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1話 ACT1-1

VBC(バーチャル・ブレイン・クラウド)


20xx年


 技術の進歩は、インターネットを経由してデータ処理するサーバーと人間の脳を結びつけるまでに加速する。

人間の脳は能力の5%ほどしかポテンシャルを果たすことができていないとされ、残りの95%をアバターで補う技術としてVBC(バーチャル・ブレイン・クラウド) が生まれた。


 VBCには生体データに関連する技術が集約されており、主となる内容としては、その名の通り脳の情報をクラウド(各人が保有する無形のデータ領域)化させ、データとして保管する技術がある。


 また自身の生体データを元に、現実世界に自身のアバターを作り出し、自身の脳をクラウド化させた脳に、クラウド化させた脳をアバターにリンクさせることで意識を移動させ、もう一つの体として活動させることが可能となった。


 実社会においては、一個人がVBCによってアバターを生成し、そのアバターに意識を投影することで、実体で生活するよりも便利に暮らすことができるので加速度的に普及する。ただ、そういった行動や活動自体が一般化されたからと言って、強制させるような法律はまだ完全には整備されていない。


 アバターの実社会生活が都市部に集中し、徐々に地方まで浸透してきている現状だが、如月士絆(きさらぎシキ)はアバターに頼らず日常を過ごしていた。親が道場経営をしていて鍛えることや健康への意識が高く、アバターを嫌うアナログ一家ということもあり、子供の頃からデジタルなモノに生活が脅かされる印象を家族から刷り込まれているせいか、自身もなんとなく抵抗がある。


 一般生活において、アバターは様々な付加価値を持っているため、実体をメイン固体としてアバターと共同生活する場合には相当なハンデを追うことになるが、シキはどんなに周りから勧められてもアバターを作らなかった。


 そんな毅然とした態度を誰に対しても取るシキだったが、どうしても自分の意思を貫き通せない相手がいる。


 幼馴染の一条幸來(いちじょうサラ)だ。


「ねぇねぇ、シーちゃん。今日こそAH(アストラルホライズン)やろうよう」


 シキは昼休み、いつも通り、クラスの奥端の席、一人イヤホンで音楽を聞きながら過ごしている。そんなシキの視界に入るお団子頭で蒼色の縁のメガネをしたサラが上目遣いで迫ってくる。少しだけ艶めかしい。


「いや、俺はいいって。サラ、一緒にそのアスコラルなんとかで遊ぶ友達、他にいるだろ。そもそも俺はVBCヘッドセットも持ってないし」


 サラが誘ってくるAH(アストラルホライズン)は、VBC(バーチャル・ブレイン・クラウド)の技術を駆使し、自らのアバターをオープンワールド上に転送することができるオンラインゲームである。クラウドへのアクセス手段であるVBCヘッドセットの普及により、アバター生活をメインとしている若者のほとんどが一度はログインして遊んだことがあり、サラもAH(アストラルホライズン)の常連プレイヤーである。サラはどうにかしてシキにAH(アストラルホライズン)をプレイさせられないかと、事あるごとにシキに声をかけては誘ってくる。


AH(アストラルホライズン)!もう、ちゃんと覚えてよ。そういうことばかり言って食わず嫌いなんだから」


 幼い頃からシキと一緒にいるだけあって、性格をよく理解しているサラは、アバターでいるとシキが相手もしてくれないのを知っている為、シキにあわせてか実体で学校生活を送ることも多い。


 サラは性格も明るく、校内で1、2を争うほどの美少女なので学校の人気者だ。


 ふてくされて横を向くサラを見て


 このビジュアルとお団子頭、そしてこのメガネがどれだけの男子の心をかき回しているか、わかってねえんだよなあ・・・。


 シキは心の中でつぶやく。


 本人にその気ないだろうが、シキからするとクラスの連中から“なんでお前が・・・”という視線で睨まれているのをサラに話しかけられるたびに感じる。勘弁して欲しい。


 普段はアバターで、それこそテストや体育のタイミングで絶対にパフォーマンスが下がる実体では登校してこない男子が、サラとの会話を増やしたいがために、わざわざ実体で登校してきたいするほどの人気。


 当のサラ本人は気付いていないがために、実体で登校してきたりアバターで登校してきたりとバラバラなので、周りはなんとヤキモキすることか。サラ本人に確認すると、気分次第とのことだが、サラがアバターで登校してくる時に、サラ狙いで実体で登校してきた奴を見かけると、状況を理解しているシキからすると笑えるイベントだ。


「でも、でもでもでも、そんなシーちゃんに朗報です。なんとお父さんがですね、旧式のホロジェクターグラスをゲットしたのです。わーパチパチパチ」


 ふてくされて横を向くサラは、少しだけ時間を置き、シキが何のリアクションもしない様を横目で確かめると顔を元に戻して、まるでシキが待ち望んでいたように話を進める。全く可愛い奴め。


