62話 ACT16-4
雁田一恩は、世の中に対してネガティブな客観視をしていた。
孤児院で育った彼は、父親も母親も知らない。その点で絶望する事はなく、施設の人達は暖かい人が多かったが、どうしても一定の距離を保ってしまう傾向にあった。そして、物事を深く考える性格は、そのまま学校の成績や思考力に対する評価とつながり、自ずと優等生というポジショニングを得る事となる。
しかし、子供の社会において優等生と社交性の無さの組み合わせは、良い方向に結びつかないことが多い。コミュニケーション能力や身体能力が評価されやすい社会が形成されている。そのような文化の中で、彼は孤立していった。
孤立、またはぼっちである事は、悪い事イコールではない。年齢を重ねれば、重ねるほど、自分を殺してコミュニティに溶け込むよりも、自分にとって居心地のいいコミュニティを求めたり、または、一人やごくわずかな人数での時間の使い方の有効活用に価値を見出す事のほうが、人生においては、大変有意義な事である。
しかし、子供の頃には、そういう訳にもいかない。
人としての防衛本能なのか。
ぼっちでいる事やコミュニティの輪から外れている対象者を弱者扱いする風習にある。弱者として扱われる事自体も問題なのではない。実際の弱者か強者かの判断と言うもの自体、何かを指標を元に評価しているに過ぎない。つまりコミュニティにおいての弱者という指標自体、実はものすごく価値の低い事なのである。
その考え自体は価値基準はあるにせよ、一つの真実としてある中で、雁田一恩においては、自分に害を及ぼしてくると判断した、実際には害を及ぼしている訳ではないが、自分を低く見ていると思っている対象者に対して、理路整然と理詰めをしてしまう傾向にあった。その事が、彼を攻撃対象にしてしまう要因を加速させた。
その為、どうしてもイジメの対象に合ってしまう。本人としては可能な限り、言葉で自分より無能だと思っている対象者に対して反撃をしていくが、その反抗をすればするほどに、物理的な反撃を食らう事となっていった。
そんな少年時代をすごしていった彼は、いわゆる引きこもりとなる。ただし、外に出るのが嫌な訳ではない。害虫レベルと判断した、ほとんどの人間に対して、接していくことへの無意味さを感じた為の引きこもりだった。
しかし院の人達に迷惑を掛けるわけにはいかない。だからこそ、自分のスキルを向上させていくことへの意識は高かった。
健康を気遣う運動量。適切な食事。誰にも負けない情報収集。そして将来、経済的に豊かである事を前提としたIT周りの動きをしていった。引きこもりとなった時から違法、合法含め、持ち前の吸収力でネット上でできる仕事はなんでもした。結果、彼はクラウドで仕事を請けるプログラマーになり、彼の判断において必要ないと思ったサービスをハッキングして潰していき、時として違法に得た利益を得ていた。その一部を寄付する事で相殺する気持ちを持ちながら。
そんな雁田一恩に目をつけた人間がいた。
男は、ハッキングしている雁田一恩を追いつめる。何重にも張り巡らされたIP偽装によりたどり着くことは不可能と高を括っていた雁田一恩に一通のチャットが届くところからやりとりが始まった。
『君は素晴らしいハッキング能力を持っているようだね』
突然アクションを起こしてきたその対象者に対してスパムと同じ扱いをした雁田一恩は、ブロックをするに過ぎなかった。
ところが
『君のその素晴らしい才能をもっと別のところが活かしてないみないか?』
違う名前だから改めて通知が来る。さきほどブロックした”それ”とは違うが、明らかに送ってきている内容は同じである。引き続きブロックする。
『私は、君が今まで違法なハッキングによって行ってきた記録をすべて持っているよ』
さすがの雁田一恩もブロックを止めて返す事にする。
『面白いな。お前ハッカーか?言いがかりは止めろよ。何か確証があるなら試しに何か出してみるか?』
いつもであれば、しつこいスパムでも返す事ない。むしろ相手先を調べ上げて潜入し、ウィルスでも置いて遊んでやるくらいであった。だが、今回は虫の知らせを感じたのか、そんな事もせずにコメントを返してしまう雁田一恩がいた。
『こちらはどうだい?』
送られてきた内容をみて相手も同業である事がすぐにわかった。しかも雁田一恩よりもハッキングレベルは高い。なぜならば、送られてきたIP偽装経路の解析及び仮想通貨walletから抜き出した行動記録を逆に雁田一恩が別のハッカーに対してできるのか。と言われれば答えはNOになる。
雁田一恩は男に観念する以外の選択肢はなかった。きっと住所もバレているだろう。ここまで明確な記録を見せられたら何もしようがない。まあ、いつかこうなる事もわかっていたような気もする。自分より優秀なやつがいて、そいつに自分はカモにされただけである。自分より無能だと思っている対象者から、表面だけでえらそうにされるよりは何倍も清々しい。
『っで、俺を追い詰めて何がしたいの?警察に突き出す?』
『まさか。先程伝えたと思うのだが。君のその素晴らしい才能をもっと別のところが活かしてないみないか?と』
最初きたチャットの内容を改めて見直す。たしかに男は、雁田一恩にオファーをかけていた。見た時点ではスパムだと思っていたので、その言葉の意味を汲み取ってはいなかった。
素晴らしい才能を別のところで活かしたいか?って。アホらしい。
『採用活動でも行ってるんですか?御社はどこですか?』
『弊社はアノテスという会社で、私は、そこのあるプロジェクトの開発責任者なんだよ』
ハッカーにハッキングで迫ってきた奴が、自分の会社をそのまま名乗るか?しかもアノテスっだって?最近、VBCヘッドセットのアバターで行き来できるVBCMMORPGのゲームバーチャルワールドを発表していた会社だよな?そんなすぐ分かる嘘ついてどうするんだ?アノテスのアンチか?
