君の秘密と僕の手品
「魔検紙がピンク色を通り越すなんてあり得るんだねぇ」
「ん? なになにどうしたのっ?」
「いや、ただの独り言だよ」
時は正午を回ったところか。二人は商業通りを変装しながら歩いている。フラウアの手を繋いでルーカスが一歩先導している形だ。
「よし、この辺でいいかな。フラウア、君は僕の助手だ」
ルーカスは右腕で左肩を掴み、思いっきり引っ張ると、あら不思議。一瞬にしていつもの一張羅、全身を黒に染めた服装へ。
「さぁ、今からルーカスのマジックショーが始まるよ!! 仕事中の旦那さんも、可愛らしい女の子も、麗しいレディーの皆さまも! 見ていきませんかぁ!?」
そうして、突然始まったマジックショーに次々と人が集まってくる。人が増えるたびに、ルーカスの奇奇怪怪な笑みも増していく。
「そろそろ始めちゃいますよぉ。まずはこのトランプを使ったマジックをしましょう。この何の変哲もないトランプから一枚、助手のフラウアが引きます。それを皆様に見せますので、よく覚えていてくださいな! それじゃ、フラウア。よろしくね」
フラウアが引きやすいようにカードを横に広げてから、一枚引かせる。その後、フラウアは観客に見せつけるようにして、カードを頭の上へ持って行き、知らしめる。引いたカードはスペードのエース。それを観客全員が把握したところで、またトランプの中央付近へと戻した。
「ルーカス、戻したよっ」
「よしよぉし。さて、これからフラウアが引いたこのカードが瞬間移動します。行くよっ!!」
と、掛け声と同時に指を鳴らす。もちろん観客の視線はトランプへと注がれている。ルーカスの不審な行動など見逃すはずはない。
そして、トランプの一番上をひっくり返すとそこにはーー。
「フラウアが引いたカード、それはこれだッッッ!!」
ジョーカーが、ニヤリと描かれていた。
「あれ、違うよ? ルーカス?」
観客同様にフラウアも疑問を浮かべている。
「あれれ!?おかしいなぁ」
と、ルーカスもそう言ってしまったために誰もがマジックの失敗だと肩を落とした。ただ一人、奇奇怪怪な笑みを浮かべる男を除いて。
「ここじゃなかったのかぁ。瞬間移動の先を間違えてしまったのかな?フラウア、君の服に付いている胸ポケットの中を見てくれないかな?」
なんのことか分からないフラウアだったのだが、言われるままに胸ポケットを探ってみる。すると、一枚のカードが出てきたのだった。
「ルーカスすごい!! スペードのエースがでできたよっ!!」
無作為に選んだはずのカードが、前もって準備してあったとしか思えないほどの移動距離。しかし、そんな覚えもなく、適当に選んだカードを予測できるはずもない。したがって、一番驚いているのはフラウアだ。
それを見て、観客たちもヤラセなどではないと遅れて理解して、感嘆の声が上がる。
「トランプの瞬間移動。お楽しみいただけたでしょうか?さてさて、今日はまだ時間があるようで。もう一つだけマジックをお見せしましょう」
その呼びかけに対して観客は拍手で応じる。
次はどんなマジックなのか、どんな驚きをこの男はもたらしてくれるのか。ワクワクしてしょうがない。それはフラウアも同じだった。
「次のマジックはーー、」
「フラウアかい?フラウアじゃないのかい!?」
そんな楽しい楽しいマジックを途切れさせたのはひまわりを写したような髪を持つ、一人の美しい女性だったーー。
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「フラウアなんでしょう!? ねぇ、フラウア」
豪華なドレスを着飾り、フラウアの名前を呼び続ける女性。おそらくフラウアの母親なのだろう。だが、それ以上の驚きをルーカスは感じた。その女性をどこかで見た事あるのだ。記憶の糸を手繰り寄せ、その影の答えを見つけた時、
「ま、まさか。マゴルア王妃……!?」
この国の頂点であり、象徴。一国の女王がそこにいた事に、腰を抜かしてしまいそうになる。
だか、そうなるわけにもいかない。横には数人の衛兵たちがいるのだ。なぜか、この時もその存在を事前に察知できなかった。確かフラウアの時もーー。
「とにかくッ! 逃げるよフラ……」
おそらく王妃の娘である少女の名前を呼ぼうとした瞬間、それは口に出されず飲み込まれた。
ーーこのままフラウアを置いて行った方が良いのではないか?
