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プロローグ

初連載となります。宜しくお願いします。

最後まで読んでいただければ幸いです。

 

※本作は完結済み(全18部分)です。


本章は、メインキャラ二人の原点となる幼少期のエピソードです。

 山間の村。 

 牧歌的な田園風景。

 田んぼには青々とした稲が育っており、野良着姿の老人がのんびりと草刈りなどをしている。

 素朴な百姓家が点在しているが、一軒だけ、こののどかな風景に似つかわしくない豪壮な御屋敷がある。

 小高い土地に立っており、高い塀に囲まれ、深い堀があり、土塁どるい矢来やらいが巡らされている。まるで砦のような守り。

 そこから、


 カーン

 カカーン


 と乾いた音がいくつも鳴り響いている。

                                 

 御屋敷の広々とした運動場のような前庭では、十数人の子弟たちが木刀で剣術の地稽古に励んでいた。

 年の頃は、七つから一二歳くらいであろう。まだまだ幼くあどけない男子たちであるが、健やかで気力も充実している様子だ。カンカンと乾いた響きは、かれらが木刀をぶつけあう音だったのだ。


 その様子を、一人のおきなが母屋の縁側に腰かけて眺めている。

 微笑んで目を細めているのか、厳しい視線を送っているのか判別がつかない。あるいはその両方であろうか。

 深く刻み込まれたしわと白髪白髭におおわれたその風貌は、まさに〝長老〟のイメージだ。

 この御屋敷の主にして伴一族の惣領そうりょう伴左京介ばんさきょうすけである。

 伴一族は、ここ甲賀の里を連合統治する名門二四家のうちでも、とくに忍術の達者を数多く輩出していることで名高い。

 左京介自身、若かりし頃は〝潜りの左京〟の二つ名で暗中飛躍し、全国の大名から名指しで仕事の依頼を受けたものである。


「みなみな、今日の稽古もよう励んだ」

 

 左京介の声は静謐せいひつだが、よく響く。

 

 彼の目のまえには、稽古を終えた十数人の子弟たち全員が集合し、あぐらで庭の地面に腰をおろしている。みなうっすらと汗ばみ、手足は泥だらけのまま。足元には、さっきまで剣術の稽古で打ちあっていた子供用の木刀をそれぞれおいている。


「さて何について語ろうか」


 忍術の稽古後、子弟たちにこうして訓話を授けるのがならわしでなのである。

 ただし聴衆はヤンチャ盛りの男子たちである。堅苦しいばかりでは教育効果はあがらない。取りあげるのは、もっぱら伝説的な忍びたちの血湧き肉躍る英雄譚である。

 

 今日の訓話の主役は、英雄譚としては定番中の定番、忍び界のスーパースター下柘植しもつげ佐助さすけであった。


「月のない夜、佐助は凍てつく水濠みずぼりを魚のごとく泳ぎわたり、急峻な崖を猿のごとく這いのぼって、ついには要害険阻なる敵城に忍び入った──」


 左京介は、朗々たる名調子で語り聞かせる。

 もし語り聞かせの評論家などがいたとしたら、演技が芝居がかりすぎだと辛口批評するかもしれない。だが幼い子弟たちにとっては、このくらい大袈裟なほうが琴線に触れるものなのだ。


「──番兵らを音もなく討つと、佐助は城内いたる所に火付けしてまわる。その有様はまさに疾風の如くなり」


 子弟たちは、真剣な面持ちで聞き入っている。


 その中には、ピッタリと並んで座っている大河原おおがわら太郎太たろうた磯尾善吉いそおぜんきちの姿もあった。

 でっぷりと肥えて無神経そうなのが太郎太で、痩せっぽちで神経質そうなのが善吉だ。二人は親友であり、ともにまだ八つである。

 まさに絵に描いたような凸凹コンビだが、憧憬で目を輝かせまくっているその表情だけは、そっくり同じものだ。


「五百もの城兵はたちまち混乱を極め、逃げ散る者、闇夜で同士討ちする者さえあり──」


 ゴクリと音を立てて生唾を飲む太郎太。

 彼だけは行儀の良い他の子弟たちとちがい、英雄譚に興奮しすぎてジッとしていられないらしい。善吉の衣服を破かんばかりに力いっぱいわしづかみにしている。  

 いっぽうの善吉は、緊張しすぎて息をするのも忘れて苦しそうだ。


「御味方の軍勢が城内に打ち入りしときには、すでに敵は滅び失せておった……」


「おおーっ!!」

 太郎太と善吉は、感極まって同時に歓声をもらす。


「これぞまさしく〈名誉めいよしのび〉なり」


 左京介がいつもの決めゼリフで話を締めくくる。

 

                                 

 *     *      *



 谷川に、丸木の一本橋がかかっている。

 それを太郎太と善吉が、高さに怯えてへっぴり腰になりながらも懸命にわたっている。なぜか二人とも、珍しく小ぎれいな服を身につけていたりする。


「アワワ……!」

「おい、善吉。さようにゆらすな!」

「ちょっと体が、ふ、震えてるだけだ! そういう太郎太こそ」

「わしのは武者ぶるい。いや、忍者ぶるいじゃ!」


 大騒ぎしている二人だが、川面からの高さはわずか2メートル程である。


 ようやくわたりきり、二人は疲労困憊してその場にへたり込む。


「あったぞ! あれじゃ!」

「おお!」

 

 だが目的のものを見つけると、二人はたちまち元気をとりもどし、立ちあがって駆けだす。

 

 林の中に、小さな古びたほこらがあった。

 祀られているのは、役行者えんのぎょうじゃの木像である。

 長頭巾を被り、高下駄を履き、手に錫杖しゃくじょうを持った老僧が、左右に鬼を侍らせて岩座にどっかりと腰をおろしている。祠に負けないほど古びて朽ちかけた木像だが、その顔が憤怒の形相であることはよくわかる。

 役行者は実在した仙人のような人物だが、古来より忍びの祖として仰がれているのだ。


 太郎太と善吉は、幼いなりに居住まいを正し、祠の前で仰々しく手を合わせる。


「役行者さま、どうかわれら二人、大河原太郎太と磯尾善吉を忍びの達人にしてください」

 

 太郎太が願いを口にする。


「役行者さま、どうかわれら二人、大河原太郎太と磯尾善吉を忍びの達人にしてください」

 

 善吉がそれを唱和する。


「役行者さま、どうかわれらに大手柄を立てさせてください」

「役行者さま、どうかわれらに大手柄を立てさせてください」


 二人とも、一生懸命に心を込めて祈願する。


「誰よりも修業に励みます。私心を捨て、仏法にも背きません」

「誰よりも修業に励みます。私心を捨て、仏法にも背きません」


 そして最後の言葉は、二人同時に唱える。


「役行者さま、どうかわれらを〈名誉の忍び〉と呼ばれるようにしてください」


次章から本編に入ります。善吉と太郎太が15歳になったところから始まります。

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