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1 襲来

 春の足音が聞こえ始めた冬の終わりだった。村の門番であった少年は、まったくの無力であった。村の近くに住み着いた魔族の群れが村を襲ってきたのである。魔族の群れのおさは、見せしめで村人を数人、苦しませたのち殺した。そして、村に選択を迫った。


 支配されながら生きながらえるか、もしくは、全員死ぬか。


 村の男たちは抵抗した。少年も戦った。しかし、あまりに無力であった。少年は魔族の棍棒によって打ち倒された。剣は折れ、防具として身につけていた金属製の胸当ては歪んだ。胸に強打を受けた少年の肋骨は折れ、もはや痛みで立ち上がることができなかった。少年は血を吐き、意識をもぎ取られた。


 魔族たちの力は残酷なほど圧倒的であった。魔族たちは悪魔のような笑みを浮かべている。男たちを殺さない程度に痛み付ける。必死で戦う村の男たちと、笑いながら殺さぬように手加減をする魔族。村人を殺しすぎると、村を支配する旨味が減ってしまうのだ。魔族たちは、牛も豚も飼わないが、それらを好んで食べる。葡萄を栽培しないし、酒造もしないが、上等のワインを好んだ。魔族は人間との間に子どもを作らないが、情欲のはけ口に人間の娘を使う。


 村の男たちは地面に倒れ、村の女たちや子どもたちは、震え泣き叫んでいた。埋めることのできない力の差が存在していた。

 魔族の群れの長は、村を見渡しながら言った。


「三日後にまた来る。我らに従属するのならば、小麦粉を荷馬車二台に積めるだけと、葡萄酒を三樽。そして、娘を一人用意しておけ」と言いながら雄牛二頭と馬一頭を食い散らかした。


 そして、「もし用意が出来ていなかったら」と言ったあと、右手で家屋を殴り飛ばした。石造りの風車小屋が一瞬にして瓦礫の山となった。村人たち全員がその意味を悟った。


 魔族たちが去った夜。村人は広場に集まっていた。広場の真ん中には焚き火があり、魔族に殺された三名の遺体が燃やされていた。村の少女は、「お父さん」と揺らめく炎から発せられる煙を見つめながら涙を流している。煙は風に運ばれて星空に溶け込んでいく。


 父親を殺された少女の瞳には燃えさかる炎が反射していた。だが、少女の瞳の奥底には虚ろな深淵の闇が広がっている。その少女の隣では、今日未亡人となったばかりの母親が泣いていた。村の大人たちは、村長の周りに集まって今後のことを暗い顔で話し合っているが、すでに結論は出ていた。


 村の門番であった少年は、広場の端の、焚き火の温もりが届かないところにひっそりと座っている。少年は、少女の影を見つめていた。少女の、炎によって生まれた影は細長く、揺らめいていた。村で共に育ち、いつも笑顔を絶やさず明るかった少女。昨日、彼女と共に見た夕陽の影とは異なっていた。炎がうごめくたびに激しく影は揺さぶられる。魔族に命を握られた村のように儚げだった。


 次の日。再び太陽が昇っても、村は暗い闇に包まれたままだった。魔族たちが要求した葡萄酒三樽は用意することができた。酒蔵庫が無事であったからである。


 困ったのは小麦粉であった。魔族の群の長によって、風車小屋は破壊されてしまった。風車小屋が破壊されては、小麦を大臼ですり潰し小麦粉にすることができない。村人たちは、家々の小さな石臼を広場に持ち寄り、その石臼を回すしか方法がなかった。


 それは魔族の手口であった。貯蔵された小麦の実を、自らの手ですり潰し魔族へと捧げる。小麦は、今日を生きる糧であり、明日へと命を繫いでいく希望の光だ。村人たちに、その小麦を自らの手ですり潰させる。希望だとか、夢だとか、魔族に逆らう気概だとか、それらを村人自らの手で、風が吹けば吹き飛んでいくモノへと変えていくのだ。そして、魔族が二日後にはそれらをすべて持ち去っていくのだ。

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