君に好きだと言いたい。
君に出会ったのは高校一年の春だった。
人付き合いが苦手な僕は真新しい制服に身を包み、特にこの先に広がっている高校生活に何の期待もしていなかった。
だから、学校へと続く桜並木の上り坂を一人で歩いている時に君を見つけた時は、珍妙な物を見つけた時のように興味が沸いた。
君は、周りが一人やペアや集団で歩いている内の一人組の人間だった。
だけど、誰よりもこの先に広がる高校生活に不安を抱え、誰よりもこの先に広がる高校生活に期待を秘めた目をしていた。
肩甲骨くらいまで伸びた黒髪をストレートにし、どこか所在無さげに……されど、堂々と歩くその姿は不思議と目に留まったんだ。
きっと、僕の他に君に対して興味を持った人間なんてあの場にはいなかっただろう。
特に何も思っていなかった僕だからこそ、見つけられたのかもしれないと今でも思っている。
君と初めて話したのは、同じ図書委員になってからだった。
委員会を決めたのは入学二日後だったけど、その時には既に君はクラスの中で男女問わず人気のある人間となっていた。
対して僕は誰とも関わらず、窓側の一番後ろという絶好のポジションで一人で外を眺めるか本を読んでいるような人間だった。
例えるならばそう……天と地だ。
明るい天と暗い地。その例えがあの時の僕らにはしっくりくる例えだった。
図書委員となったのは、成り行きだったのは否定できない。
ぼーっとHRを聞き流していたら、余り物の図書委員に入れられたに過ぎないんだ。君が図書委員になった理由はわからないけど、僕はそんなものだ。
図書委員の仕事は、担当の日になったら放課後の図書室で本の貸し出しなどを管理する物だった。
僕としてはほぼ会話せずに淡々と出来る仕事はありがたかった。図書委員という名目で暇な時に本を読む事が許可されていたという点も中々に大きい。
だけど、君は僕とは正反対のタイプだった。
君は本を読む僕に対して色々と話しかけて来たよね。その日の天気やら、登校中に野良猫を見たやら……色々な話を僕にしてきた。
それに対して僕は生返事しか返さなかったけど、君はそれでも笑顔でずっと僕に話しかけてくれた。
君とは帰り道が途中まで一緒だった。
図書委員の仕事を終えて16時に二人で歩いた帰り道でも、君は僕に喋り続けていたね。
今でも……あの道を通るとどこからか君の声が聞こえる気がしてついつい振り向いてしまう。
僕の隣に君はいないのに。
流石にずっと話しかけられていれば、僕もまともな対応をしようという気になる。
でも、君は僕がまともな返しをした時に凄くビックリしていたよね。僕だって普通に喋る事くらいは出来るんだけど。
それからというもの、君の話しかけてくる頻度はとても多くなった。今までは教室では話しかけてこなかったのに、僕がまともな返しをした日以降、休み時間とかにも話しかけてくるようになったよね。
アレ、他のクラスメイト(特に男子)からの目線が痛いから勘弁してほしかったんだけど……。
君とはいつの間にか一緒に出掛ける事が多くなっていたよね。
何がキッカケだったかはもう覚えていないけど、君が行きたい場所に色々と連れまわされた。
友達と行けばいいのに、どうして僕なんかを一緒に連れていくのか……今でも、理解できない。
ショッピングモール、カフェ、ゲーセン、水族館……本当に色々な所に連れまわされた。今でもその前を通る度に君の事を幻視する。
ついつい、君が横切った気がして二度見してしまう。
もしかしたら、病気なのかもしれない。
君は、僕に呪いを掛けた。
恐らくは一生忘れないであろう呪いを。
他人と喋っていても、それが君と話した内容ならば否応なしに君の事を思い出す。
誰かと行った店や話題になっている店が君と一緒に行った店ならば、その時の事を思い出して、君の事を思い出す。
