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ひまわり畑と魔法と手品

 


「あー、思ったより料理のセンスはあるみたいだねぇ」


 料理のセンス、と言うより物事の飲み込みが凄まじく早い。

 キャベツの千切りなど、慣れるまではゆっくり一切り、切れたのを確認してまた一切りという感じになる筈なのだが、フラウアはすでにタンタンタンタンと心地よいリズムを刻み、キャベツを薄く千切りしていく。


「ちょーっと、教えただけでこれか。全く、僕の面子も立たないなぁ」


「えへへへ、うまいでしょっ」


 小さな台の上に立つが、それでもキッチンには不釣り合いの体の大きさ。だか、料理の過程にはたった小一時間で手慣れてる感が滲み出ていた。


「えらいえらい」とルーカスがフラウアの頭を撫でてやると、フラウアは目を細めてご満悦の様子。


 

 そして暫く時間が経ち、時間は昼前といったところか。二人は朝食を食べ終え、扉を開けてきつい日差しの中に繰り出した。


 目をキラキラさせながら、袖を引っ張ってくるフラウア。「そう急かさないで」と、ルーカスは呆れながら笑う。


 ーー今日はマジックはお休みかな。


 昨日の夜からルーカスはそう決めていて、今日はめいいっぱいフラウアとの親交を深める時間に使おうと思っている。


 小屋の周りのひまわり畑。日の光を受けながら風によって揺れている。とても幻想的で言葉にできない風景。

 それが、ルーカスがここに小屋を建てた理由だ。


「さて、自慢のひまわり畑を探検するよっ」


「やったぁ!行こう行こう!!」


 始まりの合図を受けて、フラウアはひまわり畑に向かって走り出している。それをルーカスはゆっくり歩きながらついて行く。


 視界いっぱいに広がる黄色の中にフラウアが紛れてしまえば、彼女を見つけ出すのは至難の技だ。

 なにせ、髪の色が風景に同化しているのだから。


 一瞬の内にルーカスの視界から紛れた金色の少女。ルーカスは溜め息を吐いて、


「すごい勢いで消えていったな。さて、フラウアどこだぁーい」


 えへへ、と言う声は前方のどこかから聴こえて来るのだが、背の高いひまわりの所為で姿は見えない。


「かくれんぼってかい」


 苦笑いを浮かべ後、「よしっ」と自分を鼓舞。少女を見つけ出そうとやる気を出して、片腕の袖をまくった瞬間ーー、


「きゃっ」


 短く、甲高い悲鳴が聞こえた。


「どうした!」


 先ほどまで曖昧な位置しか分からなかったのだが、突然の緊急事態にルーカスの神経が尖る。即座に位置を割り出して、ひまわりを掻き分けながらフラウアの元へと駆け寄る。


 ーーそこでフラウアは何かに躓いて尻餅をついていた。


「ほっ、見えないところでいきなり悲鳴が上がるもんだから心配したよ」


「えへへ。ごめんなさい」


 後頭部を右手で撫でながら、舌を出すフラウア。あざとい仕草にまんまとルーカスは丸め込まれる。


「まったく、怒る気にもなれないよ。ところで君が踏んでいるそれはなんだい?」


 フラウアがこける原因となったそれをよく見てみると、鶏にとてもよく似た鳥類が不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


「おや、これはこれはお休みのところを起こしてしまったらしいね」


「鳥さん、ごめんね?大丈夫かなぁ」


 態勢を整え、その鳥の前に座り込んでフラウアは手を差し伸べる。

 すると、鳥類にはあるはずのない鋭い犬歯を無数に剥き出して、フラウアの手に噛みつこうと鳥は首を伸ばしてきた。


「うおっと! 危ない。穏やかなはずのマ鳥がどうして!!」


 咄嗟にフラウアの伸ばした手を掴み取り、鋭い脅威から逃す。そのまま手を引いて、軽い少女の体を持ち上げ、お姫様抱っこの態勢へ。二人は一体となり、ルーカスは自慢の逃げ足でその場から離脱する。


 そして、ひまわり畑を抜け視界がクリアになったところで、フラウアが怪我をしないよう、優しく地面に下ろしてあげて執拗に襲い来る鶏に似た鳥。ーーマ鳥に相対する。


「ここで突然だが一つ、マジックを見せようか」


 被っていた帽子を軽くつまんで、腹部へとそれを持って行きながら一礼。その後も帽子は戻さず握ったままだ。

 猛スピードでこちらへと、もといフラウアへと向かってくるマ鳥。


 そして、マ鳥とルーカスがすれ違った瞬間、ルーカスが握っていた帽子が強く振るわれる。

 ーーその瞬間、マ鳥の姿は消えていた。


「帽子に吸い込まれていくマジック。いかがでしょうか?」


 呆気にとられ、口を開いたままのフラウア。数十秒後、状況の整理が終わりその安堵感で目尻に涙が溜まっていた。


「怖かった! 怖かったよルーカス!! ルーカスってやっぱり凄いね」


「そうだろうそうだろう。これを機にもっと尊敬してさん付けするのも良いんじゃないかい?」


「やだ」


 即答で拒否られ、肩を落とすルーカス。元々、そう呼ばせる気はさらさらないのだが。


「後で、ちゃんと逃がしてあげないとなぁ」


 ボソッと独り言を口にしたルーカス。フラウアは首を傾げているが「こっちの話」と内容に触れさせない。


「じゃあ、明日に向けて今日は帰ろうか」


「うんっ!」


 今度は、はぐれないように手を繋ぐ。端から見れば二人は親子だ。父と子の様なのだ。フラウア自身も、すでにルーカスを父親として見ている。それを理解しているルーカスも、必ず守ってあげなければ。ーーそう思うのだ。