「おいおい、話が勝手に進んでるぞ・・・。ゲームとか、みんなでとか、俺が苦手なの分かってるだろ?」


 サラがシキに提案するホロジェクターグラスは、今や誰でも持っているVBCヘッドセットが普及する前、一部の人達に流行ったVR(バーチャル・リアリティ)のアプリ等を遊べるハードウェアグラスだ。VRの世界に心躍らせた流行りに敏感な人達の間で普及したものの、人の日常生活を変えるレベルに行き着くことなく、結果的に娯楽や一部の医療の領域のみで活躍となった遺産のようなデバイスだった。


 そういえば、前にVBCヘッドセットを嫌がったときに、ホロジェクターグラスでもプレイできるからとか言われていたような気がするな・・・。


「ふふ、わかってるわかってる。シーちゃんのことは、私が全部わかってるから安心して」


 口を左手を当てて、右手首を上下させて右手をちょいちょいと動かす、一昔前のねえねえ聞いてよ奥さんとワイドショーネタが好きそうな主婦層がしそう動作をして喜んでいるサラ。


 いや、会話が成り立ってないんだが・・・。


 二人の会話は、いつもこんな感じである。


 シキからすると大体サラとの会話が成り立っている気がしないが、それでも居心地よく感じるのは、サラがシキをいつも気にしているからだ。そして、そんなサラが勧めてくる内容でシキにとって良くなかった事があまりないのも分かっている。だからついついサラには流されてしまう。

 

 シキはどことなくそれを感じ取っており、なんだかんだで天邪鬼な自分がサラに甘えているのも気づいている。もちろん、それを口に出して言う事は絶対にないが。


「何をわかって安心して、なのか知らないが、俺には、またいつも通りのサラのパワープレイとしか見れないんだが・・・。私と一緒なら大丈夫でしょ?で無理やり攻めてるだろ?」


「まぁ、そうとも捉えられます」


 んー・・・なんて、口をすぼませながら人差し指を顎にあてて、少し考えながら答えてくるサラを見て、シキはため息をつく。


「まあいいや。っで、そのAH(アストラルホライズン)は、ホロジェクターグラスでもやることができるんだって?」


 シキの返答に目を輝かせて説明し始めるサラ。まあ、サラが楽しめるならいいか・・・。


「そうなの、AH(アストラルホライズン)は、今でこそアバターにおけるリアル生活と娯楽生活と切り分けてしまうくらいの存在になってるけど、昔はホロジェクターグラスで遊べるひとつのVR用オープンワールドのゲームだったみたい。VBCヘッドセットの登場にあわせて、いち早く互換性をあわせてきたのが大きかったよね。でも、VRモードでまだ遊べるらしくて、操作自体は昔ながらの生体センサーでやるっていう少しアナログな感じなんだけど、アナログ大好きなシーちゃんにはちょうどいいかなって思って」


 言葉が止まらず次から次へと語り始めるサラ。言いたくて言いたくてしょうがなかったのだろう。


 いや、俺はアナログなんじゃなくて、意識を実体から離してアバターに移すって行為が苦手なんだよ、


 と言いかけようとするが、今、学校で、周りがほとんどアバターばかりなことを考える。その発言はきっと二人の会話を盗み聞きしているであろう連中の敵意の視線をさらに増やしてしまうだろうと思い、喉の手前まで出かけるが止めておく。


 何かを言いかけて口をつぐんだシキをみて、ん?と首をかしげたサラだったが、それについて聞いてくる事もなく、満面の笑みで説明を続ける。


「そういうことなので、今日は放課後、私の家に集合ね。あ、むしろ一緒に帰って、そのまま私の家にいこう。一度家に帰って待ち合わせとかなし。シーちゃん逃げちゃうかもしれないし。今日明日で色々覚えて今週の土日はずーっとAH(アストラルホライズン)だよ。やったね。この週末は寝かさないぞ」


 立ち上がり、ウィンクしてシキへと指をさすサラ。無意識に出るそういった危ない発言をやめなさい。ほらほら、また敵意の視線が増えてるって・・・


 サラは、完全にシキの質問をスルーして、会話というよりむしろお題を投げ掛けてくる。土日何か予定が入っているわけでもないし別にいいが・・・。


 サラの家は店をやっていて、一軒家のお隣さん同士なのでいつでもすぐ家に戻れる。なんならお互いの家族も昔から仲がいいので、二人きりになったとしてもドキドキすることは・・・あまりないはず。


「ふぅ・・・、了解。じゃ、放課後一緒に帰るか」

 

 断念してため息つくシキに満面の笑顔のサラ。


「うん!」


 なんだかんだでこの笑顔にいつも負けてしまうような・・・。

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