君と行った場所の近くを通ると、君の事を幻視して、君の事を思い出す。
あぁ、どうして……。
この気持ちにもっと早く気づいていれば、呪いを解呪する事も出来たかもしれないのに、あの時の僕は未だに自分の中にある気持ちに名前を付ける事が出来ずにいた。
故に、呪われてしまった。
もし、あの時に戻って、もう僕の隣にいない君に一言だけ伝える事が出来るとしたら僕はこの言葉を送ろう。
「君の事が、好きだ」
私が君の事を初めて見たのは、入学式に向かう途中にある桜並木が綺麗な上り坂だった。
これからの新生活に緊張と期待で心が少しだけ不安定だった私は、君のどうでも良さそうな顔を見た時に「私、どうしてこんな事で不安定になってるだろ」と心のどこかで思って落ち着きを取り戻す事が出来た。
そこから、君に興味が沸いた。
クラスが一緒だったのは正直に言えば嬉しかった。
私は君の右斜め前の席で、君はいつも教室で一人窓の外を見ているか、本を読んでいた。
きっと、私が斜め前の席だって事にも気づいていなかったよね。
委員会を決める時も、君はずっと窓の外を見ていてHRの内容にも気づいていなかったと思う。
だから、私もあえて君が手を上げるまで待っていたけど、君は結局最後まで手を上げる事がなくて、余り物の図書委員に入れられたよね。
私も、そうなっちゃったけど。
本はあまり読まないけど、図書委員の仕事は楽しかった。
教室ではみんなが私に良くしてくれるから、君と喋る機会がなかったけど図書委員なら喋れると思ったの。
君の返しはいつも生返事だったけど、私は君と喋れるというだけで嬉しかった。
お喋りは好きだけど、別にいつでも喋りたいというわけではないのに、君に対してはずっと喋っていたいと思っていたよ。不思議だね?
もしかしたら、君は私の事を“自分と正反対の人間”と思っていたかもしれないけど、そんな事はないよ。
君は、他の人より他人に興味がなかっただけ。
下校時間が来て、君とのお喋りが終ってしまうと思った時は寂しかった。
でも、帰り道が途中まで一緒だとわかって嬉しかったよ。
帰り道でも私が一歩的に喋るだけだったけど、君はどんな話題にも返事をしてくれた。それが、たまらなく嬉しかったんだ。
今でも、君があの道を通るとついつい話しかけちゃう。
もう、私は君の隣に居ないのにね。
ずっと話しかけていたら、君がまともな返しをくれるようになったよね。
初めての時、私は驚いていたように見えたかもしれないけど、内心では凄く嬉しくて踊り出したいくらいだったんだよ?
ついつい嬉しくて教室でも話しけるようになったよね。
君が周りの目線を気にしているのには気づいていたけど、その反応が可愛くて気づかないフリをしてました。ごめんね?
君は覚えていないだろうけど、私達が一緒に出掛けるようになったのは、図書委員に必要な物を買いに行くためだったんだよ?
嫌々そうだけど、何かと付き合ってくれる君に甘えて私は色々な所に連れまわしたよね。
今でも、その場所に行くけど君の事をたまに見るよ。
君は、一瞬立ち止まって周りをキョロキョロしてるけど……何か見えてるのかな?
君は、私に呪いを掛けたよ。
決して二度と解ける事がない呪い。でも、それはもしかしたら私も一緒なのかもしれない。私も、君に対して決して解けない呪いを掛けてしまったのかもしれない。
私ね……本当は、自分の中にある気持ちが“興味”じゃない事にずっと前から気づいていたの。
でも、君に拒絶されるのが怖くてずっと言い出せずにいた……それが、結果的に君からの呪いとなってしまったんだから、皮肉なものだよね。
もう、私が事故で死んでしまったから伝える事が出来ない言葉を、君に残したいと思います。
もしも、あの時に戻れたのなら、君に伝えたい言葉を、君のためだけに残します。
「君の事が……好きです」