2話 ACT1-2
放課後、サラの家に向かってシキのスクーターで二人乗りして帰る。サラと一緒にいる時、会話の主導権はサラだ。なんとか君がああだとか、かんとかさんがこうだとか、シキにとっては興味の対象に入らない連中のエピソードを色々と伝えてくる。「そうだな」、「ああ」と空返事していると、「もう、ちゃんと聞いてよ」と後ろで肩を叩いて突っ込んでくる。サラは少しでもシキに学校への興味を向けてほしいらしい。お前は社交性ない夫に社会復帰求める嫁か。
15分ほどしてサラの家に着く。サラの家は一階が、昔ながらの雑貨屋みたいな店作りになっている。
特に店のコンセプトはないようで、日々、色々な人がよくわからないものをこの店に持ち込んでは、サラの父親、一条リキの目利きによって価格が決められ販売されていく。質屋としての機能も果たしていて、後日、販売しに来た人が買い戻しに来たりすることもあるらしい。リキ自体は根っからのギークエンジニアで、VBCへの没頭度は高い。商品の目利きもVBC技術をフル活用しているようだった。
というかこの一家は流行り物好きだ。VBC技術が出来上がる前から、BCと呼ばれる脳で本来処理する情報をデータ化し、脳の可動域を最大限に高めるクラウド技術にもハマっていて、その当時もリキは他のBCとも連動していた。BCの誕生は人々の生活を大きく向上させる。間違いだらけのミスコミュニケーションを無くした意思疎通が行われ、行動を記録ログを可能とし、また記憶のクラウド管理によって物忘れも消え一見ストレスフリーな世界を作り出しているようだった。
ただ、口で言うほどBCの連動は簡単じゃない。実際にやるのはリスクが伴う。ウィルスを仕込まれている場合、簡単に言えば脳をハッキングされるようなものである。脳のハッキング自体は、BCの普及によりいくどなく事件になっているものの、いまだ明確な法律等はできてなく、その判断は各自にされている。昔ながらのパソコン音痴で、あ、やべ、ウィルス感染しているかもなんてノリではすまないことも多いので、比較的、みんな、BC連動は控えめな傾向にある。
サラの父親、リキはその反対にいるわけだが・・・。
昔、かなり凄腕のエンジニアだったって話なので、セキュリティには強いんだとか。
「おー、シキ、久しぶりだな、どうした?」
店に入り、激安店舗、なんとかホーテを彷彿させるような店作りの中、奥に行くとカウンターがあり、そこでギザギザの形をした壺らしき物をスノーボードやダイビングする際にかけるようなゴーゴルをつけて、そこから変な光を発射し何かのデータを照合しながら査定していたリキがいた。
「オジさん、久しぶり」
シキとサラをマジマジと見るリキはニヤニヤする。
「サラ、今日は、シキとイチャイチャか」
「いや、ちげえって」とシキが返す前に、サラが父親のからかいに対応する。
「そうそうイチャイチャ。だからお父さん、勝手に入ってきたりしないでね。お父さんにとって一番ショッキングな映像がそこにはあるかもしれないから」
ニコニコしながら返すサラ。さすがこのオヤジにして、この娘。お互いのからかい応戦が勉強になる。これぞ駆け引き含めた円滑なコミュニケーション。
「おふ!!ちょっとまて、シキ、お前わかってんだろうな」
この駆け引き勝負、サラの勝ちだった。慌てふためくリキがシキに突っかかってくる。
「オジさん・・・、なんでこの会話の流れで、俺に矛先が向くんだよ」
シキはため息まじりに呆れて返答する。年頃のシキやサラに合わせてなのか、会話こそやや下ネタ連想が絡むようになったが、この空気感は懐かしい。シキはこの空気感が結構好きだった。
「いや、なんとなくな、ガハハ。とりあえず俺はお前達を信じているからな。いるからな」
信じているからな。と指差すその方向はシキだけでその目もやや威圧的である。
わかってるんだろうな。という言葉が伝わってくるほどに。
全然お前達じゃなくて俺に向けた言葉だよな、オジさん・・・。
父娘の爆裂トークの洗礼を浴びながら、1階にある店の階段を上って、家の玄関に向かう。
2階に上がり、家の玄関を開ける。入るとリビングとキッチンがあり、玄関を背にした状態で右側にキッチン、左側に1階の店の広さの30坪と同じくらいの広さのリビングがある。流行り好きなサラ一家だけあって、何の機能を果たすのかわからないようなIoT家具が並んでいる。そのまままっすぐ行くと階段があり、その階段を上って行くと3階に4つの区切りがしっかり壁伝いで仕切られていて、その1つの区画がサラの部屋である。
「久しぶりに来たからか、部屋が小さく感じるな」
久しぶりに来たサラの部屋は女の子らしい部屋になっていた。入って6畳ほどの部屋は左奥にデスク、右奥にベッド。その間にテーブルとサブトンが部屋の中心に位置して置かれている。少し自分の居場所を作るのに戸惑いを感じながらベッドを背もたれの代わりにして座布団にシキは座る。
