
※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※
クレイが先導し、ノーセンを縛るロープの先をアレイヤが後ろからしっかりと握って首都へと連れていく。
鼻血に対して応急処置はしなかったが、額から流れる血で視界に影響が出ると困るのでそこだけはポーションと包帯で処置を施している。
リビアはアレイヤの隣を歩いていた。
彼女が目を覚ますまでに体に付いた汚れは拭き取ったのだが、全て綺麗にすることはできなかった。
「冒険者になった時からある程度覚悟はしていましたから……」
自分がノーセンと何をしたのかを察した彼女はそう呟いたが、その表情は暗く、街へと歩くこの時でもその暗さは抜け切れてはいなかった。
対してアレイヤは「勘弁してあげる」と言った割に、汚物を見るような目でノーセンを見続けている。
そしてノーセンが立ち止まったり、道からそれるようなことがある度に、容赦の無い蹴りを彼の尻に叩きこんだ。
地面へ倒れ込み、激痛が響く尻を触れる事ができないノーセンは、えび反りの様な姿勢で悶絶。
アレイヤはノーセンの胸ぐらをつかみ、血の代わりに涙を流す彼の目を睨み――
「歩きなさい、早く」
とだけ告げて、ノーセンを無理矢理立たせる。
そういったやりとりが首都へと到達するまでに何度も続いた。
首都の入口へと到着し、兵士達へ引き渡した時、ノーセンはすっかりアレイヤに怯えていた。
「た、助けてくれ!あの女に殺されちまう!」
そう言って兵士に泣きながら連行されていく姿がクレイには何とも印象的だった。
(……アレイヤさんは怒らせないようにしよう)
※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※
そしてメルボアへ帰る為の馬車が到着する日。
クレイは神妙な面持ちのアレイヤから1つの情報が伝えられる。
「ノーセンが牢屋の中で首無しの死体となって発見されたわ」
次のネタを考えなければ……