予想を逸した母親だったが、それでも産みの親には変わりはない。当初の目的を果たしたのだ。少女を連れて行く理由はここにはもう無い。
「何してるの!? 逃げなきゃ!!」
思考する間、足を硬直させていたルーカスを解き放ったのはフラウア。とにかく、ここに居ては捕まってしまう。逃げなければ、とそれまでの思いを捨て去り、少女の小さな手を握りしめ、走り出した。
狭い路地を曲がって曲がって、曲がりまくって行く内に、追ってくる衛兵たちはいつの間にかいなくなっていた。
「逃げきったぁぁぁあ!! それよりだ、マゴルア王妃が君のお母さんだったのかい!?」
コクリと頷くフラウアの顔は嫌に重たい。
「そうだよ。でも、あんな人家族でもなんでもないんだよ。私はただの道具なんだ」
目線を合わせないフラウアに焦りを隠せないルーカスは更に問いただしてしまう。
「どうして!! 君の身に一体何があったんだい。それを知らないと危険を冒してまで一緒には暮らせない」
きっと、嫌な思い出なのだろう。だが、それでも聞かなければならない。既にルーカスは理由はあれど、誘拐している事になっているはずなのだ。それも国の王女を。捕まれば、今までのマジックショーのことも伴ってそれ相応の罪が課せられるだろう。
だが、それ以上に心配する母親の元に帰さないだけの理由が必要なのだ。ただの子供の癇癪で家出しただけならば、早急に家に、ーー否、城に帰してあげなければならない。
ーーそれが彼女の幸せならばそうしよう。
そう決めて、フラウアを見れば意図して逸らされていた目線も絡まり合う。そして、沈黙は破られた。
「私、お母様から捨てられたんじゃなくて逃げてきたの。私には姉が一人いるんだけど、姉様と違って私のお父様は貴族ですらないただの魔法使いだった。だから、私は姉様の代用品にすらなれなくて。でもお父様を恨んでなんかいないよ?むしろ大好き!」
我慢していていたはずの涙が、徐々にフラウアの目に溜まっていく。堪えていたはずの震えは、声にあらわれていく。語らなければいけない事実はとても重くて冷たい。
「ルーカスみたいに、私を笑わせてくれてた。魔法を使ってね。でも、お父様は日に日に痩せこけていったの。どうしてそんな風になったのかはその時は分からなかった。近い内にお父様は死んじゃった。すごく、すごくすごく……悲しかった」
遂に少女から涙がこぼれた。嗚咽がこみ上げて、声はところどころで止まってしまって聞き取りにくい。しかし、ルーカスは口を挟まずに真摯にフラウアの言葉を聞き続ける。
「お父様が亡くなってから、私には『おやつの時間』ができたの。それは辛くて、痛くて、苦しくて、でも逃げられなくて。お父様を死なせた原因は『おやつの時間』だったってすぐに分かった」
ーーおやつの時間、か……。
おそらく人智を超えた魔力に関する、何かしらの実験なのだろう。もし、フラウアの高すぎる魔力が父親譲りならば、王位後継者とはなり得ない娘を。いや、隠し子など、大衆にすら広めたくなかった筈だ。ならば、実験体の代わりとしてちょうど良いのではないのか。
「お母様は、何も知らないフリをし続けてた。ずっと、一人ぼっちでいたの。それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌だった! 寂しかった!! 私は生きてるっ! 道具なんかじゃないもん……」
「そして、耐えきれなくなって逃げ出したんだね」
目の前で泣き喚いている悲しい少女をみて、覚悟を決めるルーカス。拳を震わせ、唇を噛み締め血を滴らせる。それほどの憤怒が彼に訪れているのだ。
思えば、出会った頃から疑念はあった。汚れてはいたが、捨て子とは思えないほどのドレスを着ていたこと。ありえない魔力の持ち主であること。ひまわりを写したような髪の色が、母から受け継いだであろうこと。
全ての辻褄が合う。感情的な面でも、理性的な面でも疑う余地などない。フラウアの話した事は全部が真実なのだ。
「なら、ここから逃げよう!二度と苦しい思いをしなくて良いように逃げよう!! 僕が君を」
ーー守るから。
ルーカスはフラウアの小さくて柔らかくて、そして温かい手を握りしめて、走り出した。
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「とは言っても、無策で飛び出すのは現実的に厳しいよなぁ」
二人は今、ルーカスが贔屓にしているという宿に身を潜めている。街から遠く、主人とも顔なじみであるここなら、今日くらいなら見つかる事はないだろうと言う考えからだ。
既に、何度か衛兵たちが街道を封鎖しているところを見た。街は獣が出たやら、犯罪者が逃げ出したやら、そんな噂で賑わっている。
もうフラウアを捕まえるために、包囲網を張っているのだ。
「時間がかかればかかるほど、衛兵たちの目からは逃げきれなくなるだろう」
相手に本格的な準備をさせないくらい、具体的には明日明後日にもマゴルア王国を脱出したほうが良い。
「なら、最短距離のアガルタ大橋を抜けるのが一番早いか。夜中の内にここを出て、朝までに抜け切るッ!! がぁ、一番可能性はあるかなぁ」
先程の告白で泣き疲れたのかすやすやとフラウアは眠っている。時折、ルーカスと寝言を言う可愛らしくて、場違いな感情に溺れてしまう。
バックの中に必要なもの全てを詰め込み終え、深呼吸する。
ーー出発まであと三時間。少しだけ仮眠しよう。
そう思って、瞼を閉じたルーカス。だが、一向に眠る事は出来なかった。
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四話で終了予定でしたが、長引いてしまったことをお詫び致します。
次の五話目で終了の予定なので、もうしばらくお付き合いください。
よろしくお願いします。