「だってシーちゃん、全然来てくれないし、中学2年生の後半くらいから、私との距離を置き始めたでしょ。私は分かってるよ」
サラは部屋の扉を閉めて入り、シキの隣に体育座りで座り込み、左右に体を揺らしながらむうっとした表情で不満を漏らした。
いやだってサラさん・・・、中学に入るなり人気者パラメーターあがりすぎて、声かけられる度に周りからのお前、サラのなんなんだよ視線攻撃が心のHPを削って来るんだよ。敵を作らないよう気を使ってきたつもりだったんですが・・・。
「でも今日久々に来れたわけだし、今日明日しっかり準備してこの週末はずっと一緒なんだろ?細かいことは気にすんな、今を楽しもうぜ」
声を大にして言いたいツッコミを心の中でだけ叫んでみて、会話をAHのほうへ仕向ける。シキがクラスの連中に対するコメントをするのはサラをシキが望まない方向に刺激させる。サラはどこまでいっても皆仲良く主義者なのだ。
「もう・・・、いいんだけどね。私とシーちゃんが話をしていても、共通の話題は身内話題が多いから周りの人もついてこれないよね。だからAHを一緒にやれれば、クラスでの話題としては最高だと思うの。周りにもやっている人いるし、私もシーちゃんもみんなもハッピー」
やはりそういうことだよな。分かっていたが今更ながらにその狙いを聞いてしまうと、シキは少しだけAHをやりたくなくなる気持ちが湧きあがった。
そして、すかさずサラはシキの表情を汲み取ったかように続ける。
「でも一番のハッピーは、私がシーちゃんと話をしていても、二人がクラスの中で浮かないこと。これが一番の狙い」
シキのほうを向き、ブイブイブイとニコニコにしながらピースしてくるサラ。無理やり会話押し切ってきたりもサラなりの空気の読み方がある。それが分かっているからこそ、シキはなんだかんだサラを受け入れてしまう。
ったく、しょうがねえな。
「ってか、サラが俺と話している時、俺ら二人がクラスの中で浮いているのは分かってたんだな?」
何言ってるの?当たり前じゃんといわんばかりの表情で、サラが気付いている事に気づいていないシキにサラは、「もうシーちゃんは〜」と、子供に対して愛情混じりの呆れを含めた母親のような接し方で見つめてきた。
「わかるに決まってんじゃん。私のことなんだと思ってるの?シーちゃんが人見知りすぎて天然記念物扱いになってるからだよ。そこもちゃんと自覚してる?」
いや、それはちげーだろ。
シキはこれ以上の心のツッコミをさておき、テーブルにはホロジェクターグラスが置いてある。シキがサラを少しだけ見てふうっとため息をついた後にサラの指摘には突っ込まずに黙ってホロジェくターグラスを見つめた。そんなシキにサラも空気を読んで、さあ気を取り直してと言わんばかりに視線と話題をホロジェくターグラスに持っていく。
「まあ、それはそうと、こちらがホロジェクターグラスになります。つけてつけて」
二人の他愛のない絡みもそこそこに、シキはサラが指さすその先にある、先ほどリキがしていたゴーグルよりややスマートな作りをしていたホロジェクターグラスを手に取る。
「はいよ」
シキはホロジェクターグラスをつけて、電源をいれる。電源はグラスの左にあるボタンを押すと起動する。
ぱっと目の前に画面が現れ、デスクトップ上に並んでいる、AHのアプリをテーブルに投影されているキーボードとマウスを使ってダブルクリック。
スプラッシュが流れて、タイトルメニューが出てきて、”初めて”のボタンを押す。
雲ひとつない晴れやかな空で壮大な草原を自分がまるで飛行しながら移動しているような視点に切り替わり、これから始まる冒険の世界に気持ちが浸透するような、その昔、勇者と魔王をテーマにしたクエストRPGで聞いた事あるようなファンファーレが流れ、風も体感で感じる。
『ようこそ、AHの世界へ。この世界はVBC技術を使った始めたのオープンワールドゲームになります。この世界で色々な職業につき、レベルアップをしっかり重ねていけば、誰でもなりたい自分に必ずなれる世界。それがAHです。仲間と共に理想とするライフスタイルをこの世界で築いてみましょう』
なるほど、これがAHか。
昔、一瞬だけ流行って廃れてしまったセカンドワールドみたいなものかな。第二の人生をここで送る。理想とする自分がここでは叶う。自分の望んでいる外見で、自分が望んでいる人間関係、きっと人間同士で叶わない関係はNPCとかで補完するのだろうか。
自分の理想とする恋人や家族、そして仕事。もしかしたら仕事なんてものも就かなくてもいいのかもしれない。そんな世界が本当にあるのであれば、みんながハマる理由がわからなくないな。
シキはなんだかんだで遠ざけていた世界へと足を一歩踏み入れようとしていた。