 ひまわりが二人を見守り、太陽は二人を勇気付ける。視界には緑と青と黄色が鮮やかに色付いている。フラウアの母を見つけるまでは、父親代わりとしてでもこの幸せを噛み締めたい。それがルーカスが持つただ一つの願いだったのだ。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今日も朝から二人で朝食を作っている。

 料理を始めて二日目とは思えない手際。流石にレシピなどを教えてどうこうと言うレベルにはまだまだなのだが、野菜の皮を剥いたり、包丁を使う技術はかなりのものだ。


 二人で料理をする過程もとても楽しいのだが、それ以上にルーカスは一人じゃない食卓に案外好感を抱いている。


 話す相手がいる、それだけでも不思議と味も変わってくるというものだ。


「今日は、アガルタを超えて少し遠くまで行こうかなって思ってる。向こうで泊まる事になると思う。ついてくるかい?」


「うんっ、もちろん行きたい!」


「それじゃあ決まりだね。ーーそれと、街に行く前に聞かなきゃいけない事があるんだ」


 と、前置きしフラウアの耳を傾けさせる。


 ーー昨日のひまわり畑の中での出来事。

 その真実を聞いた上で、聞かなければならない。


「君は魔法が使える人間なのかい?」

 

 マ鳥。それは魔力を主食とするため、魔法を使える人間や動物類にしか襲ってこない特性を持つ鳥。普通の人間に対しては穏やかな気性なのだが、魔力を有する生物に対しては、鋭い牙を剥き出して獰猛に襲ってくる。


 最初は、踏まれたことに対しての怒りなのだと思ったのだが、そうならばルーカスを無視してフラウアだけに襲ってくるのはおかしい。


 つまり、考えられる可能性は一つ。


「もう一度聞くよ。君は魔法を使える、そうなんだね?」


 目線を斜め下へ持って行き、ルーカスと目を合わせないようにするフラウア。気まずそうな顔で唇をキュッと閉じている。


 それに対してルーカスはフラウアの肩を掴み、真っ直ぐフラウアのみを見ている。


 数秒の沈黙の後、たえかねたフラウアが無言で首を縦に振った。


「やっぱりかぁ。まぁ、それならそれで良いんだよ。そうなると、僕よりも王国にーー」


 ーー王国の方がフラウアを幸せにできるのではないだろうか。


 それを口にする前に、


「それは嫌だッ!! 私、ルーカスと一緒が良いんだもん」


 フラウアから遮られ、拒絶させた。何がそこまで頑なに彼女が自分に拘るのかルーカスには分からない。


「私は、ルーカスといたいもん……」


 そう言って涙目になるフラウアにルーカスは困惑。子供を笑かす事や驚かす事ならば幾度となくマジックによって、そうさせてきた。だが、泣かれた事など初めてなのだ。どうすれば良いのかも、分かるわけがない。


「ご、ごめんよっ! さぁて早くマジックショーのために出発しようか!!」


 僕がずっと一緒にいてあげる、そう言ってあげればどんなに彼女の救いになるのか。ルーカス自身がどれほど楽しく暮らせるのか。だが、フラウアの母が見つかる日。その日にきっと、この生活は終わってしまうのだ。


 ならば、無責任な発言などしてはいけないと、ルーカスはそう思うのだ。








 * * * * * * * * * * * * * * * *



 二人がアガルタを超えた時点で、日はだいぶ傾いていた。


「歩き疲れたろう?大丈夫かい。もうすぐ僕が贔屓にしている宿があるはずだからあと少しだけ頑張ってくれ」


「うん、頑張るよ」




 一番星が輝きを増して、月が本格的に顔を出している。宿に着いたのはそんな頃だった。


「やっとぉ、ついたぁ!」


 長かった道中に溜まった疲労から解放された喜びと、いつもの小屋ではない空間にいるワクワクで、テンションの振り切れているフラウア。


「ほらほら、跳ねない跳ねない。下に響くからやめなさい」


 と、はしゃぐフラウアをとめるルーカスという構図が三十分程続いた後、流石に疲れが限界に達したのか、フラウアは横たわって寝てしまった。


「風邪ひいちゃうじゃないか」


 そう言って、小さな体に毛布を被せてあげた。

 その後、ルーカスはマジックの道具が入っているカバンをゴソゴソと弄った後、一枚の青色の紙を取り出した。


 ーー魔力に反応する紙。魔検紙である。


 それをフラウアの口元へ持って行き、魔検紙に唾液を付着させる。魔法が使えるのなら、その部分がピンク色へと変化するはずだ。


 そして青色の紙は、ピンク色を通り越して紅へと色を変えていたーー。


「あはははは、マジかぁ」


 ルーカスは脂汗をかいて、乾いた笑いをし続ける以外に選択肢はなかった。




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