ただのアンチだったとして、これほどまでのハッキング能力があるのであれば、直接アノテスに攻撃を仕掛けたほうがよっぽど面白い状態を作れそうなものだが・・・・・・。男の真意が、ますます見えなくなる雁田一恩。ちょうどいい。このまま話を続けてみるか。
『それはそれは、天下のアノテスさんからオファーとは光栄だね。俺みたいなハッカーを捕まえて採用活動とは。世界中のハッカーでも集めて世界でも支配するのかい?』
『君はわかりやすく助かるよ。その通りなんだ』
男の言葉に嘘を感じなかった。なりすましに付き合っている感覚の自分と、本当に自分の能力が選ばれし者への条件を満たしていたようにも思えた感覚が入り混じった。
『それで、俺はどうすればいい?行動履歴を取られている俺に、選択肢はないからな。指示しろよ』
『そうだね。明日の12時に、アノテス本社にきてくれないか?』
『ああ、わかったよ。誰宛でいけばいいんだ?』
『それは言うまでもないだろ?では、明日楽しみにしているよ』
そう言って男はチャットを切る。開発責任者と名乗ったんだから、誰だかわかるよね?とでも言わんばかりに。
ただのいたずらだと思うのが大半だろう。冷静に考えれば馬鹿らしく思えた。そのままシカトしてしまおうかと。行って男を呼んで、君は誰だ?と言われればたあのピエロである。プライドの高い雁田一恩にとっては、自分がするいたずらは楽しいが、自分はされるいたずらは許されない。
色々考えたが、結局次の日に、雁田一恩はアノテスに行く事にした。考えれば考えるほどありえないが、本能は流れに逆らえなかった。
世界でも支配するのか?というふざけた問いに、YESと同意語の言葉を返されたインパクトが、雁田一恩のアドレナリンを最大に噴出させた。
心の中で、このままハッカーとしてやっていく自分に飽き飽きしていたのかもしれない。この世のすべての見下している雁田一恩にとって、世界の支配。と言うフレーズは、自分の存在意義を明確にするものだった。
雁田一恩は、己の能力を評価できない世界も、周りの連中も、すべてひっくるめて分からせてやる場面がくるのであれば、そこに迷いが生じる訳もなかった。
こうして、雁田一恩は、ガインと言う名をAHの世界において取得し、世界の支配構造を変えていくキープレイヤーとして動き始めていく。
「・・・・・・」
「言葉も出ぬか。まあ、しょうがない。貴様は兄こそがすべてなのだろう?それであれば何故に我々に刃向かうか?」
「兄さんは、、、、、貴方達に、騙されているから」
「そうではない。貴様の兄が主なのだ」
「私は、、、信じない」
HPやMP、ステータスは身動きが出来ないほど削られているわけではなかったが、自分の中での何か軸が崩れてしまっていたマリアは、その場から立ち上がりバトル再開に持っていけなかった。その事を理解したのか、ガインはゆっくりと近づき、マリアの頭上に目がけて大剣を振りかざす。
「まあ、よかろう。信じる信じないは己の価値観だからな。ここで潔く散ることで見える世界もあるだろう。散れ」
次回も月曜日19時に投稿します。




