決断
河原。
ポツンと簡易な雨しのぎのテントが張ってある。
善吉は一人、焚火の前で腰を下ろしている。ちょうど串に刺した焼き魚を食べ終えたところだ。
焚火のそばには、焼き魚の串がもう一本地面に刺さっている。
それを見つめながら、
「……もう、太郎太が食うことはないんだな」
と静かにつぶやく。
目の前に、フラリと太郎太が姿を現す。逆光のせいで懐かしい幻のように映る。
「いや、まだ食うけど」
「もう七本目だろ」
太郎太は焚火の前に腰をおろし、焼き魚を手にしてガツガツと食らいはじめる。
なんの変哲もない、生身の太郎太である。
「痒くてたまらんな」
吹き出物ができている腕を、太郎太はポリポリと掻く。
「急ごしらえの薬草だったからな、仕方ないだろ」
「まあ、命を拾えただけもうけものか」
「太郎太、おぬしの体も良くなってきたようだし、そろそろ出立しないか?」
善吉が話を切り出す。
「出立? 東北へか?」
「徳馬殿によると彼の地は当節、忍びの求めが多くなってきてるらしいからな」
「善吉、忍びの世界に骨を埋める決心がついたか?」
「ああ、思ってたよりずっと厳しい世界みたいだけど、その分やりがいはありそうだからな」
善吉は凛々しい良い顔をしている。
「影武者だったとはいえ、弾正の首を討ちとったときの高揚感は忘れられん。かような満ち足りた気分は、ほかでは絶対に味わえんだろう」
今となっては、平穏な生活を望んだり、恋なぞにうつつを抜かしていたのは気の迷いとしか思えなかった。
「〈名誉の忍び〉に成れるかどうかはわからないけど。たとえ叶わなくとも悔いはない」
「そうか……」
太郎太は感慨深くうなずく。
「善吉、わしは東北へは行かん」
「え?」
「わしは忍びになるつもりはない」
「はああっっ!?」
あまりに想定外なセリフを耳にしたため、善吉はワンテンポ遅れで素っ頓狂な声を上げてしまう。
「な、なんでぇ!?」
太郎太は愚痴っぽく、
「期待してたのとずいぶんちがったからなあ。腹もへるし、死にかけるし。もっとさっそうとして見栄えのいいものかと思っとったが……」
「いや……そんな今さら……」
善吉は唖然とするしかない。
「それになにより、まことにおのれが成すべきことを悟ったからな」
「な、なんだそれは?」
「あのとき……毒で死にかけたときの想いは、〈名誉の忍び〉に成ること叶わず、という無念ではなかった。心に浮かんだのは、ただただ茶店での愉快な思い出ばかりじゃ」
「??」
太郎太は熱い情熱をたぎらせて、
「わしはこれから里に帰って、自分の茶店を開くしたくをはじめる。そう、わしが天に与えられた使命は、茶店不毛の地である甲賀の街道に、安らぎと馳走の花を咲かせることなんじゃ!」
善吉は呆然として、
「そんな、じゃあわしはどうすれば……。一人で……」
「どうじゃ、善吉。おぬしもわしといっしょに茶店を切り盛りせんか?」
「え?」
「絶対面白いぞ。毎日旨いもんが食えるし、銭だって入る。危うい目にあう心配もないしな」
「………」
「わしは舌が肥えとるし、おぬしは手先が器用じゃ。二人の力を合わせれば、天下一の茶店を築き上げることとて夢ではあるまい!」